30坪+20坪の菜園

BIG FARMの農事日誌です。

雨の日の6月28日はラズベリーとブラックベリーのジャムづくり

2024-06-30 | ジャム

後ろの3つがブッラクベリージャム、いまも収穫が続く
一方、前の1つがラズベリージャムで今季はこれだけ

<<わたくしの好きなジャムづくり

6月28日にラズベリーとブラックベリーのジャムを作った。この日は一日中雨の予報。手持無沙汰もあり、冷蔵庫と冷凍庫に入れてある両者を取り出してジャムを作ろうとその気になった。

6月はラズベリーとブッラクベリーの収穫のシーズン。ラズベリーは6月初めから収穫できる。一日おきぐらいにまめに摘み取る。暇な老人だからできる。その摘み取りが終わるのを待つかのように、こんどはブッラクベリーの収穫が6月下旬から始まる。摘み取ったものは順次冷凍庫に保存していく。

梅雨といえばジャムづくりの時季。これまで多くのジャムを作ってきた。この数年は怠慢で種類は年年わずかになってきている。それに作っても保存する冷凍庫は狭く、スペースを確保するのに四苦八苦するためどうしても限られてしまう。

ジャムづくりは例年なら6月初めに梅ジャムからスタートする。ジャムにする梅は知り合いの農家の豊後梅を。これを使うのは大粒で加工しやすいからだ。ところが今年は不作。次にアンズジャムとなるのだがこれも不作。というわけで、ジャムの中でも好きな梅ジャムとアンズジャムはあきらめざるをえなかった。

となると出番はラズベリーとブラックベリーの2つだけになった。両者とも農家に頼らずに、わが菜園で栽培している。ありがたいことにこちらは不作という年はなく毎年摘み取りができている。

味と香りの面からすればブッラクベリーはラズベリーの比ではない。ずっとそう思い込んでいた。ブッラクベリーをジャムにすることはなかった。

ところがこの数年前から逆転した。ブラックベリージャムを多く作る。これには理由がある。ブッラクベリーの木は世話をしないでも育ち、実をつける。本来ならば剪定ぐらいはしなければならないだろうがほったらかしでいい。いまやかなり大きな木になり、摘み取っても摘み取ってもとり切れないほどの実をつける。

一方、ラズベリーのほうはというと、手間がかかるとまではいかないが、それでも枯れ枝を始末したりして剪定は必要になる。きちんと世話をすればブッラクベリー同様に先端は背伸びしても届かないほどに大きく育つのだが、これをずっとさぼってきたために育ちが悪い。そのため収穫は次第に減ってきた。

すっかり主客転倒した。それでもラズベリーは好きだから少量でも大事に摘み取ってはジャムにしている。

つい最近、たまたまNHKのテレビでラズベリージャムを作っているのを見た。それはタネを濾さないでタネを入れたままのジャムだった。わたくしの関心はそのタネの扱いにある。タネを入れたままジャムにするか、それとも濾してタネをのぞいてジャムにするかである。

タネは小さい。気にならない人とそれが気になる人に分かれる。わたくしはこれが気になる。気にすればするほど食感が悪くなる。そのためタネは濾し器で濾して取り除く。

両者の市販のジャムはタネ入りである、と断定はできないが、高級百貨店でも両者のジャムでタネなしのをこれまで見つけることができなかった。タネを取り除くと嵩がたいぶ減る。半分ぐらいになる。いやもっと減る。かなり値段の高いジャムになるはずだ。そのためタネ入りになるのではないかとみている。

雨降りで窓を閉めてのジャムづくり。室内に香りが広がる。これがいい。とてもいい気分にさせてくれる。

いまもブッラクベリーの摘み取りは続いている。2回目、3回目のジャムづくりをしなければならない。摘み切れないほどあるからだ。そんなにジャムを作ってどうするの状態で、どこかで区切りをつけないといけない。


2024年の読書

2024年6月の読書
・月と六ペンス(サマセット・モーム著・新潮社)

・存在のすべてを(塩田武士著・朝日新聞出版)

2024年5月の読書
・なれのはて(加藤シゲアキ著・講談社)

・イラク水滸伝(高野秀行著・文藝春秋)

2024年4月の読書
・それは誠(乗代雄介著・文藝春秋)
・星を継ぐもの(ジェイムズ・P・ホーガン著・東京創元社)
・独裁者の学校(エーリヒ・ケストナー作・岩波書店)

2024年3月の読書
・北海道犬旅サバイバル(服部文祥著・みすず書房)

・宙わたる教室(伊与原新著・文藝春秋)
・江戸川乱歩(ちくま日本文学全集・筑摩書房)
・文豪、社長になる(門井慶喜著・文藝春秋)

2024年2月の読書
・ムッシュ・クラタ、死亡記事、晴着(山崎豊子全集5,9・新潮社)

・1947(長浦京著・光文社)
・八月の御所グラウンド(万城目学著・文藝春秋)
・極楽とんぼ(里見弴著・岩波書店)
・三人書房(柳川一著・東京創元社)
・15の街道からよむ日本史(安藤優一郎著・日経BP日本経済新聞出版)

2024年1月の読書
・藩邸差配役日日控(砂原浩太朗著・文藝春秋)

・霜月記(砂原浩太朗著・講談社)
・海と毒薬(遠藤周作著・角川書店)
・ラウリ・クースクを探して(宮内悠介著・朝日新聞出版)
・襷がけの二人(嶋津輝著・文藝春秋)
・硫黄島上陸(酒井聡平著・講談社)

⇒2023年、2022年、2021年、2020年、2019年、2018年、2017年、2016年、2015年、2014年、2013年、2012年の読書一覧


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夏野菜がつぎつぎと順調に育ち、6月25日にはトマトとキュウリが初収穫

2024-06-28 | トマト

初収穫のミニトマトとキュウリはわずかにこれだけ

マヌケというかボケナスというか。自分に呆れるとともに笑ってしまった。5月末の東海と関西の山歩きに続いて、6月末は東北の山を目指して計画を立てていた。JR東日本の今年度第1回の大人の休日倶楽部パスを利用して。利用期間は6月20日から7月2日のうちの連続4日間。

この山行に備えて引き続き筋トレに励んでいる。4日間の登山計画を立て終えた。計画作りはかなりの労力を要するが、これが楽しい。次の山への移動などで、乗り継ぎがばっちり決まった時は喜びさえ感じる。問題は天候だった。昨年の同時期は雨に降られなかった。時季が時季だけにしょうがないとはいえ毎日予報が変わる。予定期間は雨模様だ。

出発2日前のこと。自治会の回覧板を見て、大事な要件をすっかり忘れていた。はたから見たらそれを忘れて遊びの計画に没頭しているのだからいい気なもんだと映るだろう。近所の人に代わってもらうか、それとも山行を取りやめるか。

天気予報が好転しない。逡巡していたこともあり、義務を優先することにした。宿は急いでキャンセルしたが一軒だけキャンセル料を少々取られた。ことしはなぜかキャンセルが続く。28日現在、予定の山は一日だけ晴れがある。あとはすべて雨のちくもりが続く。でも晴れの日が一日でもあるのを知るとどうにも悔やまれて仕方ない。しまったかなあという思いだ。だが、やめてよかったのだ、と自分に言い聞かせるしかない。

夏野菜がつぎつぎと収穫できている。ナス、ピーマン、万願寺トウガラシ、インゲンの収穫が続き、6月25日にはトマトとキュウリがわずかに取れた。これから日を追って収穫が多くなる。

ことしのトマトはすべてミニにした。大玉と中玉はやめた。この両者を作るにはどうしても雨除けが必要になる。雨除けさえすれば立派な大玉だって中玉だって簡単に作れる。トマトは作っても食べようとしない。食べたいとも思わない。

それもあって昨年まではきちんと雨除けをしていたのに今年はやめた。それで雨にあたっても傷みが少ないミニにした。トマトはまったく食べないわけではない。ミニなら食べる。冷やし中華を作るときはかならずミニを添える。でもそれぐらいなものである。

トマトに比べるとキュウリは毎日のようによく食べる。収穫を楽しみにしていたぐらいだ。毎年同じことを書くのだが、キュウリは毎日1,2本取れるのがいい。これから盛りに向かってどんどん数が増えていく。食べきれないからそれが困る。大量消費のレシピを決まってさがすのだが、結局は漬物に落ち着く。

年年、夏野菜の品種は少なくなった。食べきれないからだ。7月に入ると好物のオクラとエダマメが、ニガウリは梅雨が明けないと元気が出ない。


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2024ジャガイモは絶好調の豊作ー6月13日に男爵、15日にメークイン、25日にアンデス赤とデジマを収穫

2024-06-26 | ジャガイモ

 
上)男爵(左)とメークイン(右)
下)アンデス赤(左)とデジマ(右)

 

やっぱり豊作はうれしいものだ

ことしのジャガイモは絶好調で豊作であった。6月13日に男爵、15日にメークイン、25日にアンデス赤とデジマを掘り出した。

アンデス赤とデジマは昨秋に収穫したのを種イモとして使っている。そのためほかの2種類と比べて出芽が遅れ、収穫も遅れる。いつものことである。

豊作なのは掘り出しているとすぐにわかる。これも長年の経験だ。それに貯蔵する容器はいつも同じものだから、その容器にどれくらい入るかで、収量がすぐにわかるというわけである。

サイズは大小あるが、豊作はサイズがそろうことである。握りこぶしぐらいの大きさのものがかなりの量を占めることになる。これは見ていても気持ちがいいもので、豊作の喜びを味わう。各1キロの種イモでこれだけの量が収穫できるのだから。

ところが知りあいの農家の方から今年は不作だという。こういうことはよくある。我が菜園が豊作で、農家が不作だというのが。同じ地区なのにどうしてこんなことが起きるのか。

昨年も豊作だった。ところが半月を過ぎたあたり、貯蔵している物置から異様な臭いが。見ると多くが腐っている。初めて見る光景だ。唖然としたといって過言ではない。まるで伝染病のように次々と腐っていく。あわてて腐敗しているものを取り除いた。全滅を覚悟したが、なんとが秋ジャガが取れるまでの量は確保できた。軟腐病らしい。

昨年はタマネギも同じ軟腐病にかなりの数が被害を受けた。狭い物置はタマネギとジャガイモの腐敗臭で満ちた。

この経験があるから、タマネギもジャガイモも貯蔵いているいま、その状態が気がかりだ。いまのところ症状はなく安心している。

アンデス赤とデジマは、収穫したものを秋ジャガの種イモにする。分割すると種イモが腐ってしまうから、分割する必要のない丸のままがいい。40から50グラムの小さいものがよく、これをある程度は確保したいのだが、ことしは出来がいいものだから少ない。思わぬところで困っている。

今秋の秋ジャガに使う種イモ



いま我が家の物置は毎年そうだが、タマネギとジャガイモに占領されて、足の踏み場もない。


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2024梅干しづくりー6月22日にわが庭の白加賀3キロを漬ける

2024-06-22 | 梅仕事


追熟中の梅、わが家の梅だけに黒星病が目につく

6月22日、すべての梅を漬け終えた。

ことしは6月17日から梅干しづくりをスタートとさせた。梅干しは2013年から漬けている、ことしで12回目になる。さすがに手際よく漬けることができる。

ことしの梅干し用の梅は、わが庭の白加賀を使った。

ことしは梅が高い。いつものスーパーで梅干し用の完熟梅を見たらさすがに驚いた。値段が昨年の倍だ。梅が不作だとニュースで知っていたがここまで高いとは。別のスーパーではいつものように1キロ1000円ぐらいで売っていた。これにしようか。しかしどうも鮮度が悪い。これまでの経験がモノを言う。やめよう。

そこで我が家の梅、白加賀を使うことにした。どういうわけか我が家の梅は今年も実をつけた。豊作だ。隔年結果で今年は不作と決め込んでいたのに2年連続で実をつけてくれた。こんなのはははじめてのこと。

庭の梅の木には黒星病が出てくる。防除する気はさらさらなく、こればかりはしょうないなと。その黒星病が出てくる前の5月22日に青梅4キロをすでに収穫している。取り残した分がかなりある。捨ててしまうのはもったいないから大きくなるのを待ってこれを梅干し用に使おう。

いつもは梅干し用の梅は買う。やはり見た目が大事だからだ。しかし2021年は我が家の白加賀で漬けた。もう3年過ぎているから、白干しの梅は茶褐色になり、それほど黒い点々が気にならないほどだ。

完熟まで待っていると梅は病気が広がる。見た目が悪くなる。できるだけいいものを選ぶが、それでもたいがいは黒星病の黒い斑点が目立つ。しかしこれぐらいなら梅干しにするには問題がない。

梅が落ちたとき直接地面に当たらないように木の周りにネットを張った。無理にもぎ取らないで、できるだけ落ちたものを使う。

悩ましいのは一様に熟していないこと。一度にすべて漬けたいがそれができない。青いものもあれば、黄色くなったものもある。熟度に応じて3つのグループに分けて追熟させたうえで順に漬けていった。

塩分濃度は18%。いつもこれだ。

第1グループ6月17日に漬けた。梅が800グラム。塩は144グラム。

第2グループ6月18日に漬けた。梅が900グラム、塩は162グラム。

第3グループ6月22日に漬けた。梅が1300グラム、塩は234グラム。

漬けた梅は全部合わせると約3キロ、塩は540グラムになる。これらを別々の容器に漬けるわけではなく、同じ容器に順に重ねて漬ける。

22日の今朝のこと、最後の梅を漬けるとき梅酢がすでに十分上がってきている。これで第一関門突破だ。

梅干しづくりのポイントは、梅酢を上げること。これを確認できればもう安心である。梅全体が梅酢に浸るようになったら、重石を軽くして梅雨明け後の土用干しを待つだけとなる。

梅干しはカビがはえるのが心配という声をよく聞く。これまでの経験ではいちどもない。ホワイトリカーで容器と梅を消毒してから漬けている。

今年はこれぐらいの分量にしておく。いま食べている梅が2017年もの。それ以後の梅干しはすべて貯蔵中で在庫がかなりあるからだ。

梅干しは食べるよりも仕上げるまでの過程が楽しい。わたくしに梅干しをつくってみようかとその気にさせたのが、以前にも書いたように、水上勉著「土を喰う日々」(新潮文庫)である。


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6月19日に万願寺トウガラシとインゲンがーナスとピーマンに続いて

2024-06-20 | インゲン

6月19日に万願寺トウガラシとインゲンが

6月19日に万願寺トウガラシとインゲンを収穫できた。ナスとピーマンに続いての夏野菜の収穫。野菜不足だったのに、ここにきて冷蔵庫の野菜室は入りきれない状態で、早く食べなきゃとしだいに菜食中心になりつつある。

両者ともにお気に入り。

万願寺トウガラシの一部はやや取り遅れ。トウガラシの仲間はいずれも好きだ。といってもことしはこれに加えてピーマンとタカノツメだけ。シシトウガラシと伏見甘長トウガラシも作っていたが、万願寺がどうも口に合うようなのでこれだけに絞ってる。タカノツメは調味料としてかなりよく使う。そのためことしは4株を作っている。

インゲンはこれも好みに合う。わたくしにとってはナスやピーマンと同じく使い勝手がいい。地味なのだが炒めても茹でてもうまいので重宝する。初回に山盛り取れた。食べきれないからと一部をすぐにさっとゆでて冷凍した。

いつのまにかすっかり菜園は夏モードになっている。


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“クズ”のショウガだけど6月に入るとちゃんと芽を出してきた

2024-06-19 | ショウガ


“クズ”のショウガだけとちゃんと芽を出してきた(6月19日)

5月14日に植えつけたショウガ。6月に入り次々と芽を出してきた。
ことしは種ショウガの越冬に失敗、手元に残ったのはわずか。そこで知り合いの農家に助けを求めた。

ところがその農家はすでに植えつけをすませていた。優良な種ショウガは使ってしまっていた。一足遅かったか。だが「クズならあるよ」という。

農家の言うところのクズとは、塊茎がちぎれて小さくなった断片だが、クズというにはもったないほど生きがいい。小さく分割されているだけで質はいい。その中からしっかりと芽が出ているものだけを選んでいただいてきた。

ショウガ栽培は、わたくしの経験からいえば、種ショウガの良し悪しで決まる、というもの。種ショウガの質が悪いと出芽率が極めて落ちるからだ。クズとはいわれても、これだけ良質の種ショウガなら出芽は間違いなし。

芽が出ているショウガを植えつけても、地上に芽が出てくるまでには時間がかかる。1カ月近くはみなければならない。気温の上昇とともに芽が出てきた。

ここまでくればひと安心。あとは肥料を多めに施し、土寄せをしていくだけである。なんとかこの夏も葉ショウガは食べられそうだ。


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6月14日に最後のサツマイモー昨年9月末から毎日食べ続けて

2024-06-17 | サツマイモ


6月14日に蒸かした最後のサツマイモ。ここまで残ったものには傷みがあり、
小さく細いものばかり。しかし味は格別である

一昨15日から普段は半ズボンに衣替え。年寄りの半ズボンは見苦しいといわれる。それは自覚している。脚は短いが、毎日のトレーニングのおかげで太ももとふくらはぎは筋肉質ですっきりしている。湿疹と蚊に刺されたあとがあり、いまのところ肌は自慢できない。

サツマイモが6月14日で在庫がなくなり、とうとうおしまいになった。よくもこんなに食べ続けたものよ、である。昨年9月下旬に収穫してからというもの、8カ月と半月、ほぼ毎日食べ続けてきた。

6月14日に最後の分を蒸かした。さすがにここまで残ったのものは傷みがあり、いずれも小さく細いものばかり。しかし味は格別である。

そんなに食べ続けて飽きないのか。これが飽きない。7日から10日に一度、食べる分を蒸かして冷蔵庫に。これを昼ごはんのあとに食べる。

甘辛両刀遣いだから、食後はどうしても甘いものが欲しくなる。サツマイモがあればこれで満足で、サツマイモの在庫がなくなったいまからは、まんじゅうなどを食べることになる。

サツマイモは貯蔵期間が長くなればなるほどうまくなる。年内はそれほどでもないのだが年が明ければ、見違えるようなうまさに変身する。これが同じものかと驚く。

食べられるのはたいがい4月まで。腐ってくる。それがことしは6月中旬まで食べることができた。ここまで貯蔵期間が長くなるとどうなるか。水分が抜けて味が凝縮する。とくに紅ハルカはうまいです。別格です。4月のものよりもさらにうまくなるというのを知った。

ことしは5月5日に植えつけた。ツルを伸ばし始めている。9月中下旬から収穫できる。あと3カ月もすれば食べられる。


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夏野菜が取れだして野菜不足がしだいに解消ー5月下旬ピーマン、6月上旬ナスが

2024-06-14 | ナス


夏野菜の初物。定期的に取れだした

雑草取りは、春から秋にかけての菜園の大事なルーティンだ。これからの梅雨の時期がピークになる。雨が降るたびに雑草が出てくる。雑草という名前の草はなくそれぞれ固有の名前を持っているとはいえ、菜園をやっているものにとっては栽培野菜以外は厄介だ。放っておくわけにはいかない。ひざを深く曲げ腰を折って、もくもくとやらねばならない。

夏野菜が取れだした。5月下旬にはピーマンが、6月上旬からはナスが。いまでは3、4日おきに少ないながらも定期的に取れるようになった。いちどに多く取れるよりも、少しだがコンスタントに取れたほうがありがたい。

菜園は4月から端境期、夏野菜が取れるまでは野菜不足になる。4月から6月中旬までに収穫できたのコマツナ、キヌサヤエンドウ、ソラマメ、タマネギぐらいなもので、これだけでは当然ながら十分ではない。

そこでこの野菜不足を補ってくれたのが長ネギ。ネギは冬ネギに限るとうそぶいているが、実は春ネギも夏ネギもわずかに食べている。ソバの薬味にどうしてもネギがいるからで、知り合いの農家からそのつど、1、2本いただいている。

冬ネギとくらべるとやっぱりというか食感が劣るのだが、こんなものだと思えばそれなりに。この農家は年中ネギを作っている。すべて自家消費で、大量に残しては捨てている。それじゃということで、多めに頂戴する。春ネギも夏ネギも食べるといっても冬ネギとは比較にならないほど少ないのだが、4月と5月の野菜不足の時期にはかなり重宝する。そんなわけでネギは冬ネギに限るなどとは言えないのが実態だ。

昨13日は、ジャガイモ4種類のうち男爵だけを収穫した。少しずつだが野菜不足が解消しつつある。これからは夏野菜がどっと取れだす。これはこれで困る。食べきれないからだ。少量をコンスタントにはかなわぬ希望なのである。


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6月9日にモッコクの生け垣の剪定-美しいものには虫がつく

2024-06-13 | その他

上が剪定後の生け垣、下が剪定前の生け垣。
上辺を切り揃え、かなり透かした。変わらない?

6月9日に生け垣を剪定した。わが陋屋、小さく粗末な家には猫の額ほどの庭がある。緑にあふれている。正面は[モッコク]の生け垣、隣家との境の左手は[テイカカズラ]の生け垣、右手は[サンゴジュ]で三方が常緑樹で囲まれている。

登山のときの山の新緑にはとても及ばないが、我が家もそれなりに美しい。それが6月に入ると青葉が繁り、見苦しくなる。これから梅雨に入りといっそう暑苦しくなる。そこで5月下旬から6月上旬にかけて剪定の時期になる。すっきりとした生け垣はこちらの気分までもさっぱりとさせてくれる。

すでにサンゴジュとテイカカズラの剪定は済ませている。この日は本命のモッコクの剪定である。

剪定の目的は二つある。一つは通りを歩く人の姿が見えないほど葉が繁っている。これを透かしてすっきりさせること。もう一つは害虫対策。密生した葉を落とすことで、風通しを良くし防除につながる。

モッコクの生け垣は美しい。5月の新緑は見惚れてしまう。葉に光沢がありしっとりと上品で風格がある。さすがに3大庭木の一つだけにすばらしい。

しかし人間だけではなく、美しいものには虫がつく。モッコクの最大の敵はハマキムシ。秋までは常にこれとの戦いになる。防除が欠かせない。放ったらかしにしておくと、虫食いだらけになり、美しい姿が台無しになる。

2、3週間に一度は殺虫剤散布など手入れが必要だが、これを忘れると見苦しくなる。厄介だ。美人でいるには肌の手入れが欠かせない。

何十年もモッコクの剪定をしている。自分で言うのもなんだが、腕前は職人並みと自認している。それもそうだろう。何十年と長いことやっているのに下手ではどうしようもない。

剪定は常に全体を見ながらやる。植木屋の親方が何時間も手を動かさないでじっと樹木を見ている、テレビでよく見るあのパターンである。

まず重なる葉を切り落として透かすこと。これで風通しがよくなる。濃淡があるから全体が均一になるよう切り落とす。たびたびと道路の向こう側にわたり、遠くから全体を眺め、濃い個所があえば切り落としていく。

次は上辺を横一線に水平にそろえること。脚立に乗って左右を見ながら。切り込みすぎるとアウトだ。1カ所を横に切りそろえるごとに、脚立から降りて、道路の向こう側に行き、水平になっているかを確認。脚立の昇り降りを繰り返して微調整していく。

よくちょこまかと動くジジイだなと思われても仕方がない。

この日は、暑くなりそうだからと6時からスタート。掃除して終わったのが9時前。ほぼ3時間。そのあいだ剪定ばさみでチョッキン、チョッキンやっている。最近は情けないことに親指の辺りがけいれんしてくる。

ほかの生け垣もそうだが、全面的に葉を落とす作業はこの時期がメイン。だがこれだけで終わらない。すぐに葉が繁ってくる。そのつどチョッキン、チョッキンとやらねばならない。

すっきりした。毎度のことだが、その仕上がりぶりを眺めては、うーんすばらしい、うまいもんだと手練れの技を自画自賛している。生け垣がさらに美しくなった


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6月7日にラッキョウのかんたん漬けに挑戦ーわが脳みそもラッキョウ似になったいま

2024-06-12 | ラッキョウ


左はわたくしが漬けたもの、右はかみさんが漬けたもの

6月7日にラッキョウを漬けた。梅干しは自分で毎年漬けているのだが、ここにきてラッキョウまでやることになるとは思わなかった。剥いても剥いても皮ばかりのラッキョウ。最近はボケて我が頭も芯がなくなり、ラッキョウと似てきたいまになっての初めての挑戦となる。

ラッキョウはかみさんが毎年漬けている。これがうまい。酒のつまみになる。全部食べてしまうのがもったいないくらいで、残り少なくなると寂しくなる。面白い本のページが残り少なくなるのと同じ気持ちだ。

ことしもかみさんがラッキョウを漬けた。サイズが小さい。一年物ではなさそう。もうこれだけあれば十分なのだが、知り合いの農家が収穫しているところを通りかかったら「持っていけ」と。むげに断るわけにもいかず持ち帰った。こうなると自分でやるしかない。

この農家からはいつも、春4月にラッキョウの若採り、すなわちエシャレットを少し分けてもらっている。生で味噌をつけて食べる。これが清酒のつまみにいいのである。

漬け方は、ラッキョウ生産量全国一の鳥取県、その全農とっとりのホームページを参考にした。

漬け方に2通りある。かんたん漬けと本漬け。梅干しづくりで手馴れているから本漬けにしようかといったんは思いながらも、なんか面倒な気がして、かんたん漬けに挑戦することにした。たぶんかみさんのものもかんたん漬けだと思う。

ラッキョウは下ごしらえが大変だと思っていた。とくに皮むきが。土を落として、水で何度も強く洗っているうちに表面の汚れがすっかり落ち、水洗いをくりかえすと8割以上が、皮むきをしなくてもいいほどにきれいにむけてしまった。面倒とは思わないほどうまくいった。

ラッキョウ酢を作る段階で、酢と砂糖をどうするかで迷った。酢は手元に穀物酢しかなく、砂糖もパルシステムのサトウキビから作る花見糖しかなかった。酢は穀物酢でもいいらしいのでこれを使い、砂糖は買い出しに行くのが面倒なのでここは試しにと花見糖を使った。そのためやや茶色くなった。

正味1キロを漬けた。用意した一つの瓶では入りきれなかった。これで完成。10日後から食べられるというが1カ月待ったほうがいいらしい。

最初の挑戦だから、かんたん漬けといってもそう簡単にスムーズに段取りよくいくわけがなく手間取った。梅干しづくりと同じであとは慣れだなと思う。

種球を50個以上残した。これを保存して、今年はスペースを見つけて植えつけてみようかなと思っている。


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6月5日に冬ネギ(根深ネギ)の苗300本を定植-3月にタネまいて育苗

2024-06-11 | 冬ネギ

6月5日に冬ネギ(根深ネギ)の定植

卯の花の 匂う垣根に
時鳥(ホトトギス) 早も来鳴きて
忍音(しのびね)もらす 夏は来ぬ

毎年いまの時期なると、我が家にホトトギスの鳴き声が響いてくる。昼夜を問わず鳴く。特に夜がいけない。やかましい。夏が来たなという風情どころではない。

6月5日に冬ネギ(根深ネギ)の苗を定植した。いつもは6月下旬から7月上旬に行うのだが、このところソラマメ収穫の後作として作っている。もう少し待てばいいのにと思うのだが、つい早めにやってしまう。

冬ネギは今年も石倉太ネギだけ。冬ネギは3,4種類ぐらい作っていた時期もあったが、いまはこれだけに絞っている。作りやすいと思う。

タネは3月にまいた。以前は前年の10月にまいていたが、3月にまいても収穫時の育ち具合は変わらない。

すでに背丈は40センチほど。よく育ちました。

深さ20から30センチの溝を掘る。30センチほど掘り下げるのはかなりの重労働になる。そこまでの深さには掘れない。

汗だくになる。そうだ、思い出した。なぜ植えつけの時期を早めたのか。6月下旬になると暑くなるからで、いまのうちに済ませておこうという魂胆からだ。

それでも25センチぐらいの深さに掘る。そこに2本ずつ、5センチ間隔で植えていく。深く腰を折り。ひざを曲げないといけない。

覆土はほんの少し、かぶせるぐらい。さらに乾燥を防ぐために藁で覆う。これで植えつけは完了だ。

約300本を定植した。それでも苗がだいぶ残っているがもうスペースはない。知り合いの農家に引き取ってもらおう

8月末ぐらいから葉鞘部(白い部分)を伸ばすためまめに土寄せをしていく。11月から食べることができる。


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5月29日にタマネギの収穫-今年は軟腐病も乾腐病もなし!

2024-06-10 | タマネギ

3年も病気に悩まされたがことしは病気なし!サイズもそろい120個ぐらい

5月下旬の山歩きの記録をこのブログに連載してきた。駄文とはいえ、しだいにきつくなりつつある。それでもこれまでの習慣で、記録しないと気が済まない。やっと書き終えた。これで山旅が終わる。

短い山旅であったが、その間に菜園ネタがたまった。これも一気に放出だ。

まずはタマネギ。5月29日にすべて収穫した。山旅出発直前に茎がいっせいに倒れた。収穫ですよ、というサイン。山から帰ってきてからにしようかと思ったが、やはり生来のせっかちがそうはさせなかった。

タマネギはこの3年間は病気に悩まされた。乾腐病や軟腐病。この病気はしまつがわるい。貯蔵中でも次々と腐り、悪臭を放つ。かなりの数がやられる。

タマネギは、苗づくりだけが面白い。苗を定植してしまえば、あとは放ったらしでも育つ。300個以上を作ってきた。ところがこの病気が出てきてからは、様子を見るため栽培本数を半分以下にしてきた。それでも病気は毎年出てきた。

そこで昨年はタマネギ栽培する畑を少し離れた別の場所に変えた。その場所で、9月からのタネまきと育苗、そして11月の定植。これでことし病気が出てきたら考えなければならない。真剣になって。

収穫まじかになってからは心配で観察してきた。乾腐病や軟腐病の兆候はなく、これならなんとか今年は無事に行けそうだと安心した。実際無事だった。

約120個を収穫できた。貯蔵中に病気が出てこないかとやはり注意はしている。


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6月1日に兵庫県の山ー六甲山を歩く、有馬温泉・金の湯で山旅の仕上げーその5(最終回)

2024-06-07 | 登山

931mの六甲山最高峰、思いのほかアップダウンに手こずったが元気に

◆山行日程
5月29日(水)夜行バスで三重県近鉄四日市駅

5月30日(木)三重県の山[御在所岳]登山
      伊勢市に到着後、外宮と内宮のお参り
        18時から内宮前のホテルで宴会、宿泊
5月31日(金)ホテルの内宮早朝参拝に参加
       三重県の山[朝熊ケ岳]登山
        大阪に移動し、大阪梅田泊
6月 1日(土)兵庫県の山[六甲山]登山
        有馬温泉入浴
        帰京


<わたくしの好きな山登り

山行日 2024年6月1日(土)
天気 晴れ
山域 六甲山系
メンバー 単独
コース&タイム
5月31日(金)大阪梅田阪急駅6:10=6:31芦屋川駅
芦屋川駅6:45ー7:15高座の滝ーロックガーデンー8:20風吹岩8:40ー9:30本庄橋跡ー9:40-10:25一軒茶屋一10:35六甲山最高峰11:00ー12:30魚屋道登山口ー12:50有馬温泉・金の湯13:50ー14:00有馬温泉駅
有馬温泉駅14:10=15:48新大阪=18:42東京駅19:03=19:44我孫子駅


<<6月6日の記事より続く

山をやってとうに半世紀が過ぎている。六甲山を歩こうと思い立つことはなかった。登山の対象の山だとはもちろん承知していたが、どちらかというと観光地のイメージがあった。

あの世に行くまで縁がない山だと思っていた。テレビでは六甲山縦走を1,2度みている。それでも食指が動かない。若い時ならそうでもないのだろうが年をとったいまでは行こうかとその気にならない。

5月30日に伊勢市で同窓会があり、それならついでに登ろうと御在所岳と朝熊ケ岳を計画した。アズマ男がここまで遠出して、1泊2日ではもったいない。せめて2泊3日にしたい。もう一山をどこにしようか。思いついたのが六甲山だった。

伊勢から大阪までは近鉄で2時間ちょっと、これなら行ける。これで決まった。

心配は3日連続の登山になることだ。これまでなんどもくどくど書いてきたとおり、ひざの状態がよくない。昨年の後半から山はやめていた。痛みが軽くなったので、どの程度歩けるかと4月に二つの山を歩いてみた。あまりの体力低下にショックだった。それから1カ月。筋トレに励み、今回に臨んだ。

初日の御在所岳は苦労した。歩けたもののダメージを負った。2日目の朝熊ケ岳は問題なく歩けた。それでも疲れている。

コースは芦屋川駅から六甲山最高峰へ経て有馬温泉に下りる。最初に歩くならこのコースとガイドブックは推す。

どの程度の標高差があるのか。芦屋川駅が29m、六甲山最高峰が931mで標高差は900m。甘く見てはいけない。御在所岳は近鉄湯の山温泉駅から歩いたから標高差は1100mを超した。さすがに疲れ果てた。

最後の力を振り絞って歩くしかない。


阪急電車が芦屋川駅に近づくにつれて山が急に迫ってきた。駅は山の斜面にあることがわかる。

駅からロックガーデンまで舗装道路の坂道を行く。途中まで両側に芦屋の“邸宅”が立ち並ぶ。我が家だってこんなものだ(ウソです)。山が海に迫っている町は平地が狭いから住宅開発は山のほうへ行く。4月に歩いた鎌倉がそうだ、長崎も尾道もそうだ。鎌倉で聞いた話では、坂道は見た目がいいが、老人になるとこの坂道が苦労のタネになるという。気軽に買い物にも出かけられなくなる。

ロックガーデン入り口。

すぐに高座の滝。



ここからロックガーデンは岩場の急な登り。真剣になる。しばらくは慎重に行くに越したことはない。

風吹岩

このコースは山頂に行くまであまり展望に恵まれない。途中ここが一番の展望所になる。

さてここで道草を食った。地元の60歳の男性が話しかけてきた。育ちが良さそうな方だ。なぜか友好的で、つぎつぎと話題を持ち出しては話しかける。先を急いでいる。だが無下にすることもできない。そういえば昨日も朝熊ケ岳の頂上で長話をしてしまったな、と。結局は20分近くになった。なんとか話を切り上げて先にすすむ。なぜわたくしに声をかけたんだろう。

先行している3人組がコースを外れて左折。標識には横池とある。向こうからきたかたにたずねた。すぐそこ、1,2分で行ける。
蓮の花だ。

登山道はゴルフクラブ(芦屋CC)の中を行くのだろうか、ゴルフカートが登山道を横切っていく。これにはびっくりした。たまに「ナイスショット」の声も聞こえてきたりする。

風吹岩から、最後の急登となる七曲りまで、地形が複雑だ。アップダウンの繰り返し。沢が出てきてなんどかの徒渉もある。気がまぎれていいのだが、先が長く感じられる。

本庄橋跡。この先いちど徒渉して、七曲りに取りつく。ここから急坂。登りきると山頂は近い。
ここからが大変ですよと、行きかう登山者になんどか言われた。覚悟はできている。確かに急だ。しかし長く続かない。きついことはきついが大したことはない。この年寄りがそう思うのだから、きょうは連日の登山で疲れているとはいえ、体が慣れてきたことがわかる。



なんとか登り切って一軒茶屋に。目の前をドライブウエイが走る。見ないことにして、ここから山頂は目前。

六甲山最高峰に到着。出発して4時間弱。後期高齢者の老人としてはまずまずのタイムだ。途中さすがに苦しかったが、持ち直してこのタイム。頑張りました。

立派な山頂標識。ここで記念撮影。次々と来ては取っていく。皆さんこんなポーズをする。「六甲山最高峰」の「峰」の字を手で覆ってポーズ。すなわち「六甲山最高」と写る。または「山」と「峰」を手で覆うと「六甲最高」と写る。山頂標識が、六甲山最高!とか六甲最高!と声を発しているかのようだ。SNSで広まり、それを皆さんがまねしているという。

私もそうやってみた。照れる。手元にその写真があるが公開はやめておこう。

山頂にはパラボラアンテナが。

ロープウエイ方面の展望

有馬温泉に向けて一気に下山した、ひざの痛みを感じることなく。安心した。有馬温泉側の魚屋道登山口。

さあ温泉だ。きょうは週末。金の湯は混むだろうから別の湯にと調べたら、この登山口右手にある亀の井ホテルの泉質がいいと。しかしこのホテルから有馬温泉駅までは20分以上もある。せっかく汗を流してもまた汗だくになる。それなら駅近くの金の湯にしようか。

金の湯の係の人に尋ねたら、込み始める時間帯だが、いまはすいているという。ゆっくりと湯につかり汗を洗い流した。

有馬温泉は狭いところにホテルが林立している。窮屈そうだ。週末だから人が出ていた。
かなりの温泉好きだが、有馬温泉は初めて。登山のついでに、全国の温泉、それもひなびた山の湯ばかりはいっている。有馬温泉は観光地だから敬遠していた。しかし老い先短い身としては、話のタネにいい機会だから三名泉、三古湯のひとつといわれるこの湯を楽しみにしていた。

計画をすべて残すことなくやり遂げた。一日一山の強行軍とわかっていただけに、やはり疲れた。湯上りのさっぱりした気分で帰路についた。


一日一山の計画を実行できた。天気に恵まれたのが大きい。この3日間は、晴れ、くもり、晴れ。いくら晴れ男のわたくしでも上出来だ。

これからは体力気力が加速度的に衰えていくのは間違いない。登山を楽しむには意識して筋トレに励むしかないようだ。それでも間に合わなくなる。しだいに高山から低山に移行していくのもやむを得ない。今回がすでにそうだ。

次の山歩きは6月下旬を予定している。昨年と同じくJR東日本の大人の休日パスを利用して。


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5月31日に三重県の山ー朝熊ケ岳を歩く、「お伊勢参らば朝熊をかけよ 朝熊かけねば片参り」、そうとは知らなかったーその4

2024-06-06 | 登山

山頂には立派な標識があるはず、だが見当たらない。隅っこのほうにあった

◆山行日程
5月29日(水)夜行バスで三重県近鉄四日市駅

5月30日(木)三重県の山[御在所岳]登山
      伊勢市に到着後、外宮と内宮のお参り
        18時から内宮前のホテルで宴会、宿泊
5月31日(金)ホテルの内宮早朝参拝に参加
        三重県の山[朝熊ケ岳]登山
        大阪に移動し、大阪梅田泊
6月 1日(土)兵庫県の山[六甲山]登山
        有馬温泉入浴
        帰京


<わたくしの好きな山登り

山行日 2024年5月31日(金)
天気 朝小雨のちくもり
山域 伊勢市・鳥羽市
メンバー 単独
コース&タイム
5月31日(金)内宮前のホテル9:00=五十鈴川駅=9:30朝熊駅
朝熊駅9:35ー朝熊岳道登山口9:45ー10:20跨線橋(ケーブルカーの廃線跡)ー11:15朝熊峠ー11:45朝熊ケ岳12:10ー12:20経塚群ー12:35金剛證寺ー14:10朝熊岳道登山口ー14:30朝熊駅
朝熊駅14:36ー16:55大阪駅・梅田泊


<<6月5日の記事より続く

6月5日の記事とダブるが、朝熊岳に登ることになろうとは思ってもみなかった。NHKの日本百低山で朝熊ケ岳を見た。初回放送日を調べたら2022年11月23日。はじめて知ることばかりでかなり興味も持った。

ひとつは、「お伊勢参らば朝熊をかけよ 朝熊かけねば片参り」と伊勢音頭の一節に唄われ、伊勢神宮参拝を終えた人々は朝熊山の山上にある金剛證寺に参詣したということ。
これまで2度お伊勢参りをしているがまったく知らなかった。ここにきて初めて知るとは。

二つ目は、それを裏付けるように、この山には戦前に、最急勾配を誇る登山鉄道があったこと。ケーブルカーを建設し、これで経営が成り立っていたのだから、いかに多くの人が参拝に訪れていたかを知ることができる。
ネット検索してみると、いまもケーブルカーの軌道跡があり、そこを歩いている記録を見ることができる。

三つ目は、金剛證寺の本尊は虚空蔵菩薩だが、天照大御神も祀られている神仏習合のお寺だということ。
番組ではお寺の許可を得て内陣にまで入り、それを見せてくれた。

番組を見るだけで終わるはずであった。ところがことしになって伊勢で5月に同窓会を開くという案内。となると当然ながら登ろうという気持ちになる。よもやこうなるとは。神様が朝熊ケ岳に導いてくれているのかと不思議な気持ちになったものである。


朝熊ケ岳へは複数のルートがある。よく歩かれている朝熊岳道を行き、帰りは来た道を戻る。この日も昨日と同じく強行軍で、下山後は大阪に向かう。

朝熊駅に着いた。小雨模様だから雨具を取り出しているところで、なんと雨がやんだ。ついている。

朝熊岳道はよく整備されている。昨日の御在所岳と比べると、比べようもないくらい歩きやすい。昨日は厳し登りが続いただけにきょうは足が重い。それだけにこの道はありがたい。登山道でもあり、参道でもある。

朝熊駅から登山口を目指す。目の前に山が見えるのだが、これから登る朝熊ケ岳がどれなのか、農家の方に教えてもらう。右側の山がそうで、この画像では見えないがスカイラインが横切っている。


朝熊岳道の登山口。左手が駐車場になっている。平日なのに車が多くあるなと。この疑問は登り始めるとすぐに分かった。6人ぐらいの老人が次々と下りてくる。共通しているのは登山靴ではなく白い長靴。尋ねてみると地元の人たちで、週に数回頂上まで登っているという。たしかに足腰がしっかりしている様子。というよりそうでないと登山はできない。

登山道には1丁ごとに町石が立っている。最後の22丁目は朝熊峠。
ここは10町。ケーブルカーの跨線橋だ。下をのぞけば軌道跡を見ることができる。



これが軌道跡。谷あいを一直線に上っている。



かたわらに説明板。当時のケーブルカーのすがたを見ることができる。
大正14年に開通し、昭和19年に廃業。

ここから伊勢湾と市街地が見渡せる

朝熊峠。これが最後の町石、22町目。

この峠にはケーブルカーの開通とともに旅館が開業、だがケーブルカーの廃止とともにさびれたと案内板にある。

峠から山頂までは舗装された道。これがきつい。
山頂には立派な山頂標識。

 

その横に八大龍王を祀っている社。
ここで珍事?
えっ、車が。ここまで車で来られるとは知らなかった。降りてきたのは82歳の母とその娘。お伊勢参り、さらに金剛證寺に、そこで八大龍王を祀ってあるのを知ったという。家族の病気で以前に八大竜王をお参りしていて、伊勢にきてまで八大竜王をお参りできるとは有り難いと。この母娘は飛行機で仙台から来た。仙台に詳しいわたくしと長話になってしまった。それに前日はわたくしと同じホテルに泊まり、今朝は同じく内宮の早朝参拝に参加していたというから驚く。こちらにはあと2泊するという。話は尽きない。盛り上がってしまった。そろそろ切り上げで歩を前にすすめたいのだが。



山頂からの眺め。曇り空ではしょうがない。



山頂からは国宝の経塚群に向かう。伊勢湾台風の倒木を整理のとき埋納されていた経典が発見されたという場所

金剛證寺。裏口から入る格好になった。

奥の院の入り口から先には巨大な卒塔婆が立ち並ぶ。奥の院には行かずに本堂へ。

思っていたよりはるかに立派な寺であった。「お伊勢参らば朝熊をかけよ 朝熊かけねば片参り」、多くの参拝があった往時が想像できる。

ここから帰るのだが、ここで迷った。寺からの朝熊岳道への道がわからない。経塚群からの道をふたたび戻ることにした。
かなり予定より1時間ほど遅れている。足を速めよう。朝熊峠からは登山口までは50分で下りてきた。

この日は昨日と打って変わっての空模様。登山開始からさいわいにも雨に降られていないが、この曇り空では展望がない。そのためどうも気分が晴れない。昨日のような登ったぞ!といった充実感がいまひとつない。

朝熊駅から大阪駅に向かう。一駅先の五十鈴川駅で特急に乗り換える。4分後に特急が来る。急いで改札口を出て特急券を買い、あわててホームに戻り、間に合った。疲れた体でも、いざとなればそれだけのダッシュができるようだ。


大阪駅の改札を出るのは何年ぶりになるのだろう。夕方ということでかなりの人出。その人ごみに圧倒されてしまった。ホテルへの道がわからない。右往左往。スマホのアプリが頼りだがうまく使いこなせない。結局は数人に道を聞きながらたどり着いた。早々に寝る。
明日は六甲山。もうひとがんばりだ。


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5月30、31の両日にお伊勢参り―今回で3度目、式年遷宮から10年ぶりーその3

2024-06-05 | 登山

5月30日の伊勢神宮ー外宮(上)と内宮(下)


5月31日の内宮早朝参拝

◆山行日程
5月29日(水)夜行バスで三重県近鉄四日市駅

5月30日(木)三重県の山[御在所岳]登山
        伊勢市に到着後、外宮と内宮のお参り
        18時から内宮前のホテルで宴会、宿泊
5月31日(金)ホテルの内宮早朝参拝に参加
        三重県の山[朝熊ケ岳]登山
        大阪に移動し、大阪梅田泊
6月 1日(土)兵庫県の山[六甲山]登山
        有馬温泉入浴
        帰京


<<6月4日の記事より続く

3度目のお伊勢参りになる。前回は式年遷宮のときだから約10年ぶりだ。あの時の正宮と別宮は建てたばかりだからなにもかもが真新しかった。檜の肌が白く輝き、その香りが満ちあふれていた。

10年を経て、その間に風雨にさらされ、渋く落ち着いたたただずまいを見せている。神殿にはどちらがふさわしいか。好みだが10年前の輝くばかりの神殿もわるくない。

山を長くやっていると、ついでに全国の神社仏閣をよくめぐる。いつの間にか、山の神から一ノ宮以上の社格の高い神社までかなりの数をお参りしている。神社仏閣を目的に旅することはない。たいがいは山歩きのついでに参るということになる。ただ伊勢参りだけは逆で、伊勢参りのついでに山を歩いた。今回もそうなった。

3度目の伊勢参り。新しいことを発見した。へえ、そうなんだと初めて知った。それなら楽しみだ。行くに越したことはない。それが朝熊ケ岳。

「お伊勢参らば朝熊をかけよ 朝熊かけねば片参り」と伊勢音頭の一節に唄われていて、参宮を終えた人々は朝熊山の山上にある金剛證寺に参詣したのだという。外宮と内宮だけでは片参りで、朝熊山の金剛證寺にまで足を延ばしたということか。

さらにこれを知る前か後に、NHKの日本百低山が朝熊ケ岳を取り上げた。この番組をみて金剛證寺が、本尊は虚空蔵菩薩で、天照大御神も祀られている神仏習合のお寺だとわかった。

今回は伊勢参りだけでなく、金剛證寺をめぐる朝熊ケ岳登山がセットになった。


御在所岳を下山し、近鉄で伊勢市駅へ。夜6時からの同窓会までに時間がある。これなら外宮と内宮をお参りできる。

まずは順番どおり外宮から、そこからバスで内宮へ。たった2回しか来ていないのにかなり覚えている。迷うことなくすたすたとお参りを済ませた。

内宮に一番近いホテル。ここが同窓会の会場で、宿泊もここになる。

まっとうなホテルだった。サービスも部屋も食事もすべてがまっとうだ。これがいい。飲んべえだからあまり食事にはこだわらない。たいがいは夕食の献立が話題になるが、飲んべえのわたくしには朝食がよかった。すべてが酒の肴になる。この献立を夕食に回して、それを肴に酒を飲みたくなる。朝食がいい宿ではいつもそう思ってしまう。

翌31日はこのホテルの内宮早朝参拝に参加した。朝6時30分にロビーに集合。人気があるようで、40人ぐらいの宿泊者が集まった。2班に分かれて出発。ホテルの関係者が1時間30分かけて内宮を案内して各所で説明してくれる。この年になって知識を蓄えようにも、3歩あるけば忘れてしまう身。それでもこれまで素通りしていた建物がなんなのかを知ることができた。だが、果たしていつまで覚えているかしら。

8時に朝食を摂り、9時に朝熊ケ岳に出発。


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