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30坪+20坪の菜園

BIG FARMの農事日誌です。

2013年を振り返る

2013-12-30 | その他

今年もいよいよ押し詰まった。年賀状はとうに投函した。大掃除はすべてすませた。あとは正月を待つだけである。

そこでこの一年、2013年を振り返る。

年を取ると、いま自分はなんの目的で生きているか。よくわからなくなるときがある。それなら明日死んでもいいんじゃないかと思うのだが、なんの強い希望があるでなし、日々が静かに過ぎていく。せめて70歳までは元気で外で活動したい。その楽しみを持ちたい。それがわたしのいまの希望であり人生設計だ。たいがいは70を過ぎるとがたんと体力が落ちる。それを見ているから、現役を卒業した60歳から70歳までが人生を楽しむラストチャンスと思ってきた。せっかくこの世に生まれてきたのだから、生を楽しんであの世に行きたい。よもや70歳からも生きていたらどうするか。いやそれはありえない。それ以上生きているとかみさんは嘆き悲しむばかりだから、最近毎日のように手を合わせている「ぴんころ地蔵」の力を借りて70歳で逝きたいと願う。それまで生きていればの話だ。今年はその折り返しであった。

さてこの1年。隠居の身だからたいしたことはなにもない。それでも感じたことをまとめておきたい。

健康 ことしは体力の衰えを実感するようになった。案外若い気でいた。じつはいまでも体力気力は十分だ。しかしどうも微妙なのだ。体のあちこちがほんの少しだが油が切れたような感じになるときがある。いやだいやだといってもどうにも年寄りくさくなってきたなと実感する。そう書くのもいやなのだが・・・。

登山 まだ歩いている。よたよたと、よろよろと。北八ツのテント縦走もできたし、南アルプスの笊ケ岳への長時間の歩きもできた。まだまだ歩けるなという自信を持ったが、持久力がなくなってきた。それでも、来年も山に行くぞという意気込みはある。それだけに体力維持に来年はいっそうのこと励まなければならない。かみさんは8月に百名山を達成。わたしよりも数百倍元気だ。うらやましい。

ことしは日本三大桜を見物してきた。桜見物に遠くまで足を延ばした。桜の名所は観光地化されているから近場で十分だと思ってきたのに、なぜ見に行こうという気になったのか。いわゆる“心境の変化”なのかわからないままに見に行った。これが意外によかったのである。それが可笑しかった。

菜園 もうはじめてから四半世紀以上になるのだがあきない。畑に立つのがいまも気持ちがいい。毎年小さな新しい発見がある。それが楽しい。

ことしははじめて梅干しをつくったわたしには手に負えないものとこれまで思ってきたのだが、やってみると簡単であった。それにうまくできた。来年もつくろうと思う。おもしろい。やはり挑戦して見ることが大事だなとわかる。

ジャムづくりは今年も楽しんだ。今年初めてつくったのは、アンズ、イチジク、スモモだ。

 今年は舌なめずりするような、これはうまいなという清酒に出合えなかった。というより、以前のようにうまい酒を求めで買い出しに行かなかったことが原因だとわかっている。

読書 あいかわらず本は読んでいる。目が弱くなり疲れる。集中力がなくなり、読書時間がめっきり減った。本は一期一会。ことしは次の4作品が心に残った。
・小さいおうち(中島京子著・文藝春秋)
・父、断章(辻原 登著・新潮社)
・安部公房とわたし(山口果林・講談社)
・火山のふもとで(松家仁之著・新潮社)

・ホームページとブログ 日記のつもりで書いている。ぼけてきたから論理に破たんがないか注意する。書くことは頭の体操になる。ブログは今年3月に訪問者数(IP数)が100万人を超えた。

ざっと振り返ってみた。わたしの2013年はこんなものである。


2013年の読 

2013年12月の読書
・紅茶スパイー英国人プラントハンター中国をゆく (サラ ローズ著・原書房)
・にせもの師たち(中島誠之助著・講談社)
・食べる(西江雅之著・青土社)
・ニッポン定番メニュー事始め(渋川祐子著・彩流社)

2013年11月の読
・安部公房とわたし(山口果林・講談社)
・一の悲劇(法月綸太郎・祥伝社)

2013年10月の読書
・恋しくて(村上春樹編訳・中央公論新社)
・ジヴェルニーの食卓(原田マハ著・集英社)

2013年9月の読書
・中村屋のボース―インド独立運動と近代日本のアジア主義(中島岳志著・白水社)
・緑衣の女(アーナルデュル・インドリダソン著・東京創元社)

2013年8月の読書
・島へ免許を取りに行く (星野博美著・集英社)
・色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年(村上春樹著・文藝春秋)
・絶海の孤島 (カベルナリア吉田著・ イカロス出版)

2013年7月の読書
・コリーニ事件(フェルディナント フォン シーラッハ著・東京創元社)
・巨鯨の海(伊東潤著・光文社)
・果つる底なき(池井戸潤著・ 講談社)
・心(夏目漱石著・岩波書店)
 

2013年6月の読書

・特捜部Q ―カルテ番号64― (ユッシ・エーズラ・オールスン 著・ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

2013年5月の読書
・山靴の画文ヤ 辻まことのこと(駒村吉重著・山川出版社)
・夢幻の山旅 (西木正明著・中央公論社)
・永遠の0(ゼロ)(百田尚樹著・太田出版)

2013年4月の読書
・火山のふもとで(松家仁之著・新潮社)
・陽子の一日(南木佳士 著・ 文藝春秋)
・戦後史の正体 (孫崎享著・創元社) 

2013年3月の読書
・無罪 INNOCENT(スコット・トゥロー著・文藝春秋)
・談志が死んだ(立川談四楼著・新潮社)
・影法師 (百田尚樹著・講談社)

 2013年2月の読書
・原発のコスト―エネルギー転換への視点(大島堅一著・岩波新書) 
・わたしがいなかった街で(柴崎友香著・新潮社)
・ウエストウイング(津村記久子著・朝日新聞出版)
・ホテルローヤル(桜木紫乃著・集英社)
・小さいおうち(中島京子著・文藝春秋)
・漂流記の魅力(吉村昭著・新潮新書)
・漂流(吉村昭著・新潮社)
・牛を屠る(佐川光晴著・解放出版社)

 2013年1月の読書
・ナメクジの言い分 (岩波科学ライブラリー)(足立則夫著・岩波書店)
・大いなる眠り (レイモンド チャンドラー著、村上春樹訳・早川書房)
・父、断章(辻原 登著・新潮社)
・東電OL事件( 読売新聞社会部著・ 中央公論新社) 
・ポトスライムの舟(津村記久子著・講談社) 
・やりたいことは二度寝だけ(津村記久子著・講談社)
・エンジェルフライト 国際霊柩送還士(佐々 涼子著・集英社) 


 2012年の読書
2012年12月の読書
・カラマーゾフの兄弟2 (ドストエフスキー著, 亀山 郁夫訳・光文社古典新訳文庫) 
・湿地(アーナルデュル・インドリダソン著・東京創元社)  
・アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極(角幡唯介著・集英社)
・探検家、36歳の憂鬱(角幡唯介著・文藝春秋)

 2012年11月の読書
・カラマーゾフの兄弟1 (ドストエフスキー著, 亀山 郁夫訳・光文社古典新訳文庫) 
・中国と 茶碗と 日本と(彭 丹著・小学館)
・佐渡の三人(長嶋有著・講談社)

 2012年10月の読書
・昭  田中角栄と生きた女(佐藤 あつ子著・講談社)
・砧をうつ女(李恢成著・集英社 戦争文学全集17 「帝国日本と朝鮮・樺太」)
・去年今年(木山捷平著・講談社)
・ノックの音が(星新一著・新潮文庫)
・横しぐれ(丸谷才一著・小学館昭和文学全集23)

 2012年9月の読書
・特捜部Q ―Pからのメッセージ― (ユッシ・エーズラ・オールスン 著・ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
・鍵のない夢を見る (辻村深月著・文藝春秋)

 2012年8月の読書
・母の遺産-新聞小説 (水村美苗著・中央公論新社)
・抗争 (溝口 敦 著・小学館新書)
・起終点駅(ターミナル)(桜木紫乃著・小学館)
・大陸の細道(木山捷平著・講談社文芸文庫)

 2012年7月の読書
・被差別のわが半生(山下力著・平凡社)
・天地明察(冲方丁著・角川書店)
・下駄にふる雨/月桂樹/赤い靴下(木山捷平著・講談社文芸文庫)
・おじいさんの綴方/河骨/立冬(木山捷平著・講談社文芸文庫)
・ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士(上)(スティーグ・ラーソン著・ 早川書房)
・ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士(下)(スティーグ・ラーソン著・ 早川書房)

2012年6月の読書
・楽園のカンヴァス(原田 マハ著・ 新潮社)
・紅梅(津村節子著・文藝春秋)
・ちくま日本文学 江戸川乱歩(江戸川乱歩著・筑摩書房)
・ミレニアム2 火と戯れる女(上)(スティーグ・ラーソン著・早川書房)
・ミレニアム2 火と戯れる女(下)(スティーグ・ラーソン著・早川書房)

 2012年5月の読書
・罪悪(フェルディナント・フォン・シーラッハ著・東京創元社)
・曠野(チェーホフ著・岩波文庫)
・PK(伊坂幸太郎著・講談社) 
・K(三木卓著・群像2012年2月号)
・戦争はなぜ起こるか(A・J・P・テイラー著・新評論)
・ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女(上)(スティーグ・ラーソン著・早川書房)
・ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女(下)(スティーグ・ラーソン著・早川書房)

 2012年4月の読書
・アイアン・ハウス (ジョン ハート著・ハヤカワ・ポケット・ミステリ) 
・城を噛ませた男 (伊東潤著・光文社)
・中国化する日本 日中「文明の衝突一千年史(與那覇潤著・文藝春秋)
・新釈諸国噺(太宰治全集7・筑摩書房)
・太宰治 滑稽小説集(太宰治著・みすず書房)
・解錠師(スティーヴ・ハミルトン著・ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 2012年3月の読書
・犯罪(フェルディナント・フォン・シーラッハ著・東京創元社)
・ラブレス(桜木紫乃著・新潮社)
・特捜部Q ―檻の中の女― (ユッシ・エーズラ・オールスン著・ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
・すべて真夜中の恋人たち(川上未映子著・講談社)
・蛍の航跡―軍医たちの黙示録(帚木蓬生著・新潮社)

 2012年2月の読書
・遺体―震災、津波の果てに(石井光太著・ 新潮社)
・彼女はもういない(西澤保彦著・幻冬舎)
・半島へ(稲葉真弓著・講談社)
・海松(稲葉真弓著・新潮社)
・二流小説家 (デイヴィッド・ゴードン著・ハヤカワ・ポケット・ミステリ) 
・下町酒場巡礼(大川渉著・ちくま文庫)
・下町酒場巡礼もう一杯(大川渉著・ちくま文庫)

 2012年1月の読書
・六白金星・可能性の文学(織田作之助著・岩波書店)
・コンニャク屋漂流記(星野博美著・文藝春秋)
・蠅の帝国―軍医たちの黙示録(帚木蓬生著・ 新潮社) 


    
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おせちに出番のヤツガシラ

2013-12-29 | サトイモ

 

いよいよかみさんはおせちの仕込みに入った。わたしは畑におせちに使う野菜を取りに行く。いま収穫できるすべての種類を持って帰る。ホウレンソウ、ハクサイ、コマツナ、ダイコン、ニンジン、カブ、九条太ネギ、下仁田ネギ。加えて家で保存しているサトイモのヤツガシラを取り出す。

ヤツガシラは収穫してから、おせちにと食べずに家で保管してきた。やっとのこと出番が回ってきた。

サトイモは今年は猛暑のために不作だった。セレベス、エビイモ、愛知早生、ヤツガシラの4種を作ったが、不作とはいいながらも2人暮らしでは十分に足りている。形は小さいのだが、数があるので食べるには十分な量だ。この年末になってもまだまだ残っている。

サトイモは、来年用の種イモは畑の土の中に深く埋め、食べる分はすべて家で保存している。寒さに弱いからと、新聞紙に包み、さらにビニールシートでくるんでいる。ここまでしておけば冷害で腐ることはない。

ヤツガシラを取り出してみる。土をつけたまま保存したのでいまだにしっとりと湿っている。まったく腐っているところはない。土の塊で真っ黒だ。たわしで土を落とすとやっとのことヤツガシラの姿になる。

サトイモは大好物である。収穫してからほかの3種は食べているのだが、ヤツガシラだけはおせちまで食べずに待った。サトイモ全般はどれも大好物だが、なかでもヤツガシラが番だ。

小さいころからおせちのヤツガシラはうまいと思っていた。いわゆる“おふくろの味”ということになるのだろうが、その味が忘れられなくて、菜園をはじめたらヤツガシラを作ろうと決めていた。豊作の時も不作の時もあるのだが、なんとか毎年おせちで食べる分は作ることができている。ことしもおせちにヤツガシラが登場する。


    
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キャベツの冬越し

2013-12-28 | キャベツ

キャベツの冬越しは簡単である。キャベツは寒さに強いから、冬の間、ただ白い寒冷紗をかぶせておけばいいだけである。これだって不要なくらいだが、やっておけば安心だ。冷害を受けることなく冬を越してくれる。

冬を越すのは春キャベツだ。春から5月にかけて収穫する。キャベツの中でもわたしはこの春キャベツが特に好きだ。なにが好きかというと味よりもその姿だ。冬キャベツは葉をしっかり巻くのだが、春キャベツは見た目にもふわっとやわらかく葉を巻くのがわかる。まるでキャベツだって春がきた喜びをあらわしているかのように、葉はやわらかく軽やかに巻く。なんとも春らしい風情だ。もちろん味だっていい。

キャベツの敵はなんてたってアオムシだ。これさえ防ぐことができれば一年中作ることができる。しかし夏キャベツだけは作らないでいる。どこからか侵入して来て、虫だらけになってとても食べらる姿ではなくなってしまう。それなら殺虫剤をと思うのだが、キャベツにだけは殺虫剤を使うのは避けている。

春キャベツはかなり育っている。いま15株ほどある。それだって春になるとすぐに食べてしまうくらいだ。キャベツはまめに作っているのだが、2人暮らしでもよく食べる。足りないくらいだ。それでタネをまくときはいつももう少し多く作ろうかなと思うのだが、なんせ狭いからどうしても制約される。

キャベツの防寒はわたしのところでは白い寒冷紗といったが、キャベツはいつでもアオムシの被害を防ぐため、防寒だけでなく、年中白い寒冷紗をかぶせている。

毎日ウオーキングに出ている。1時間15分から1時間30分ほど歩く。せっかちだから老人とはいえ速い。このところ脚全体に疲労が残る。年寄りなんだから毎日することもないのだが、習慣だから歩かないと気がすまない。途中で柏市の布施弁天様に立ち寄る。暑いときはここの井戸水で喉を潤す。この境内にいつの間に「ぴんころ地蔵」が安置された。境内の奥だから気がつかなかった。案内板が立っている。まるでわたしのために安置されたかのようだ。毎日手を合わせている。背後には筑波山がよく見える。ついでとはいえ、毎日のように手を合わせているのだから、「ぴんころ地蔵」さんはきっと願いを聞き入れてくれるはずだ。ホントに頼むからね。

「おとーさん、ピンコロで逝きたいでしょう。おまいりしましょうよ。こっち、こっち」
奥方が大きな声で連れの旦那に向かって手招きしている。
こういう場面は大好きだ。思わずその声の主のほうに笑いかけてしまった。


    
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サヤエンドウの冬越し

2013-12-27 | キヌサヤ

 

サヤエンドウの冬越え。白い寒冷紗のうえに穴開きビニールをかぶせてトンネル掛け

邪魔がはいり余計はことを書く羽目になった。話をいつもの野菜づくりに戻す。やはり楽しいことを書いていると気分がほぐれてくる。

寒中に食べる野菜は防寒して保存する。ダイコン、ハクサイ、ニンジンがそうで、すべて済ませた。いっぽうで、来年の収穫を目指して冬越しするものがある。冬越しするのは、わたしの菜園ではサヤエンドウ、ソラマメ、冬ネギ苗、タマネギ、キャベツがある。

まずはサヤエンドウである。ことしはいま背丈が10センチぐらいに育っている。ことしはいい。いい具合に育っている。冬を越すときに大きく育ち過ぎていると必ず冷害をうけて茎も葉も枯れてしまう。小さすぎてもまた冷害をうける。いい塩梅に育て冬を無事に越させるのがサヤエンドウの育て方のポイントだと思う。

12月から防寒のため白い寒冷紗をトンネル掛けしてきた。いつもはこれだけで済ませてきたのだが、今年は厳寒期を迎える前にさらにその上から穴開きビニールをかぶせた。過保護かなと思うのだが今年はこれで冬越しすることにした。

わたしが住む我孫子市では、白い寒冷紗だけで防寒できる年とできない年がある。半分ぐらいが冷害で枯れてしまう年もあれば、まったく冷害をうけないですくすくと育つ年がある。気温に左右されるから、がっかりするときもあれば、喜ぶ年もある。

いつも親しくしている農家の方から穴開きビニールを使ってはどうかといわれた。冬ネギの育苗ではこの穴開きビニールをいま使っているが、サヤエンドウでははじめてになる。心配はトンネル内の温度が高くなり過ぎないかという点だ。「穴が開いているから心配ない」といわれた。

それならそうしよう。12月中旬から穴開きビニールをかぶせている。趣味でやっているから初めて挑戦することはなんでも楽しい。たとえ失敗しても失うものはない。うまくいけば来年につながる。そこが素人百姓の楽しみだ。

サヤエンドウを作って来て、わからない点がある。サヤエンドウは年明けでもタネをまくことができる。これはわたしの経験だけでいうのだが、たしかに育ち収穫もできるのだが、晩秋にまいたのと比べて収穫期間が短いと感じることだ。だからサヤエンドウはいつも秋まきにしている。


    


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追記-我孫子市久寺家2丁目のK氏には用心したほうがいい

2013-12-26 | その他

きのうの記事は書いていて気が重かった。人とのつきあいはむずかしい。今回の事件でいっそうそう思う。月給取り時代に経験した人間関係と同じように悩まされた。いまも悩まされている。若い時と違って年をとると心の負担は重く感じる。

わたしに中傷誹謗、罵詈雑言を浴びせたKという人物(我孫子市久寺家2丁目)が、66歳にしてあれほどの屈折した妬みを持っていたのかと思うといまでも身の毛がよだつ。悪意というよりも憎しみの顔で“口撃”する姿はなんとも醜く見えた。今回の件で、妬みが大罪だというのがよくわかる。男の妬みのほうが怖いというのもよくわかった。66歳になっても妬む感情は衰えず強いんだということもよくわかった。この年になってはじめてわかった。世間の人はどう見るんだろうか。66歳にもなってなんとも見苦しいと思うのが大方ではないのか。酒の勢いがあったにせよ、66歳にもなれば自制するものだろう。

中傷誹謗をその場ですぐに謝ればいいものを、一転して「言った覚えはない、言う理由はない」としらを切るものだから、白状する機会を逸し、ますます自分の発言を認めることができなくなった。もう引っ込みがつかなくなっているから「知らぬ存ぜぬ」で押し通すしかないのだろう。

わたしに中傷誹謗罵詈雑言を浴びせたから、わたしが怒り、その場で口論になり、仲間が止めにはいった。その明明白白の事実さえ否定して「言った覚えがない」と言い張る。。そこまでしらを切れる神経がわからない。そのうえで「言っていないことをを理解してほしい」という。ウソを認めてほしいということになる。

Kという人物と同じ年恰好のわたしは、こんな経験をさせられると、新たな人間関係に臆病になる。昔からの気のおけない仲間と付き合っているのが一番無難かなと思ってしまう。地域にはそれぞれ異なった人生を歩いんできた人たちが住む。馬の合う人もいればそうでない人もいる。わたしは隠居したら嫌いな人とはつきあわない方針でいた。こんなわがままは許されるだろうと思っていた。それを実践してきた。

生きている限りこれからも人と付き合う新たな機会が出てくる。新しい人にどう向き合うか。相手に少しでも違和感を感じたらつきあいを避ける。これが無難で安全策かなと思う。オレらしくないと思うのだが、それほどにあらたな人間関係に神経質になっている。いまの気分というか、気が弱くなっている自分を打ち破るには、これまでの経験から思い切り山を歩いて体を痛めつけ発散してしまうのが一番方法だとわかっているのだ、その気さえも起こらない。死角に潜むKという人物を見抜けなかった自分がなんとも情けない。

きのうといい、きょうといい、気が滅入る記事ばかりだ。この話題はいいかげんやめよう。わたしはたいした人格は持っていないのだが、Kという人物を相手にしているとわたしまで人品卑しくなるから、このあたりで相手するはやめ、新たな気持ちで新年を迎えたい。先が短いのだから、いまを楽しまなければならないのにこんな邪魔が入ってしまった。


    


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我孫子市久寺家2丁目のK氏には用心したほうがいい

2013-12-25 | その他

突然に暴言と中傷を浴びせられた。相手は同じ年恰好の66歳の男性だ。よもや隠居の身になってもこんな目に遭うとは思ってもみなかった。ことの顛末をここに書こうか書くまいか迷った。しかしこの人はまたやりかねない。わたしのような犠牲者がまた出るだろうから恥を忍んで書くことにした。

原因はわたしに対する「やっかみ」だった。わたしのような隠居の身では、妬みを買うところなどどこを探してもないはずなのにと思うのだが、思わぬところから凶刃が飛び出してきた。じつに不愉快だった。それが相手の目的なのだろう。まったくのデマにわたしは怒った。ところが翌日に発言の責任を求めると一転して「言った覚えはない、言う理由もない」と、打って変わって言い訳して言い逃れるばかりだ。いまだに自分の発言を認めようとはしない。そんな男だ。相手に妬みを持っては暴言と中傷を繰り返し、あとは「知らぬ存ぜぬ」で言い逃れているとしか思えない。

こんな話は世の中にごまんとある。妬みから相手をおとしめようとしてじっと機会をうかがっている人がいることは承知だが、妬みは月給取りの現役時代に一度ならずとも経験したが、隠居の身になってもよもやこんな目に遭うとは・・・。それも相手がわたしとほぼ同じ年寄りだというのだからあきれてしまう。

具体的に話をしよう。
5人での懇親会の席、お開きというときに、前に座る人からわたしに向かってこんな言葉が飛んできた。

「おまえは前科者だからな」
「おまえなんかに負けないからな」

わたしを「おまえ」と呼び、「前科者」という。
わたしを「おまえなんか」と呼び、「負けないからな」という。

言葉だけとってもなんともすさまじいのだが、この言葉を発したときの形相といったらなかった。感情むき出しであった。

この人は、我孫子市久寺家2丁目に住むK氏。66歳である。

K氏とは、懇親会で年に1、2度顔を合わせるが、ほとんどというよりまったく付き合いのない人で、親しい仲ではない。道で会えばあいさつを交わす程度でしかない。それなのに、突然こんな激しい、いや激しいどころではない耳を疑うほどの言葉をわたしに浴びせかけてきたのである。相手を間違えれば半殺しの目に遭ってもおかしくない言葉だ。口にすべき言葉では絶対にない。それをしたのである。

なぜこのような暴言と中傷を吐いたのか。わたしにはまったく身に覚えがなかった。どうなっているんだと、あっけにとられて怒るの忘れるほどだ。しだいに発言の背景がわかってきた。「おまえなんか負けないからな」でようやくわかってきた。この言葉を口に出すほどの敵愾心というか嫉妬心を66歳の男がわたしに持っていたのである。わたしのホームページやブログをよく見ていることは知っていた。どこに妬みを持ったのか。

その気持ちがしだいに悪意と憎悪に変容していった。そこで、わたしを見下して、おとしめたかったのだろう。しかしそれだからといって、66歳の男がここまで過激な言葉を口にするだろうか。酒の酔いも手伝って自制できずについ本性が出てしまったのだろう。

繰り返すが、つきあいがない人である。顔を合わすことがあるが、わたしは興味も関心もない人である。しかしあるときふとわたしを意識していることに気がついた。注意した方がいいかなと、そのときから距離を置いてきた。その心配が案の定、現実のものとなってしまった。「やっぱりな」という思いであった。わたしに人を見る目があったのだが、あとの祭りだった。

その後、発言の責任を求めて、5回ほど追求してきたがあいかわらず「知らぬ存ぜぬ」に終始している。「言った覚えがない、言う理由がない」と言い逃れをするばかりだ。どう言い逃れをしようとも、それがウソだということはこの人が一番承知しているのに、それでも発言を認めようとはせずに、しらを切って言い逃れに必死だ。

66歳の男がここまでやれる。信じられないが現実だ。どんな人生を送れば暴言と中傷をやっても平気でいられるのか。わたしなら自己嫌悪でとうに心が押しつぶされている。

さてどうしようか。相手にしないことが一番だ。それはよくわかっている。ところがどうにも暴言と中傷がいつまでも心に引っかかっていて、ちくちくとする不愉快な気分が続いている。

これまでの対応を見ていると、このさき悔悛するとは思えない。「わたしがやりました」とはもういわないだろう。わたしの「やられ損」で終わってしまう。しかし相手にすることはもうやめよう。いつまでも引きづっていては相手の思うつぼだ。罰は、きっと神さまが下してくれると因果応報を信じよう。相手は「言い逃れができた」と安心するのだろうが、おのれの卑怯さは死ぬまで心に張り付いているはずだ。

わたしのような隠居の身でも「やっかみ」の対象になってしまうとは思ってもみなかった。最近の事件を見ると、「黒子(くろこ)のバスケ」を巡る連続脅迫事件は「やっかみ」が原因だというし、都知事の猪瀬氏は、ウソをつき通して言い逃れようとしたが最後に降参したその姿を見ていると、どうしてもこのK氏を思い出してしまう。「やっかみと中傷」それに「言い逃れ」に遭うのはわたしばかりはない。

K氏の失ったものは大きい。ここまで本性を見せられたら、だれもがつきあいたいとは思わないだろう。懇親会に同席したわたしを含む4人もこんご兼子亨という人を相手にしなくなる。近隣住民だってそうだ。こんなコワイ人とは顔も合わせたくないはずだ。孤立化していく。いや孤立していたから苛立って暴言と中傷をするのか。だれにも相手にされなくなるのは目に見えている。久寺家近隣センターのまちづくり協議会や久寺家のゴルフ愛好会(KG会)に顔を出しているようだから関係者は用心したほうがいい。
 
わたしは60歳からの10年間が人生を楽しむ期間だと思っている。ここまでうまいこといっていたのだが、折り返しの所でこんな目に遭ってしまった。まるで通り魔に遭ったようなようなものだ。静かな生活が乱され、心までもがいつまでも波立っている。この感覚は嫌で気になるものだ。

脇が甘かったのか。脇を締めてばかりいては人との付き合いもできない。それとも相手が悪すぎたのか。悪意はどこに潜んでいるのかわからないものである。皆さんも気をつけるに越したことはない。この暴言と中傷は忘れようと努めてもいまなお心の中に引っかかっている。 こんな思いをさせるのが加害者の狙いなのだろう。  

つづく

    


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ダイコンは土中に埋めて防寒

2013-12-22 | ダイコン

ハクサイ、ニンジンに続いてこんどはダイコンの防寒対策である。ダイコンは1月の厳寒期になると地上に出ている頭のところが腐ってくる。このため12月の下旬に防寒してやる。

ことしのダイコンはいつよりも育ちが悪かった。こんなことははじめてだった。心配したが徐々に大きくなった。それでも例年に比べると小さい。ダイコンはまだまだ多く残っている。これらを寒中も食べられるよう防寒してやる。

手っ取り早い防寒対策は、頭から土をすっぽりとかぶせればそれでいいのだが、ダイコンの場合はこの土寄せが大変だ。そこで毎年こんな防寒対策をしている。

すべて抜いて、葉を落とす。穴を掘り、縦に並べ、頭がほぼ隠れるくらいまで土をかぶせる。これだけである。1カ所に集めて埋めることで、取り出すのも簡単便利になる。

これだけの防寒で、来年2月まで食べられる。しかし春先に地中の温度が上がってくると品質は一気に落ちる。やはりニンジンと同じく寒中に食べなければならない。

ダイコンは1本たりとも残さないようにと一所懸命に食べる。それでも残して無駄にする。無駄にしないようにと1月に入ると、わたしは切り干し大根づくりに精を出す。毎週のように大根を細く刻む。包丁で左手の人さし指の爪先を切ってしまうことがたびたびだが、すっかり菜切り包丁の遣い手になっている。

切り干し大根づくりは1月がいい。日差しと風があればできる。日差しがあっても風がないとからっと干し上がらない。大笊に並べた白いダイコンが日なたぼっこをしている光景を見ると、ほっこりしてくる。

これで寒中の備蓄野菜となるハクサイ、ニンジン、ダイコンの防寒対策は万全だ。


    


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黒豆の煮物ー本番前の練習

2013-12-20 | その他

黒豆の煮物を作った。シワがまったくなくて黒くきらきら光る黒豆ができた。うまくできたわねとかみさんが言う。
「まあこんなもんだろうな」
内心得意満面なのだが、そこはじっとこらえて謙虚にこたえた。

半月前に花豆をふっくらと煮ることができた。単純なわたしはおだてに弱い。こんどは、おせちの黒豆の煮物を作ってみようかという気になった。いや、そんな気にさせられたといったほうが正確だ。

それなら、まずは本番前の練習ということで、かみさんはすぐに黒豆を買ってきた。どうも手回しがいい。黒豆はもちろんこれまで食べてはいるが、わたしが作るのははじめてだ。買ってきた豆がどう見ても小さく感じる。しかしこれを水に戻せばおせちで食べるくらいの大きさに膨れるのかと思っていた・・・。

さっそくネットで黒豆の煮方を検索。なんと土井勝さんの名前が出てきた。なんとも懐かし名前が出てきたものだ。作り方はごまんとあった。なかでも土井勝さんのレシピに基づいたものが多い。そこでこれに倣うことにした。

気になった点がある。
砂糖をどの段階で入れるかである。花豆のときは砂糖は豆が煮えてやわらかくなってから入れた。土井勝さんの黒豆のレシピは砂糖を最初から入れて煮る、とある。最初から砂糖を入れて煮ると、豆がやわらかくならないのではないかと心配になった。重曹を入れるからそんな心配は必要ないのか。わたしの好きなジャムづくりでは、素材によって砂糖をどこで入れるかがポイントになるからだ。

そんな心配をしたのだが、とにかく最初だからやってみないことにはわからない。

黒豆の煮物のポイントはシワが寄らないように煮ることだという。これはよくわかる。見た目が大事だ。花豆もそうだった。

そこで豆が表面に出て空気と触れないようにと落としブタをして、さらに上蓋をして煮た。わが家はいまIHクッキングヒーター。一番弱い「1 とろ火」にした。最初「2」にしたのだが、沸騰してしまい、あわてて「1」にした。

3時間ほどことことと煮た。ここで味見だ。えっと思うくらいやわらかくなっていた。レシピだと4時間以上かかるというから、まだかたいはずと思っていたのに、すでにやわらかくなっていた。「こりゃまずい」とすぐに火を止めた。

まったくシワのない黒豆に仕上げることができた。上々である。そこで気がついた。やはりこの豆は煮ても小さい。おせちで食べる黒豆の半分くらいだ。

「この黒豆は小さくないか」
「もちろん小さいわよ。本番前の練習だから格安のを買ってきたの」
これで納得した。小さいから早く煮えたのだろうか。

黒豆の煮物は練習にしてはうまくできた。次は本番となるのだが、ボロを出す前にこのあたりでやめておいた方がいいのではないかという予感がする。


    


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ニンジンの冬ごもり

2013-12-18 | ニンジン

ハクサイに続いてニンジノの防寒対策をした。

対策というと大げさに聞こえるが、なに、たいしたことをやるわけではない。すべて掘り出して、再び土の中に埋め戻してやるだけである。

ダイコンもそうだがニンジンも地上部に出ているところが寒さに弱い。腐ってくる。一番簡単な方法は、なにもわざわざ掘り出さないで、いまのままのところに土を盛ってやれば防寒できる。それで終わりである。

そうなのだが、わたしは冬の間、すぐに掘り出すことができるように、1カ所にまとめて埋めておくようにしている。厳冬期の畑は寒い。一刻も早く用事を済ませたいから、まとめて埋めておけば、すぐに掘り出すことができるからだ。

さあ、ニンジンをすべて掘りだそう。

こんな“合体”ニンジンが出てきた。仲よきことは美しきかな。

すべて掘り出してみて、今年の出来が悪いのがよくわかる。全体的に小さい。猛暑の影響だ。不作といっていいだろう。それを数で補う。すべて葉を切って、穴を掘り、土の中に埋め戻す。
この保存ニンジンは春先になって地中の温度が上がってくると、てきめんに質が落ちて腐る。やはり冬の間のうまいときに食べつくすに限る。


    


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新聞紙でハクサイの防寒対策

2013-12-16 | ハクサイ

12月の中旬ともなると野菜にも冬支度をさせてやらなければならない。防寒対策である。

いまわたしの菜園で育成中のものは、ハクサイ、キャベツ、ニンジン、ダイコン、冬ネギ、キャベツ、カブ、ホウレンソ、コマツナ、ブロッコリー、ソラマメ、エンドウ、タマネギ。

この中で防寒対策が必要なのは、ハクサイ、ニンジン、ダイコン、キャベツ、エンドウだ。ほかは寒中に放ったらしのままにしておく。

まずはハクサイである。2月上中旬まで食べたい。しかし厳寒期になると外葉が寒さで傷み、一枚一枚とはがれてやせ細って無残な姿になってしまう。そこで寒さから守るため、外葉を寄せて玉を包み、周囲をヒモでしばっておく。これで傷み具合は軽減されるのだが、1月下旬の厳寒期になるとこれでも傷んでしまう。

そこでさらなる手は、全体を頭からすっぽりと新聞紙かぶせてしまうことだ。これなら見た目にも、たんにヒモで外葉をしばっておくよりも、少しは効果がありそうだが、これでも傷んでくる。

いま畑では、外葉をヒモでしばったもの、全体を新聞紙ですっぽりと覆ったものーの2通りの防寒対策をした。前者は年末から年始にかけて食べ、後者は1月から2月にかけて食べることになる。ハクサイは見た目にはいまが一番いいが、味は1月の厳寒期のほうが一番かなと思う。

わたしの楽しみは毎晩のおかずに欠かせないお香香にある。この楽しみもせいぜい1月いっぱいだ。最初に漬けたものがまもなくなくなる。2回目に漬けるのは年末になる。ハクサイの頭を手で押さえながら、かたくしまったものが次の出番となる。

ハクサイの楽しみは冬だけではない。春は菜の花がある。遅くタネをまいたハクサイがある。葉を巻かないでいる。これは菜の花を採るためだ。ハクサイの菜の花はうまい。スーパーに出ることはまずないだろうから、自家菜園ならではの楽しみになる。
 


    


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虫食いのないブロッコリーの収穫

2013-12-13 | ブロッコリー

ブロッコリーの収穫第1号である。頂花蕾の直径が16センチぐらい。収穫するにはちょうどいいサイズで、手で覆うくらいの大きさと覚えておけばいい。8月にタネをまくといまごろの収穫となる。

できがいい。ことしは病虫害の被害がまったくないから見た目にもすばらしい。ブロッコリーは、シンクイムシとアオムシの被害を防ぐことができれば、ほったらかしでもうまくできる。7月まきだとアオムシに悩まされるが、8月まきだとその心配がないことが今年わかった。こりゃ楽だと思った。1カ月ほど収穫を我慢すればすむのだから、来年からはブロッコリーは8月まきだなと。

ことしは16株ある。頂花蕾が16個取れることになる。大きさはまちまちだ。一気に揃って大きくなるよりは家庭菜園ではこのほうが好都合である。

ブロッコリーを見ていると、この寒さの中でも確実に大きくなっていることがよく分かる。ついこのあいだは直径が10センチばかりだったのに、もうこの大きさにまで生育した。うーん、ちゃんと育っているんだなと感心してしまう。

頂花蕾を取ると、こんどは側枝花蕾が出てくる。家庭菜園ではもちろんこのような両方取れる品種が長く楽しめる。春先まで収穫できるからありがたい。家庭菜園をやっていると、春先には収穫物がなくなる。端境期になる。そんな時期にブロッコリーの側枝花蕾が取れる。これが重宝する。毎年そう実感することしきりである。

わたしは小さい側枝花蕾のほうが好きなようだ。味に違いがあるのかと問われれば、まったく根拠はないのだが、こじんまりとした姿から味にも締まりがあるように感じられる、としか言いようがない。

菜園は12月から2月までの3カ月は農閑期に入る。周囲の菜園にも人影はない。畑に行くのは収穫するだけである。それでもちょこちょことした作業はある。風がなく日差しがあれば、だれ一人いない畑にたたずむのは気持ちがいいものだ。


    


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甘くなったニンジンでジャムづくり

2013-12-10 | ニンジン

 

  

わたしの好きなジャムづくり。今回はニンジンジャムだ。

このジャムの魅力はなんといっても一にその色だ。鮮やかないオレンジ色、いやちがうな、赤橙色といったほうがいいのかもしれない。とにかく目立つ。部屋にこのジャムを置くだけで温かみを感じさせる。わたしが作るジャムのなかでは飛びぬけていい色をしている。

すばらしいのは色ばかりではない。味だっていい。ニンジンジャムなんてとわたしだって首をかしげながらはじめは食べたものだ。それがいまでは定期的につくるようになった。というのもわたしの口に合うからだ。においがまったく気にならない。

さらに冬のニンジンは甘い。砂糖を入れる前に味見をしてみる。その甘さといったらない。これがニンジンかと思えるくらい冬ニンジンは甘くなる。砂糖なんか入れないでこのまま煮詰めればいいのではないかと思えるほどの甘さだ。

夏まきニンジンは冬を越させる。12月中下旬にすべて掘り出し、寒さを防ぐためすっぽり土のなかに埋め戻す。来年2月まで食べることができる。

ニンジンは毎回150本ほどつくる。今年の夏まきもそうだ。ことしは猛暑で出来はよくない。5寸ニンジンだがサイズが揃わない。掘ると大小それぞれが顔を出す。

まだまだ残っている。どうしても最後は無駄にしてしまいがちだ。それならうまいいまのうちに食べるに越したことはない。

わたしのニンジンジャムのこれまでの作り方はこちら。今回は少し違う。これまでは茹でたニンジンを濾し器で裏ごしをしていたが、今回はミキサーを使った。今年ミキサーを買った。濾し器で裏ごししたものはわずかだがザラザラ感がある。ミキサーを使ったら、まるで違った。こちらは見た目にも、舐めてもなめらかだ。時間の短縮もできた。一気に作った。

皮をむき、茹でてミキサーにかけたものを鍋に移す。このとき味見をした。甘い。冬ニンジンをジュースにするとその甘さがわかるはずだ。色もうっとりと見とれてしまうほどすばらしい。 

ここにレモンと砂糖を入れて煮詰める。それだけだ。今回はレモンがなかったので、代わりにスダチを入れた。ニンジン自体が甘いから砂糖はできるだけ少なくしたいのだが、保存を考えるとそうもいかない。50%近くの砂糖を入れた。

あと煮詰めるだけ。ここでもいつ火を止めるか。このところ煮詰めすぎてしまいがちだったので、今回は少し緩めかなと思う段階で火を止めた。これがよかった。

皮をむいたときの重さが800グラム。鍋に移したときの分量を見て250ccの瓶2本と、ひと回り小さい瓶2本を用意した。ぴったり収まった。神業か、偶然か。

とにかく色がいい。色を食べたくなる。なんか変な表現になってしまった。 


    


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暇人だからできる花豆の甘煮

2013-12-07 | その他

花豆を煮た。4日もかかってしまった。暇人だからこそできる一品である。

「花豆を買ってきたから」とわたしに声がかかった。わたしの出番である。どうして花豆となるとやらなければならないのかというと、わたしがはじめて花豆を煮たときうまくできたからだ。レシピに忠実に作ったのだが、これが大当たり。まさにビギナーズラックだ。それが始まりで、花豆の煮物といえばわたしの出番というか当番になる。といっても何度も作ってきたわけではなく、せいぜいこれまで3回ぐらいの経験しかない。

花豆の甘煮はできあがるまでに時間がかかる。じっくり腰を据えてかからなければならない。あわてると見た目にもきれいに煮えない。それだから忙しい人はできないというわけではないが、できればヒマなひとがやるのが望ましい。うまくできる確率は高いと思う。

それに、うまい具合にわたしは両刀遣い。甘いものにも目がないし、花豆の甘煮は好きだ。ここは腕の見せ所と、がぜんやる気が出てくる。

といっても花豆の甘煮はしばらくつくっていない。3年ぶりになる。そこでネットでレシピを調べ、わたしの経験と腕をもとに、これなら私でもできると思えるレシピを2,3取り出す。いいとこ取りをして組み合わせ、わたしなりの作り方を構成する。といったところですべてが“盗作”であり、すべてがまねごとだ。

さあ開始。
豆の重さを量っておく。今回は500グラム。

1、豆はたっぷりの水につけて戻す。今年収穫した新豆だという。それなら一晩水に浸しておけばふっくらすると思っていたのだが、なかなかしわが伸びない。だれかの顔のしわと同じだな。ビシッ、バシッ。憎まれ口をたたかないで、ここは仕事に集中だ。結局は2日も水に浸しておいた。

2、3日目。たっぷりの水に入れて火にかける。落としブタをしてさらに蓋をする。中火だとぐらぐらと沸騰してしまう。皮が破けてしまうから、弱火の強にしてことこと煮る。

3、2度ほど茹でこぼした。茹でた汁を新しい水に替えるときは、茹で汁を一気に捨てないで、鍋にちょろちょろと水を入れてゆっくりと冷ましてから水を替えていく。一気に水を替えるとしわが寄るというのだが、これまでその失敗はない。ここは慎重にやるに越したことはない。ゆっくり茹でて、茹でこぼしもゆっくりと水を替えていく。なんともまどろっこしい。人の何十倍もせっかちなわたしだが、ここで失敗しては元も子もない。このあたりの作業がポイントかもしれない。
ほとんどのレシピを見ると、3、4度ほど茹でこぼすとあったので、そのつもりでいたのだが、2度目の茹でこぼしのときに豆の具合を見た。えっ!と思うほどやわらかくなっていた。豆がやわらかくなるのはまだ先だと思っていただけに、ここでストップ。

4、別の鍋に豆と同じ重さの砂糖500グラム、5カップの水に入れて火にかける。透明になるまで煮る。

5、ここに水を切った豆を入れ、味をなじませ、しみ込ませるため一晩寝かす。ここまで作業開始してから3日。

6、4日目。火にかけて、醤油を大さじ2杯入れる。甘いだけの味が変化して、味が締まり、甘みを引き立たせる。不思議だ。

日にちはかかったが、実際の作業時間はごくみじかい。これで終了。冷めるまで待つ。

味見してもらう。
「上品な味に仕上がったわね」
「そうだね。何日も手間ヒマがいるのは、作り手の人品が味に出るというからね」
なんていってしまった。

つややかに輝く花豆の甘煮ができた。


    


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おせちに間に合うブロッコリー

2013-12-05 | ブロッコリー

なんとかブロッコリーが今月中ごろから収穫できそうだ。ことしは16株を育てている。
いつもの年だと、7月中旬まきで11月上旬から収穫が始まるのだが、ことしは1カ月遅れの8月にタネをまいた。当然ながらいつもの年に比べて収穫が遅れている。

それでも12月になれば収穫できるだろうと踏んでいた。ところが寒くなって生育が鈍く、この調子だと12月中の収穫は無理かなとあきらめていた。久しく見ないでいたら、意外や意外、頂花蕾が大きくなっていた。一番生育のいいのは直径10㌢を超えた。これならいま食べようと思えば食べられる。しかし、この程度の大きさで収穫してしまうのはもったいない。いましばらく大きくなるのを待つことにした。おせちにブロッコリーを使うから、それまでにはかなり大きく育っているはずだ。これでひと安心である。

ブロッコリーは10月から11月にかけてアオムシに悩まされる。7月にタネをまいてから防虫のためずっとネットをトンネル掛けにしておく。生育してネットの天辺まで育つとネットを取り除かざるを得ない。ちょうどそのころに、むきだしになったブロッコリーの葉にモンシロチョウがやってきて卵をうみ、アオムシが大発生する。毎日のようにアオムシ退治だ。毎年こんな具合になる。

ことしは1カ月タネまきを遅くした。アオムシ被害のある10月から11月は株はまだ小さくネットの中だから、モンシロチョウは侵入できずにアオムシも発生しなかった。おかげでアオムシ退治に追われることはなかった。楽だった。収穫を少し遅らせればいいのだ。こんな小さな発見が面白い。来年からもこうしよう。


    


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毎朝食べるからリンゴはありがたい

2013-12-03 | その他

きのうの「うに」に続いてきょうは「リンゴ」のいただきもの。これは毎年この時期に届く。

贈り物を選ぶのはむずかしい。相手が喜ぶものをと考えれば考えるほど頭をかかえてしまう。そんなことは考えずにギフト売り場でさっさと選ぶのは簡単だがなんとも儀礼的で味気ない。

いただく方からすれば、贈り物は毎年同じものがいい。たまに、えっ今年は違うものだ、なんてサプライズもいいが、決まったものならダブって買うこともない。案外と同じ物のほうがありがいと思われるのではないか。いや、そう思うのはわたしだけかな。

わが家でリンゴは朝食に欠かせない。一年中食べている。うまいものにもあたるが、まずいものにもぶつかる。いただきものにはそれがないから安心して食べることができる。それだけに到来物はありがたい。

リンゴの産地といえば、青森県と長野県が2大産地ということになるのだろうか。わたしは山歩きをしているから、青森といえばたわわに実る岩木山ふもとのリンゴ園、長野といえば北アルプスからの帰り道に立ち寄る街道沿いのリンゴ売り場を思い出す。

毎年届くこのリンゴはサンふじ。長野県産だ。一昨年だったか、「シナノスイート」「シナノゴールド」の存在を知った。「ほんとに知らなかったの」といわれてしまった。ほんとに知らなかった。新しい品種が次々に出てくる。わたしの好みは酸味があるものだ。甘いだけだと飽きてくる。酸味がかすかに感じられるものが好きだ。これは果実全般にいえる。

届いたリンゴは立派だ。大きいLサイズ。2人暮らしだから毎朝1個のリンゴの半分がわたしの分け前になる。届いたこのリンゴは半分だけでもわたしには多すぎる。わが家ならMサイズで十分だ。相手にそう伝えたいのだが、こちらの好みを伝えられないのがいただきものだ。言えそうで言えない。

このリンゴはわたしも気に入った。この暮れはわが家でもお遣いものにさせてもらった。

〒399-3802長野県上伊那郡中川村片桐7060-3
吉本農園
電話0265-88-2516 

長野県の中川村と聞いても、どこにあるのかわからなかった。駒ケ根市と飯田市の間に位置する。となりは松川町だった。松川町には行ったことがある。あのあたりか。きっと中央アルプスと南アルプスを眺めることができるところだ。


     


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