第3日
三俣山荘から鷲羽岳・水晶岳・三俣蓮華岳を経て黒部五郎小舎へ
三俣蓮華岳から、歩いてきた鷲羽岳、ワリモ岳、水晶岳、そして黒部源流を眺める。感動ものだった。
←2日目から続く
8月16日 三俣山荘4:05-5:05鷲羽岳-6:05ワリモ北分岐6:15-6:50水晶岳分岐-7:30水晶岳7:45-9:10ワリモ北分岐-9:20岩苔乗越-黒部源流コース-11:20三俣山荘11:50-12:40三俣蓮華岳13:00-14:40黒部五郎小舎
3日目はこの山行のメーンイベントとなる水晶岳だ。予定では一番の長丁場になる。ザックは三俣山荘に置き、サブザックに最小限の装備を詰めて歩く。今夜の泊まりは黒部五郎小舎とした。そのため遅くも正午までには三俣山荘に戻ってきたい。
4時5分に三俣山荘を出て、まずは鷲羽岳を目指す。雨具の上下を着て、もちろん真っ暗だから夜が明けるまではヘッドランプの灯りをたよりに歩く。すぐに道は上りになった。岩と小石の道だ。ルートは明瞭だが暗闇だから道をはずさないように気をつける。はずしてしまうと暗闇だから修正がむずかしくなる。集中力を切らしてはいけないことを体が知っている。それでも道をはずすことがある。登ることに集中する。荷物が軽いだけに快調だ。しばらくして見上げると灯りが見える。先行者がいる。
4時45分ぐらいだろうか。だいぶ明るくなった。ヘッドランプは不要になった。臆病者の私は明るくなると安心する。頂上直下、朝焼けの中に槍ケ岳が見えた。真下には鷲羽池。日が出るまでにはまだ時間がある。
鷲羽岳の頂上はすぐそこだった。小屋から1時間ほどで着いた。荷物が軽いのはありがたい。これから晴れるのか、それともガスに包まれてしまうのか。先行者に写真を撮ってもらった。うーん、やはりガスが出てきた。槍ケ岳は見えなくなった。その間、5,6分だった。その時に居合わせて幸いだった。下を見ると次々と6,7人が登ってくる。この人たちは4時20分に小屋を出発したという。彼らが山頂に着いたときは残念ながら槍は姿を消していた。
ご来光はガスの中で鈍く小さく光り輝いていた。展望がないので長居は無用だ。朝食の弁当をここで食べようと思っていたのだが、後にしてワリモ岳を目指そう。
ワリモ岳頂上分岐のすぐ手前にロープがあった。左が切れ落ちている個所だ。
ワリモ岳はパス。
次の道標はワリモ北分岐。ここは岩苔乗越への分岐になる。雲の平や高天原方面に向かう人はここに荷物を置いて、水晶岳をピストンしてくる人が多い。私はサブザックだからそのまま水晶岳へ向かう。
徐々に水晶岳への登りになる。斜面にはジャコウソウが多く見られた。
水晶小屋。ここから水晶岳への道となる。
水晶岳の上部は岩場だというから気を引き締めていこう。しばらくは平たんな道が続く。いよいよ頂上への登りになった。まずはハシゴが出てきた。左が切れ落ちた岩場の道が続く。私は高所恐怖症だから、岩場になると慎重になる。岩場をするすると登って行く人を見るとうらやましくなる。一方で、そんな人は進化していない人なんだなと思うことにしている。人類は地上に降りて生活するようになってからは高いところが怖くなったはずだ。だから高所恐怖症の人はきちんと進化している人類なんだーなんていってはいるが、ホントは私だって怖いもの知らずにするすると岩場を行きたいよ。
傾斜がきつくなると岩が重なる向こうの頂上らしきものが見えてきた。頂上標柱か。たぶんそうだろう。そうだった。
岩を乗り越えて頂上だ。予定よりも早い時間に着いた。水晶岳への道は思っていたほどむずかしくはなかった。わたしでも、こんなものかなと思ったほどだから99%の人は問題なく行ける。一番期待していたのが水晶岳からの展望だった。水晶岳は北アルプスの中でも展望は抜群と聞いていただけに、このガスだ。なんともにくたらしい。せっかく水晶岳から見える山々の展望図を用意していたのに用なしとなった。写真を撮ってもらうにもほかに人はいない。下山を始めたとき運よく人がやってきた。標柱まで戻って撮ってもらった。
このガスで、相当がっかりしていたのだが、この写真を見ると満足げであるように見える。一昨年の失敗があったからこれでほっとしたのか、それとも苦笑いなのか。
さあ下山だ。ひと気がなかったが、また登山者が続くようになった。
ワリモ北分岐に戻る。さきほどよりデポしてあるザックが多くなっていた。
ワリモ北分岐からはすぐに岩苔乗越になる。ここは高天原に行く人、祖父岳を経由して雲ノ平に行く人、黒部源流を経て三俣山荘に行く人、水晶方面に行く人がまじわる。
私には思い出がある。この山域をはじめて歩いたのはもう何十年前になるのだが、しっかりと覚えているのは祖父岳を登ったことだ。若い時分だったらから「祖父」という名前の山に登るのも一興かなと思ってのことだった。それがいつの間に私が現実の「ジジイ」になっていた。祖父岳再訪も考えていたのだが、シャレにならないとやめた。
ここから黒部源流沿いに下りて、三俣山荘に戻る。
この黒部源流沿いの道はお花畑がすばらしい。さきほどまでガスの中だったが、しだいに明るくなってきた。天気が回復してきたようだ。
三俣蓮華岳もガスを払って姿を見せた。
黒部川水源地標。私の記憶では水辺のすぐわきにあったと覚えているのだが・・・。記憶は頼りないものだ。
ここから三俣山荘までは登りになる。雲ノ平へ登っていく人が多く見える。
登るにつれて水晶岳が見えてきた。鷲羽岳から水晶岳までの縦走がずっとガスの中だっただけに、いま歩いてきた山々が姿をあらわしてくれたから、うれしいといったらない。行程をなぞりながら、それにしてもよくここまで歩いてきたもんだ。
三俣山荘に戻った。予定より40分早く着いた。これで予定通り黒部五郎小舎に向けて出発できる。ザックを回収した。また荷が重くなった。
黒部五郎小舎への道は、三俣山荘からの巻道があるのだが、三俣蓮華岳を経由していくことにした。この選択は大当たりであった。なにが大当たりかはすぐにわかる。
三俣蓮華岳の山頂に着いてほんのしばらくたつと、急にガスがはれてきた。あれよあれよという間にガスがはらわれ周囲の山並みがこれでもかと次々と見えてきた。すっきりと晴れわたったのは初日ぐらいなものだから不満がくすぶり、それをふっ飛ばしてくれるほどのいい天気になった。いやあ感動した。興奮した。 それにしても頂上に着いたら晴れるというこの運のよさ。これにも感心してしまう。
今日歩いてきた山々がはっきりと見える。水晶岳は周囲の山々に比べて黒い。黒岳といわれるゆえんだ。赤牛岳も見える。こうして眺めていると、水晶岳が中尊で、鷲羽岳が左脇侍、赤牛岳が右脇侍のように見える。
赤牛岳がしだいに姿を見せてきた。いいぞ。いいぞ。
鷲羽岳とワリモ岳の間に裏銀座の山々が見える。
目を東へ転じると、表銀座の山々が一直線に並んでいる。
おっ、薬師岳も姿を現した。
その薬師をアップで撮る。さすがに圧倒的な安定感と重量感だ。
明日に登る黒部五郎岳は頂上部がガスだ。全容を見たいのだが、ガスははれなかった。
すっかりこの景色に見とれてしまった。山をやっているからこその贅沢な時間だ。しかし時間オーバーだ。それでも立ち去り難い。少しずつ黒部五郎分岐の標識のほうへ移動する。思いを断ち切るように黒部五郎への道へ踏み出す。
変化する景色。
しだいに高度を下げていくと、祖父岳がせり上がってくる。
雲ノ平も指呼の間だ。
黒部五郎岳の全容が見られるかな…。
黒部五郎小舎へは石が積み重なった道を下っていく。歩きにくいったらない。長丁場の今日のゴールはもうすぐなのだが、さすがに足が痛くなった。眼下に黒部五郎小舎が見えてからも足が重くて、なかなかつかない。
やっとゴールの小屋だ。今日のコースは長い。予定通りに歩けるのかと心配していた。しかし予定よりもだいぶ早く着いた。胸をなでおろした。やるもんだ。日を追うごとに距離が延びるのだが、それでも故障なく歩き通している。
すぐに乾燥室に行って着替える。テントだと湿った衣類を翌朝も着なければならない。今日も夕立があった。入山してから毎日、夕立がある。3日連続だ。幸いにも私は雨にあわない。乾燥室は今日も衣類でいっぱいになった。
山小屋利用は3日目になった。すっかり慣れた。昨年の聖岳から光岳でも山小屋を利用した。快適だった。山小屋の快適さと便利さを知ってしまうと、テント縦走はできなくなってしまいそうだ。テント縦走には未練がある。重大な自分の問題だ。便利さを知ってしまうと、年をとっただけに、この味が忘れられなくなって、なんかやばい気がする。
これまで山小屋を避けてきた理由の一つに他人の「いびき」がある。いびきにめっぽう弱い。気になって眠れぬ夜を過ごしたことが過去に何度もあった。それならテントのほうがよほどましだと。小屋利用専門のかみさんに言わせると最近はいびきで困ることがなくなったという。いびきをかく人が少なくなったという。
私は小屋泊まりの時は必ず耳栓を持っていく。耳栓をしても爆音とも思えるいびきには効果がない。幸いにも、初日の笠ケ岳山荘、2日目の三俣山荘ではいびきの被害に遭うことはなかった。しかし3日の黒部五郎小舎ではとうとうひどい目に遭った。いびきは寝入ったときにかく人が多いのだが、止むことが多い。しかしこの夜は、一晩中爆音に悩まされた。部屋には20人ほどいたが、ひとりのいびきにみんなが迷惑した。
酒が入り赤ら顔、それに太っているこの人が同じ部屋だと知ったとき、「いびき」の不安が走った。いびきは、疲れているときに酒を飲むといっそうかきやすくなる。これは私の経験だ。案の定、寝てすぐに爆音が聞こえてきた。このままだと眠られぬ夜を過ごしそうだ。明日も長い距離を歩かなければならない。なんでこの人だけが高いびきで気持ちよさそうに寝ているのか。
いびきは暴力である。一方的にやられてはたまったものではない。解決の手段を見つけなければならない。枕元に行って体を揺らして起こして、「いびきがうるさい」というべきであろうか。いや、若い時にやっていたことをやろうと「決心」した。
私は相手のふとんに向かって枕を投げつけた。顔面を直撃しようがしまいが、投げつけたのである。それでも手加減した。すぐにいびきがやんだ。効果てきめんである。相手だって自分がいびきがひどいと日ごろいわれて百も承知だから事態を飲みこめるはずだ。さあ、いまのうちに眠ろう。睡眠不足がいちばんこたえる。しかしそう思えばますます目がさえてくる・・・。私自身がいびきがひどいとわかったら、どうするか。山をやめるわけにはいかないから、まずは病院で治療をうける。さらに当分はテントだろうな。どうしても小屋というなら、飲酒をやめ、一般の部屋ではなく管理人に理由を言って食堂などで寝るーということぐらいしか思いつかない。
→4日目は黒部五郎小屋から黒部五郎岳、北ノ俣岳を経て薬師岳へ
第1日:新穂高温泉から笠新道を経て笠ケ岳へ