仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

人生の達人5

2011年11月30日 16時13分01秒 | Weblog
「調査対象になっているんで、質問に答えてくれないかな。」

「いつから、ここにいるのかな。」

「出身はどこ。」

「年齢は。」

「名前は」

「前の職業くらい教えてくれてもいいだろ。」

「別に逮捕するわけじゃないんだから。警察じゃないし。」

「おい、なんか言えよ。それとも、しゃべれないのか、おまえ。」

「木戸さん、そいつはだめだよ。ほか回りましょう。今日はノルマ、四十人だから、急がないと。」

「けっ、しょうがねえなあ。」

それから、三日後、カリさんがいなくなった。

カリさんはあれから、酒が手に入ると誘いに来た。
中央公園で飲んで、必ず、した。

それでもよかった。

強制排除が行われたのは、それから、一週間くらいしてからだった。
港区の施設に入れられた。
カリさんはそこにはいなかった。

四畳半を半分に仕切ったような部屋で簡易ベッドと布団があった。
窓もあったが半分に仕切れていたから閉切りだった。

その日、収容された二十人くらいは最初に銭湯につれていかれた。
区役所の職員の監視の下で風呂に入った。
普段は閑散とした銭湯が、その日は、路上生活者の集団で臭かった。
埃の臭いとアスファルトの臭いと体臭とすっぱいような臭いと。
番台に座っていた店主は鼻をつまんでにボイラー室に逃げ込んだ。

風呂に入ることなど考えてもいなかった。
面倒くさかった。
中には単純に喜ぶ人間もいた。
子供のように興奮し、女湯をのぞくものもいた。
「何だ。だれもいねえよ。」

銭湯の前には臨時休業の看板がおいてあった。
衛生処理班、通常は、管理者の要請によって、独り暮らしの老人の死去にともい、遺品処理と殺菌、消毒をする係りの人たちが入浴後の消毒のために待機していた。

「消毒したって、臭いが取れなかったらどうするんだよ。」
「大丈夫です。こちらの薬品は、市販されているものとは違いますから、臭いは残りません。」
「でも、客がみてたら・・・・。補償はしてくれるのかよ。」
「その件については、後で、区役所のほうで・・・。」

身体を洗わずボーっとしていると職員に注意された。
単純に喜んだ人間が回りの人の背中を流し始めた。
勝手に身体に触られた。
「きれいだねえ。女の肌みたいだ。」
周りの人がその声に反応してジロジロ見た。
振り向いて殴ろうと思ったが、やめた。

それでもよかった。

担当職員が、何度も、何度も、同じ質問をした。
答えるのが面倒くさかった。
あきらめた。
「次。」
解放されたので、様子を見て、逃げ出した。
簡単だった。