
三重から和歌山に引っ越したのが54年の4月で和歌山側の80系は381系になり紀伊半島を一周する列車は「はやたま」の客車1両でした。 和歌山機関区の留置線に廃車回送待ちのキハ81が留置されてました。 三重側で「南紀」を見てましたがこちらは民営化後もしばらく残りました。 キハ80系らしい列車を見たのは「まつかぜ」で60-3改正の前でした。

「青春18きっぷ」で北海道に行ったとき、食堂車のついた最後の列車を見ました。 よくみたら食堂車がキハ82の後ろについてます。 できるだけ食堂車を列車の真ん中にして利用しやすくする配慮で、このキハ82の前に3両増結されます。