2023年1月14日(土)
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#423 来生たかお「遊歩道」(キティ 28CS 0020)
シンガーソングライター、来生たかおのスタジオ・アルバム。82年リリース。多賀英典によるプロデュース。
来生は50年生まれ。76年にレコード・デビュー。自身はヒットを出せずにいたが、77年のしばたはつみに提供した「マイ・ラグジュアリー・ナイト」がヒットし、作曲家として注目されるようになる。
81年、「Goodbye Day」のヒットでシンガーとしてもようやくブレイク、同年「夢の途中」(「セーラー服と機関銃」のオリジナル)が大ヒットとなる。
この「遊歩道」は実にデビュー7年目、8枚目のオリジナル・アルバムなのである。
昨日きょうデビューのポッと出アーティストには出せない高い完成度を持った、一級品のポップスが詰まったアルバムだ。チャート的にはオリコン12位と、大ヒットした7枚目「夢の途中」の2位には劣るが、大善戦している。
全曲、作詞は実姉の来生えつこ、作曲は来生本人である。
オープニングの「High Noon」は8分近くにおよぶ大曲。でもその長さを感じさせない、ミディアム・テンポのバラード。編曲は矢倉銀、坂本龍一。
ピアノ、シンセを含む全てのキーボードを坂本が担当、ホーン、ストリングスも入った大編成で奏でられるナンバー。
真夏の風景をファンタジーとして捉えた、来生姉の感性が光っている。
前曲にすぐ繋がるように始まる「蜜月」は、たゆたう海のようにゆったりとしたビートのナンバー。編曲は坂本。
どことなくエロティックで意味深長な歌詞。三十過ぎの大人にしか歌えませんな、これは。
恋というものは、その予兆の時期こそが一番美しく、楽しみにも満ちているのだが、まさにそのことを歌った佳曲。
一転して、ポップな雰囲気の一曲は「渚のほのめき」。編曲は坂本。ファンキーなビートが効いた、ポップ・ナンバー。
来生、そして好敵手の山下達郎、南佳孝あたりもお得意とする、リゾートものである。
プールサイド、あるいは浜辺で繰り広げられる恋の攻防戦が、ここでも熱い火花を散らしているのだ。
本盤の中では一番華やかな世界。あゝ、こういうトロピカルな恋を一度は味わってみたいと、男なら誰でも思うことだろう。
登場するヒロインは、貴方のお好きな女優に変換してみてください。
A面ラストは「Midnight Step」。ピアノ・サウンドをベースとした編曲は坂本。恋のさやあてを描いた、ちょっとほろ苦いナンバー。
現実の恋は、そうそう甘ったるいものではなく、常にすれ違いや誤解、心変わりに彩られている。
ダンスのパートナーも、変えないといけない時がいずれ来る。そんなビターな現実を粋な歌詞にのせて、来生はさらっとうたう。
綺麗事ばかりの歌でないところが、多くのリスナーの共感を呼ぶゆえんだと思う。
B面オープニングの「疑惑」は、タイトルが示すようにネガティブな感情を歌ったマイナー・ラブ・ソング。曲調が「夢の途中」によく似ているなと思ったら、同じく星勝の編曲でした。
当然といいますか、この曲もヒットを狙ってシングル・カットされている。
恋人の心を信じきれず、それでもすがることしか出来ない心情が歌い込まれている。来生のナンバーとしては、わりと後ろ向きな内容なのが、好みの分かれるところだろう。
「坂道の天使」は人の善性の素晴らしさを歌う、前曲とはだいぶん雰囲気の異なるバラード。編曲は坂本。
ちょっと世を拗ねた、ニセ刑事コロンボみたいな男が主人公。彼が、まっすぐな心の持ち主であるヒロインと出会って変わっていく。まるで一編のドラマのようである。
あるいは、漫画家の北条司氏が短編マンガにしていても、おかしくない内容だ。というのは、氏は来生のファンで、「キャッツ❤️アイ」の来生姉妹は彼の名字からとっているぐらいだからね。
「蟠(わだかま)り」は、典型的な失恋ソング。女優のように魅力的な女を演じてきた恋人の本性を知り、落胆する男。なんとも切ない恋の幕切れを描いたバラード・ナンバー。編曲は星。
筆者も聴いているうちに、当時自分がしていた実らぬ恋のことをまざまざと思いだして、息苦しくなってしまった。過去のアルバムを聴くと、こういう効果までもたらされてしまうのは、いいことなのか、悪いことなのか(笑)。
誰にでもある青春の苦しみ、それを来生は代わりに歌ってくれているのだ(当時彼はすでに結婚していて、子供もいたけれど)。
「テレフォン・ララバイ」はピアノ・ロックな一曲。来生の敬愛するギルバート・オサリヴォン、ハリー・ニルスンも彷彿とさせるナンバーだ。編曲は矢倉。
間奏の、松田真人のエレピが実にいい雰囲気をだしている。
まだ、ケータイなどなかった時代に書かれた歌詞だから、テレフォンとはもちろん、固定電話のこと。
恋人たちは、会えない夜は自宅の固定電話でコミュニケーションを取ったものだった。「デンワのコード たぐり寄せたいほど」なんて歌詞には、グッときてしまう。
今の恋人たちには、こんな感覚、あるのだろうか?
B面ラストの「スローナイト」は極めつきの来生スタイルなバラード。編曲は星。
ストリングス、ホーン、そしてハープ。
ラグジュアリーの限りを尽くしたバッキングで、始まったばかりの恋を歌う。
焦らずにゆっくりと愛し合う、ひと組の男女。
その、スローモーション映像が目に浮かぶ。
シングルにしてもいい良曲。でも、あえてシングルにせず、アルバムの最後のお楽しみにしたのだろう。
来生姉弟のそれぞれのセンスが融合した、極上の逸品がここにある。
四十年の時を経て、もう一度味わってみよう。
<独断評価>★★★★☆
シンガーソングライター、来生たかおのスタジオ・アルバム。82年リリース。多賀英典によるプロデュース。
来生は50年生まれ。76年にレコード・デビュー。自身はヒットを出せずにいたが、77年のしばたはつみに提供した「マイ・ラグジュアリー・ナイト」がヒットし、作曲家として注目されるようになる。
81年、「Goodbye Day」のヒットでシンガーとしてもようやくブレイク、同年「夢の途中」(「セーラー服と機関銃」のオリジナル)が大ヒットとなる。
この「遊歩道」は実にデビュー7年目、8枚目のオリジナル・アルバムなのである。
昨日きょうデビューのポッと出アーティストには出せない高い完成度を持った、一級品のポップスが詰まったアルバムだ。チャート的にはオリコン12位と、大ヒットした7枚目「夢の途中」の2位には劣るが、大善戦している。
全曲、作詞は実姉の来生えつこ、作曲は来生本人である。
オープニングの「High Noon」は8分近くにおよぶ大曲。でもその長さを感じさせない、ミディアム・テンポのバラード。編曲は矢倉銀、坂本龍一。
ピアノ、シンセを含む全てのキーボードを坂本が担当、ホーン、ストリングスも入った大編成で奏でられるナンバー。
真夏の風景をファンタジーとして捉えた、来生姉の感性が光っている。
前曲にすぐ繋がるように始まる「蜜月」は、たゆたう海のようにゆったりとしたビートのナンバー。編曲は坂本。
どことなくエロティックで意味深長な歌詞。三十過ぎの大人にしか歌えませんな、これは。
恋というものは、その予兆の時期こそが一番美しく、楽しみにも満ちているのだが、まさにそのことを歌った佳曲。
一転して、ポップな雰囲気の一曲は「渚のほのめき」。編曲は坂本。ファンキーなビートが効いた、ポップ・ナンバー。
来生、そして好敵手の山下達郎、南佳孝あたりもお得意とする、リゾートものである。
プールサイド、あるいは浜辺で繰り広げられる恋の攻防戦が、ここでも熱い火花を散らしているのだ。
本盤の中では一番華やかな世界。あゝ、こういうトロピカルな恋を一度は味わってみたいと、男なら誰でも思うことだろう。
登場するヒロインは、貴方のお好きな女優に変換してみてください。
A面ラストは「Midnight Step」。ピアノ・サウンドをベースとした編曲は坂本。恋のさやあてを描いた、ちょっとほろ苦いナンバー。
現実の恋は、そうそう甘ったるいものではなく、常にすれ違いや誤解、心変わりに彩られている。
ダンスのパートナーも、変えないといけない時がいずれ来る。そんなビターな現実を粋な歌詞にのせて、来生はさらっとうたう。
綺麗事ばかりの歌でないところが、多くのリスナーの共感を呼ぶゆえんだと思う。
B面オープニングの「疑惑」は、タイトルが示すようにネガティブな感情を歌ったマイナー・ラブ・ソング。曲調が「夢の途中」によく似ているなと思ったら、同じく星勝の編曲でした。
当然といいますか、この曲もヒットを狙ってシングル・カットされている。
恋人の心を信じきれず、それでもすがることしか出来ない心情が歌い込まれている。来生のナンバーとしては、わりと後ろ向きな内容なのが、好みの分かれるところだろう。
「坂道の天使」は人の善性の素晴らしさを歌う、前曲とはだいぶん雰囲気の異なるバラード。編曲は坂本。
ちょっと世を拗ねた、ニセ刑事コロンボみたいな男が主人公。彼が、まっすぐな心の持ち主であるヒロインと出会って変わっていく。まるで一編のドラマのようである。
あるいは、漫画家の北条司氏が短編マンガにしていても、おかしくない内容だ。というのは、氏は来生のファンで、「キャッツ❤️アイ」の来生姉妹は彼の名字からとっているぐらいだからね。
「蟠(わだかま)り」は、典型的な失恋ソング。女優のように魅力的な女を演じてきた恋人の本性を知り、落胆する男。なんとも切ない恋の幕切れを描いたバラード・ナンバー。編曲は星。
筆者も聴いているうちに、当時自分がしていた実らぬ恋のことをまざまざと思いだして、息苦しくなってしまった。過去のアルバムを聴くと、こういう効果までもたらされてしまうのは、いいことなのか、悪いことなのか(笑)。
誰にでもある青春の苦しみ、それを来生は代わりに歌ってくれているのだ(当時彼はすでに結婚していて、子供もいたけれど)。
「テレフォン・ララバイ」はピアノ・ロックな一曲。来生の敬愛するギルバート・オサリヴォン、ハリー・ニルスンも彷彿とさせるナンバーだ。編曲は矢倉。
間奏の、松田真人のエレピが実にいい雰囲気をだしている。
まだ、ケータイなどなかった時代に書かれた歌詞だから、テレフォンとはもちろん、固定電話のこと。
恋人たちは、会えない夜は自宅の固定電話でコミュニケーションを取ったものだった。「デンワのコード たぐり寄せたいほど」なんて歌詞には、グッときてしまう。
今の恋人たちには、こんな感覚、あるのだろうか?
B面ラストの「スローナイト」は極めつきの来生スタイルなバラード。編曲は星。
ストリングス、ホーン、そしてハープ。
ラグジュアリーの限りを尽くしたバッキングで、始まったばかりの恋を歌う。
焦らずにゆっくりと愛し合う、ひと組の男女。
その、スローモーション映像が目に浮かぶ。
シングルにしてもいい良曲。でも、あえてシングルにせず、アルバムの最後のお楽しみにしたのだろう。
来生姉弟のそれぞれのセンスが融合した、極上の逸品がここにある。
四十年の時を経て、もう一度味わってみよう。
<独断評価>★★★★☆