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音盤日誌「一日一枚」#431 泉谷しげる with LOSER「叫ぶひと囁く」(ビクター音楽産業/Invitation VICL-119)

2023-01-22 05:06:00 | Weblog
2023年1月22日(日)



#431 泉谷しげる with LOSER「叫ぶひと囁く」(ビクター音楽産業/Invitation VICL-119)

シンガーソングライター泉谷しげるのスタジオ・アルバム。91年リリース。泉谷本人によるプロデュース。

泉谷は比較的レコード会社の移籍が多いアーティストだが、デビューして17年目の87年に5番目に所属したビクターInvitationレーベルでの、3枚目のアルバム。

1枚目の「吼えるバラッド」でのバック・ミュージシャンをレギュラー・バンド化して「LOSER」と名づけ、彼らとの共同作業により生まれたのが本盤だ。作詞・作曲は泉谷、楽曲のアレンジはすべてLOSERによる。

その5人のメンバーが、あまりにも強力な面々なのだ。ギターは元ルースターズの下山淳と元アナーキーの藤沼伸一、ベースは元エキゾティクスの吉田建、ドラムスは元バンブー、カミーノほかの村上ポンタ秀一。

およそ考えられる限りで日本最強のロック・ミュージシャンどもを集めれば、スゲー演奏になるのは当然ってもんだろう。

オープニングの「叫ぶひと、ささやく」はシングル・カットもされたアルバムタイトル・チューン。U2ばりのスケールの大きいロック・ナンバーだ。

叫ぶとささやく、この対極的なふたつの行為を同時に行なっているのが、本アルバムの制作者、泉谷しげるでもある。

つまり、アウトローとしての激しい絶叫と、生活者としての優しいささやき、ロック的なものとフォーク的なもの、この二極を往復しているのが泉谷という表現者なのだ。

「叫ぶひと、ささやく」はそのふたつ、ロックとフォークの統合的なナンバーだと言えるな。泉谷の荒々しいシャウト、うねるようなギターが、耳に残る。

「深い殺人」はロック色の濃いナンバー。ファンキーなリズムに乗り、狂った世間に対して毒に満ちた言葉を吐く泉谷。アナキストとしての面目躍如な一曲。

後半のツェッペリンみたいな展開には、思わずニヤリ。そんなLOSERの洒落っ気は、随所で発見できる。

「青い火」はダイヤー・ストレーツ風のリズム、サウンドのナンバー。歌詞にも出てくるように、これは泉谷版「Paint It Black」だ。この世の偽善に対して「ノー」を突きつける泉谷。

「失われた週末」は、ネオ・ロカビリーな一曲。歌詞中に、泉谷と共に仕事をして人々が実名として出てくる(たとえば泉谷の実弟でマネージャーを務める勇氏とか)ような、日常ネタで笑わせてくれる。間奏部分ではベースの吉田への強烈なツッコミもある。

ワーカホリックでメンタル的にも追い詰められたミュージシャンの、本音が思わずこぼれ出たナンバーだ。

「裸のコワイヤツ」も、ロックな一曲。下山、藤沼の激しいギター・プレイがフィーチャーされた、狂気のハード・ロック。

ストリート・スライダーズか、はたまたエアロスミスかという激しさ。

ピッチのズレとかお構いなしに叫びまくる「泉谷節」が全開である。やっぱそうこなくちゃ、泉谷は。

以上の5曲はもっぱらロック・サウンドだったが、後半の4曲は泉谷のフォーク的な面を強調した作りになっている。

「ムノウ」はシングルB面ともなった、ツービート・ナンバー。アップテンポで泉谷の弾くアコギに、スライド・ギターが絡む。「黒いカバン」以来続く、トラブル・ソングの系譜にある一曲。

毒のある歌詞はいつも通りという感じだが、歌のバックで泉谷がずっと聞き取り不能なセリフをわめき散らしているのが印象的だ。こういうデタラメなことをしても、「まぁ、あの人だからしょうがないか」と納得されてしまうアーティストも、日本中でただひとり、泉谷しげるだけだろう(笑)。

逆に「毒と笑い」、これを失ってしまったら泉谷ではなくなるな。

「嵐のあとで」は作曲が吉田との共作のナンバー。ゲストの梅崎俊春のシンセサイザー・サウンドをバックに、抒情的なバラードを歌う泉谷。

嵐が去り、恋人を失った男の寂寥感。この「静けさ」も、また彼なのだ。

「夜の才気にふれて」はアコギのカッティングにシンセが加わったシンプルなサウンド。

恋愛の深淵、狂気を、とても平易な言葉で表現する泉谷は、やはり詩人だ。

あたりまえの風景が、彼の紡ぎ出す言葉によって、見え方がまるで変わってくる。

ラストの「愛を黙して」はLOSERを再び従えてのフォーク・バラード。

この曲も、男と女の心のすれ違いを歌う。

言葉にすればするほど、誤解が広がるジレンマ。沈黙しか、道は残されていないのか?

そんな繊細なラブ・ソングもまた、泉谷の一面である。

そして、アルバムは静かな閉幕を迎える。

日本で一番ロックなフォーク・シンガー、泉谷しげるの咆哮が轟きわたり、静かなささやきが響く一枚。

そのアクの強さゆえに聴き手を選ぶ内容とはいえ、聴かず嫌いはもったいない。

日本最高水準のロック・バンド、LOSERの面々を惹きつけるだけの魅力が、泉谷というシンガーにはあるからだ。

<独断評価>★★★☆

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