2023年3月12日(日)
#480 MEL TORME AND THE MARTY PAICH DEK-TETTE「IN CONCERT TOKYO」(Concord CCD-4382)
米国のジャズ・シンガー、メル・トーメのライブ・アルバム。89年リリース。カール・ジェファースンによるプロデュース。東京・五反田簡易保険ホールにて88年12月録音。
トーメのバックをつとめるのは、マーティ・ペイチ指揮のデクテット(十重奏楽団)。ペイチはもちろん、トトのキーボーディスト、デイヴィッド・ペイチの父にあたるジャズ・ピアニスト、作編曲家である。
ステージはデクテットの「スイングしなけりゃ意味ないね」という有名なエリントン・ナンバーの演奏から始まる。
ゲイリー・フォスター(as)をはじめとする、実力派プレイヤーらの続々と展開されるソロで、オーディエンスの期待はいやがうえにも高まる。そして、ついにトーメの登場だ。
当時トーメは63歳。そのベルベットを思わせる歌声にもいよいよ円熟味が加わってきた年代でのライブだ。
「スウィート・ジョージア・ブラウン」はベン・バーニー、メイシオ・ピンカードほかによる25年の作品。
超スピーディなテンポで、スウィングしまくるナンバー。冒頭、ハリー・ウォーレン作「ルルズ・バック・イン・ダウン」の一節を巧みに滑り込ませて始まる。そしてそのまま本編の「スウィート・ジョージア・ブラウン」へ。
トーメの歌に続き、ジャック・シェルダン(tp)らプレイヤーのソロ、そして後半からずっと展開されるのが、トーメの達者なスキャット。
これがまぁ、圧倒的のひとことだ。
トーメは終生、自分がポピュラー・シンガーではなくジャズ・シンガーであることにこだわっていたが、そういう一徹さが、彼のスキャットに込められているように感じられる。
「ジャスト・イン・タイム」は恋の喜びを謳歌する、ゆったりとしたテンポのスウィング・ナンバー。ジュール・スタイン、ベティ・コムデンほかによる56年作のスタンダード。
ここでのトーメの歌いぶりは、小粋という形容が最もふさわしい。
「ホェン・ザ・サン・カムズ・アウト」はハロルド・アーレン、テッド・ケーラー、41年の作品。
静かで美しいバラード・ナンバー。これをトーメは伸びやかに歌いあげて、満場をしんみりとさせる。
「キャリオカ」は33年の映画「ダウン・トゥ・リオ」の主題歌。ヴィンセント・ユーマンス、ガス・カーンほかによる作品。
一転して、ブラジルの香りが横溢する、ダンサブルなナンバー。陽気なサンバのリズムに乗り、ほのかにセンチメンタルな気分をパーフェクトに歌って喝采を浴びるトーメ。
「モア・ザン・ユー・ノウ」は同じくユーマンス、ビリー・ローズほかによる29年の作品。
片想いをテーマにしたラブ・バラード。切ない想いを込めて、高らかに歌い上げるトーメに、自然と拍手が会場じゅうから湧き起こる。
「トゥー・クロース・トゥ・コムフォート」はジェリー・ボック、ジョージ・デイヴィッド・ワイズほかによる56年のミュージカル「ミスター・ワンダフル」中のナンバー。
トーメの卓越したボーカル・テクニックが、このユーモラスでスウィンギーな曲調を最大限に生かしている。
「ザ・シティ」はヒット曲「クライ・ミー・ア・リヴァー」の作曲で知られるアーサー・ハミルトンとジョー・ハーネルの作品。ピアノをフィーチャーしたバラード。
原曲に描かれた「街」とはニューヨークのことだろうか。あるいはハミルトンの故郷シアトル、それとも育ったハリウッドだろうか。
トーメは、東京の人たちのために、この歌を捧げる。その優しい歌声は、水を打ったように静かな聴衆の、すべての心を揺さぶったに違いない。
「ボサノヴァ・ポプリ」はボサノヴァの著名曲のメドレーだ。
トップの「ザ・ギフト」は元々「リカード・ボサノヴァ」のタイトルでジャルマ・フェヘイラとルイス・アントニオよって作られた曲。
ジャズ・シンガーにも人気が高く、かつてはライブハウスでよく歌われていたものだ。英語詞はボール・フランシス・ウェブスターによるもの。
続く「ワン・ノート・サンバ」はアントニオ・カルロス・ジョビンとニュートン・メンドーサの作品。英語詞はジョン・ヘンドリクスによるもの。
最後の悲しげなメロディを持つナンバーは「ハウ・インセンティブ」はジョビンとヴィニシウス・デ・モラエスの作品。英語詞はノーマン・ギンベルによるもの。
後半はフリー・スタイルでのスキャット。自由自在に3曲をミックスして楽しげに歌うトーメ。まさにジャズの醍醐味だ。
「君住む街角」はフレデリック・ロウとアラン・ジェイ・ラーナーの作品。56年のミュージカル「マイ・フェア・レディ」の挿入歌として知られる。
この明るい曲をアップ・テンポのスウィング・スタイルで歌うトーメ、プレイヤーのソロ、そして後半は「灯が見えた」のフレーズを引用するなどのスキャット。もう、圧巻である。
「コットン・テイル」は再びエリントン・ナンバーのインスト演奏。ここでトーメは、お得意のドラミングを披露するのである。
後半はケン・ペプロウスキーのクラリネットとコラボしたドラム・ソロ。ドラマーとしても、一流の腕前を持つことを見せつけてくれる。
「ザ・クリスマス・ソング」はトーメとロバート(ボブ)・ウェルズの45年の作品。クリスマス・ソングの定番のひとつ。
トーメはナット・キング・コールをはじめとする多数のシンガーにカバーされたこの曲により、作曲家としてもしっかりと名を残したのである。
自作のバラードを、語るように歌い始めるトーメ。
その美しいメロディを愛おしむようにたどり、最後はこの上ないロング・トーンで曲を締めくくる。
なんという、至福の時間。
歌い終わりトーメがステージを去った後は、再び「スイングしなけりゃ意味ないね」の演奏で、コンサートは終了する。拍手はいつまでも鳴り止まない。
トーメはこのアルバム発表の10年後、73歳でこの世を去っている。
晩年まですぐれたレコードを数多く残して、堂々たる音楽人生を送った達人、メル・トーメ。
彼のような一生を送れたら、悔いはないだろうね。
凡才の筆者も、この一枚を聴いて深い感動に浸ったのでありました。
<独断評価>★★★★
米国のジャズ・シンガー、メル・トーメのライブ・アルバム。89年リリース。カール・ジェファースンによるプロデュース。東京・五反田簡易保険ホールにて88年12月録音。
トーメのバックをつとめるのは、マーティ・ペイチ指揮のデクテット(十重奏楽団)。ペイチはもちろん、トトのキーボーディスト、デイヴィッド・ペイチの父にあたるジャズ・ピアニスト、作編曲家である。
ステージはデクテットの「スイングしなけりゃ意味ないね」という有名なエリントン・ナンバーの演奏から始まる。
ゲイリー・フォスター(as)をはじめとする、実力派プレイヤーらの続々と展開されるソロで、オーディエンスの期待はいやがうえにも高まる。そして、ついにトーメの登場だ。
当時トーメは63歳。そのベルベットを思わせる歌声にもいよいよ円熟味が加わってきた年代でのライブだ。
「スウィート・ジョージア・ブラウン」はベン・バーニー、メイシオ・ピンカードほかによる25年の作品。
超スピーディなテンポで、スウィングしまくるナンバー。冒頭、ハリー・ウォーレン作「ルルズ・バック・イン・ダウン」の一節を巧みに滑り込ませて始まる。そしてそのまま本編の「スウィート・ジョージア・ブラウン」へ。
トーメの歌に続き、ジャック・シェルダン(tp)らプレイヤーのソロ、そして後半からずっと展開されるのが、トーメの達者なスキャット。
これがまぁ、圧倒的のひとことだ。
トーメは終生、自分がポピュラー・シンガーではなくジャズ・シンガーであることにこだわっていたが、そういう一徹さが、彼のスキャットに込められているように感じられる。
「ジャスト・イン・タイム」は恋の喜びを謳歌する、ゆったりとしたテンポのスウィング・ナンバー。ジュール・スタイン、ベティ・コムデンほかによる56年作のスタンダード。
ここでのトーメの歌いぶりは、小粋という形容が最もふさわしい。
「ホェン・ザ・サン・カムズ・アウト」はハロルド・アーレン、テッド・ケーラー、41年の作品。
静かで美しいバラード・ナンバー。これをトーメは伸びやかに歌いあげて、満場をしんみりとさせる。
「キャリオカ」は33年の映画「ダウン・トゥ・リオ」の主題歌。ヴィンセント・ユーマンス、ガス・カーンほかによる作品。
一転して、ブラジルの香りが横溢する、ダンサブルなナンバー。陽気なサンバのリズムに乗り、ほのかにセンチメンタルな気分をパーフェクトに歌って喝采を浴びるトーメ。
「モア・ザン・ユー・ノウ」は同じくユーマンス、ビリー・ローズほかによる29年の作品。
片想いをテーマにしたラブ・バラード。切ない想いを込めて、高らかに歌い上げるトーメに、自然と拍手が会場じゅうから湧き起こる。
「トゥー・クロース・トゥ・コムフォート」はジェリー・ボック、ジョージ・デイヴィッド・ワイズほかによる56年のミュージカル「ミスター・ワンダフル」中のナンバー。
トーメの卓越したボーカル・テクニックが、このユーモラスでスウィンギーな曲調を最大限に生かしている。
「ザ・シティ」はヒット曲「クライ・ミー・ア・リヴァー」の作曲で知られるアーサー・ハミルトンとジョー・ハーネルの作品。ピアノをフィーチャーしたバラード。
原曲に描かれた「街」とはニューヨークのことだろうか。あるいはハミルトンの故郷シアトル、それとも育ったハリウッドだろうか。
トーメは、東京の人たちのために、この歌を捧げる。その優しい歌声は、水を打ったように静かな聴衆の、すべての心を揺さぶったに違いない。
「ボサノヴァ・ポプリ」はボサノヴァの著名曲のメドレーだ。
トップの「ザ・ギフト」は元々「リカード・ボサノヴァ」のタイトルでジャルマ・フェヘイラとルイス・アントニオよって作られた曲。
ジャズ・シンガーにも人気が高く、かつてはライブハウスでよく歌われていたものだ。英語詞はボール・フランシス・ウェブスターによるもの。
続く「ワン・ノート・サンバ」はアントニオ・カルロス・ジョビンとニュートン・メンドーサの作品。英語詞はジョン・ヘンドリクスによるもの。
最後の悲しげなメロディを持つナンバーは「ハウ・インセンティブ」はジョビンとヴィニシウス・デ・モラエスの作品。英語詞はノーマン・ギンベルによるもの。
後半はフリー・スタイルでのスキャット。自由自在に3曲をミックスして楽しげに歌うトーメ。まさにジャズの醍醐味だ。
「君住む街角」はフレデリック・ロウとアラン・ジェイ・ラーナーの作品。56年のミュージカル「マイ・フェア・レディ」の挿入歌として知られる。
この明るい曲をアップ・テンポのスウィング・スタイルで歌うトーメ、プレイヤーのソロ、そして後半は「灯が見えた」のフレーズを引用するなどのスキャット。もう、圧巻である。
「コットン・テイル」は再びエリントン・ナンバーのインスト演奏。ここでトーメは、お得意のドラミングを披露するのである。
後半はケン・ペプロウスキーのクラリネットとコラボしたドラム・ソロ。ドラマーとしても、一流の腕前を持つことを見せつけてくれる。
「ザ・クリスマス・ソング」はトーメとロバート(ボブ)・ウェルズの45年の作品。クリスマス・ソングの定番のひとつ。
トーメはナット・キング・コールをはじめとする多数のシンガーにカバーされたこの曲により、作曲家としてもしっかりと名を残したのである。
自作のバラードを、語るように歌い始めるトーメ。
その美しいメロディを愛おしむようにたどり、最後はこの上ないロング・トーンで曲を締めくくる。
なんという、至福の時間。
歌い終わりトーメがステージを去った後は、再び「スイングしなけりゃ意味ないね」の演奏で、コンサートは終了する。拍手はいつまでも鳴り止まない。
トーメはこのアルバム発表の10年後、73歳でこの世を去っている。
晩年まですぐれたレコードを数多く残して、堂々たる音楽人生を送った達人、メル・トーメ。
彼のような一生を送れたら、悔いはないだろうね。
凡才の筆者も、この一枚を聴いて深い感動に浸ったのでありました。
<独断評価>★★★★