2023年3月25日(土)
#493 OTIS RUSH「RIGHT PLACE, WRONG TIME」(P-VINE PCD93234)
米国のブルース・ミュージシャン、オーティス・ラッシュのスタジオ・アルバム。76年リリース。ニック・グレイヴナイツ、ラッシュ自身によるプロデュース。
オーティス・ラッシュは69年に「MOURNING IN THE MORNING」という、初の本格的(過去音源の寄せ集めでないという意味の)スタジオ・アルバムをアトランティック傘下のコティリオン・レーベルからリリースして新しい境地を見せた。
R&Bの聖地マッスルショールズで、現地のミュージシャン、例えばデュアン・オールマン、ジミー・ジョンソン、ジェリー・ジェモット、ロジャー・ホーキンス、バリー・ベケットといったメンバーとともにレコーディングしたのだ。
先日取り上げた、ウィルソン・ピケットのアルバム「ヘイ・ジュード」の制作陣とも、ほぼ共通のメンツである。
その時のプロデューサーが、エレクトリック・フラッグなどのバンドで作曲の腕を発揮した白人シンガー/ギタリスト、ニック・グレイヴナイツだった。
ラッシュは71年に再びグレイヴナイツをプロデューサーに迎えて、アルバム制作に入る。
収録場所はサンフランシスコ。現地のスタジオ・ミュージシャンたちをバックにレコーディングされた。
そして2月に本盤の収録が完了したのだが、そのリリースが行われることはなかった。
もともと大手レーベル、キャピトルに本盤を出してもらう算段で制作したにもかかわらず、完成音源に対してキャピトル側から「ノー」を突きつけられてしまったのだ。
その理由は、わからないでもない。メジャーを標榜するキャピトル社からしたら、「こんなんじゃ、全米規模で売れるわけがないから、うちから出す意味がない。ローカル・レーベルからでも出しとけ」ってことなのだろう。
前作のイマイチなセールスから判断しても、それは無理からぬことと言えた。
結果、この音源はお蔵入りとなり、5年後の76年にようやくインディーズのブルフロッグ・レコードからリリースされて、日の目を見たのだった。
オープニングの「Tore Up」はラルフ・バスとアイク・ターナーの作品。バスはエッタ・ジェイムズ、サム・クック、ジェイムズ・ブラウンなどのプロデューサー、A&Rマンだ。
アップ・テンポのシャッフル・ナンバー。フレディ・キングの「I’m Tore Down」と好一対を成す曲想だ。
この曲は、なんといってもラッシュのキレッキレのギター・ソロがスゴい。聴き手の側もテンションが上がりまくる一曲だ。
アルバムタイトル・チューンの「Right Place, Wrong Time」はラッシュの作品。スロー・ブルース・ナンバー。
この曲は個人的に極めてポイントが高い。ラッシュのスロー・ ブルースとしては、「Gambler’s Blues」と並んで白眉と言えるのではなかろうか。
ピアノ、そしてホーンのアレンジが、ほんに秀逸。12小節ブルースのターンアラウンド部分を、ありがちなパターンではなく、より緊張感のあるオリジナル・パターンに変えている。
そして、全編で泣きまくるラッシュのソリッドなギターが最高に素晴らしい。百点満点をあげたい。
エンディングに至るまで、一分の隙もない構成だ。
「Easy Go」はラッシュの作品。ウォーキング・テンポのインストゥルメンタル・ナンバー。
スクウィーズ・スタイルで自由奔放に弾きまくり、お得意のフレーズを連発するラッシュ。ファンにはたまらない一曲といえるだろう。
「Three Times a Fool」はラッシュの作品。57年リリースのシングル「She’s A Good’un」のB面だった。
つまり旧作の、14年ぶりの再録となる一曲。
オリジナル・バージョンではテンションの高いギター・プレイを前面に押し出していたが、こちらは少し肩の力を抜いた感じがある。ボーカルもまた、然り。
ピアノやホーン・アレンジも、わりとあっさりとしている。ブルースというよりはポップ・チューンになっているのだ。
この曲については、コブラ時代の緊迫感あるバージョンの方が好みだな、うん。
「Rainy Night in Georgia」は白人シンガー、トニー・ジョー・ホワイトの作品。67年に書かれ、70年にソウルシンガー、ブルック・ベントンの歌でヒットしている。
非ブルース系の流行曲のカバーは、ラッシュとしては極めて珍しい。本アルバムをメジャーで売るための配慮だったのだろうな。
ここではラッシュがギターは控えめにして、ひたすら歌に入魂しているのがよく分かる。
オリジナル・バージョン同様、しみじみとした情感を伝えるその歌声は、シンガーとしても一流であることの証明だろう。
「Natural Ball」はアルバート・キングの作品。アップ・テンポのナンバー。
チェス時代に一枚のアルバムにキングとともに収められたことがあるくらいなので、ラッシュにとってキングは大先輩とはいえ、常に意識していた存在だったに違いない。
スタックスで大活躍し、またフィルモアで白人客をも集めるキングの様子を横目で見て、「俺もああなりたい」と憧れていたはずだ。
目標とする先輩の代表曲を速いテンポで歌いこなし、ギターもバリバリと弾くラッシュ。まことにカッコいい。
「I Wonder Why」はメル・ロンドンの作品。
ロンドンは50〜60年代のシカゴ・ブルースにおける重要なソングライター/プロデューサーのひとりで、ハウリン・ウルフ、マディ・ウォーターズ、エルモア・ジェイムズ、ジュニア・ウェルズらに楽曲を提供している。
この曲はフレディ・キングが69年のアルバム「My Feeling for the Blues」でやっているので、それを相当意識しての選曲と思われる。
ただし、ラッシュ版では歌詞抜きのインスト。全編、彼のギターがフィーチャーされる。メロディアスで、歌心に溢れたソロの連続である。
その音色の艶っぽさは、さすがナンバーワン・ブルースギタリストである。ギタリストならコピーしたくなること間違いなしの名演。
「Your Turn to Cry」はジル・ケイプル、ディアドリック・マローンの作品。マローンはドン・ロビーの通名で知られるレコード会社オーナー、プロデューサー。デューク・レコードでのジュニア・パーカー、ボビー・ブランドらのプロデュースが有名だ。
自らの代表曲「I Can’t Quit You Baby」によく似た構成を持つ、スロー・ブルース。
女に泣かされ続けてきた男が、別れぎわに最後に放つひとこと。歌詞がブルースの一典型のようなナンバーだ。
歌もギターも哀感に満ちていて、いかにもラッシュらしい演奏。
「Lonely Man」はリトル・ミルトンことミルトン・キャンベル、ボブ・ライオンズの作品。
ミルトンもまた、ラッシュとお互いに刺激し合う存在のシンガー/ギタリスト。ミルトン側もラッシュの「I Can’t Quit You Baby」を主要なレパートリーにしていたりする。
この曲はアップ・テンポのツー・ビート・ナンバー。スピーディに歌い、弾くラッシュに男っぽさを感じずにいられない。
ラストの「Take a Look Behind」は再び、ラッシュの作品。スロー・ブルース・ナンバー。
物憂げなギター・ソロがフィーチャーされたこの曲も、出来は悪くはないんだが、前出の「Right Place, Wrong Time」あたりと比べてしまうと、どうしても聴き劣りしてしまう。
地味に聴こえるのは、アレンジの差が大きいかな。ホーンをもう少し前に出したほうが、聴きごたえがあったかも。
ロック全盛の時代に、こういう地味で古風なサウンドではインパクト不足で勝ち目はないな。
いかに黒人ブルース・ミュージシャンが再注目され始めた時代とはいえ、白人へのアピールのための演出がうまく出来なかったラッシュは、せっかくの傑作を認められず、しばらく低迷を続けることになる。
ラッシュの人気がようやく上向きになるのは、70年代前半で一度ジャンキーになりかけたエリック・クラプトンがなんとかカムバック、彼が神のようにリスペクトするオーティス・ラッシュの曲を、アルバムやライブで頻繁に取り上げるようになってからである。
天才ブルースマンにも、不遇の時代はあった。このアルバムが、まさにその時期の作品だ。
5年遅れとはいえ、この充実した内容のレコードが埋もれずに済んだことを素直に喜びたい。
何曲かはラッシュの代表的パフォーマンスというべき名演奏も含まれており、ブルースファンの記憶にいつまでも残る一枚だと思う。
<独断評価>★★★★
米国のブルース・ミュージシャン、オーティス・ラッシュのスタジオ・アルバム。76年リリース。ニック・グレイヴナイツ、ラッシュ自身によるプロデュース。
オーティス・ラッシュは69年に「MOURNING IN THE MORNING」という、初の本格的(過去音源の寄せ集めでないという意味の)スタジオ・アルバムをアトランティック傘下のコティリオン・レーベルからリリースして新しい境地を見せた。
R&Bの聖地マッスルショールズで、現地のミュージシャン、例えばデュアン・オールマン、ジミー・ジョンソン、ジェリー・ジェモット、ロジャー・ホーキンス、バリー・ベケットといったメンバーとともにレコーディングしたのだ。
先日取り上げた、ウィルソン・ピケットのアルバム「ヘイ・ジュード」の制作陣とも、ほぼ共通のメンツである。
その時のプロデューサーが、エレクトリック・フラッグなどのバンドで作曲の腕を発揮した白人シンガー/ギタリスト、ニック・グレイヴナイツだった。
ラッシュは71年に再びグレイヴナイツをプロデューサーに迎えて、アルバム制作に入る。
収録場所はサンフランシスコ。現地のスタジオ・ミュージシャンたちをバックにレコーディングされた。
そして2月に本盤の収録が完了したのだが、そのリリースが行われることはなかった。
もともと大手レーベル、キャピトルに本盤を出してもらう算段で制作したにもかかわらず、完成音源に対してキャピトル側から「ノー」を突きつけられてしまったのだ。
その理由は、わからないでもない。メジャーを標榜するキャピトル社からしたら、「こんなんじゃ、全米規模で売れるわけがないから、うちから出す意味がない。ローカル・レーベルからでも出しとけ」ってことなのだろう。
前作のイマイチなセールスから判断しても、それは無理からぬことと言えた。
結果、この音源はお蔵入りとなり、5年後の76年にようやくインディーズのブルフロッグ・レコードからリリースされて、日の目を見たのだった。
オープニングの「Tore Up」はラルフ・バスとアイク・ターナーの作品。バスはエッタ・ジェイムズ、サム・クック、ジェイムズ・ブラウンなどのプロデューサー、A&Rマンだ。
アップ・テンポのシャッフル・ナンバー。フレディ・キングの「I’m Tore Down」と好一対を成す曲想だ。
この曲は、なんといってもラッシュのキレッキレのギター・ソロがスゴい。聴き手の側もテンションが上がりまくる一曲だ。
アルバムタイトル・チューンの「Right Place, Wrong Time」はラッシュの作品。スロー・ブルース・ナンバー。
この曲は個人的に極めてポイントが高い。ラッシュのスロー・ ブルースとしては、「Gambler’s Blues」と並んで白眉と言えるのではなかろうか。
ピアノ、そしてホーンのアレンジが、ほんに秀逸。12小節ブルースのターンアラウンド部分を、ありがちなパターンではなく、より緊張感のあるオリジナル・パターンに変えている。
そして、全編で泣きまくるラッシュのソリッドなギターが最高に素晴らしい。百点満点をあげたい。
エンディングに至るまで、一分の隙もない構成だ。
「Easy Go」はラッシュの作品。ウォーキング・テンポのインストゥルメンタル・ナンバー。
スクウィーズ・スタイルで自由奔放に弾きまくり、お得意のフレーズを連発するラッシュ。ファンにはたまらない一曲といえるだろう。
「Three Times a Fool」はラッシュの作品。57年リリースのシングル「She’s A Good’un」のB面だった。
つまり旧作の、14年ぶりの再録となる一曲。
オリジナル・バージョンではテンションの高いギター・プレイを前面に押し出していたが、こちらは少し肩の力を抜いた感じがある。ボーカルもまた、然り。
ピアノやホーン・アレンジも、わりとあっさりとしている。ブルースというよりはポップ・チューンになっているのだ。
この曲については、コブラ時代の緊迫感あるバージョンの方が好みだな、うん。
「Rainy Night in Georgia」は白人シンガー、トニー・ジョー・ホワイトの作品。67年に書かれ、70年にソウルシンガー、ブルック・ベントンの歌でヒットしている。
非ブルース系の流行曲のカバーは、ラッシュとしては極めて珍しい。本アルバムをメジャーで売るための配慮だったのだろうな。
ここではラッシュがギターは控えめにして、ひたすら歌に入魂しているのがよく分かる。
オリジナル・バージョン同様、しみじみとした情感を伝えるその歌声は、シンガーとしても一流であることの証明だろう。
「Natural Ball」はアルバート・キングの作品。アップ・テンポのナンバー。
チェス時代に一枚のアルバムにキングとともに収められたことがあるくらいなので、ラッシュにとってキングは大先輩とはいえ、常に意識していた存在だったに違いない。
スタックスで大活躍し、またフィルモアで白人客をも集めるキングの様子を横目で見て、「俺もああなりたい」と憧れていたはずだ。
目標とする先輩の代表曲を速いテンポで歌いこなし、ギターもバリバリと弾くラッシュ。まことにカッコいい。
「I Wonder Why」はメル・ロンドンの作品。
ロンドンは50〜60年代のシカゴ・ブルースにおける重要なソングライター/プロデューサーのひとりで、ハウリン・ウルフ、マディ・ウォーターズ、エルモア・ジェイムズ、ジュニア・ウェルズらに楽曲を提供している。
この曲はフレディ・キングが69年のアルバム「My Feeling for the Blues」でやっているので、それを相当意識しての選曲と思われる。
ただし、ラッシュ版では歌詞抜きのインスト。全編、彼のギターがフィーチャーされる。メロディアスで、歌心に溢れたソロの連続である。
その音色の艶っぽさは、さすがナンバーワン・ブルースギタリストである。ギタリストならコピーしたくなること間違いなしの名演。
「Your Turn to Cry」はジル・ケイプル、ディアドリック・マローンの作品。マローンはドン・ロビーの通名で知られるレコード会社オーナー、プロデューサー。デューク・レコードでのジュニア・パーカー、ボビー・ブランドらのプロデュースが有名だ。
自らの代表曲「I Can’t Quit You Baby」によく似た構成を持つ、スロー・ブルース。
女に泣かされ続けてきた男が、別れぎわに最後に放つひとこと。歌詞がブルースの一典型のようなナンバーだ。
歌もギターも哀感に満ちていて、いかにもラッシュらしい演奏。
「Lonely Man」はリトル・ミルトンことミルトン・キャンベル、ボブ・ライオンズの作品。
ミルトンもまた、ラッシュとお互いに刺激し合う存在のシンガー/ギタリスト。ミルトン側もラッシュの「I Can’t Quit You Baby」を主要なレパートリーにしていたりする。
この曲はアップ・テンポのツー・ビート・ナンバー。スピーディに歌い、弾くラッシュに男っぽさを感じずにいられない。
ラストの「Take a Look Behind」は再び、ラッシュの作品。スロー・ブルース・ナンバー。
物憂げなギター・ソロがフィーチャーされたこの曲も、出来は悪くはないんだが、前出の「Right Place, Wrong Time」あたりと比べてしまうと、どうしても聴き劣りしてしまう。
地味に聴こえるのは、アレンジの差が大きいかな。ホーンをもう少し前に出したほうが、聴きごたえがあったかも。
ロック全盛の時代に、こういう地味で古風なサウンドではインパクト不足で勝ち目はないな。
いかに黒人ブルース・ミュージシャンが再注目され始めた時代とはいえ、白人へのアピールのための演出がうまく出来なかったラッシュは、せっかくの傑作を認められず、しばらく低迷を続けることになる。
ラッシュの人気がようやく上向きになるのは、70年代前半で一度ジャンキーになりかけたエリック・クラプトンがなんとかカムバック、彼が神のようにリスペクトするオーティス・ラッシュの曲を、アルバムやライブで頻繁に取り上げるようになってからである。
天才ブルースマンにも、不遇の時代はあった。このアルバムが、まさにその時期の作品だ。
5年遅れとはいえ、この充実した内容のレコードが埋もれずに済んだことを素直に喜びたい。
何曲かはラッシュの代表的パフォーマンスというべき名演奏も含まれており、ブルースファンの記憶にいつまでも残る一枚だと思う。
<独断評価>★★★★