記憶探偵〜益田啓一郎のブログ(旧博多湾つれづれ紀行)

古写真古地図から街の歴史逸話を発掘する日々。ブラタモリ案内人等、地域の魅力発掘!まち巡りを綴ります。

映画「なつやすみの巨匠」と能古島愛

2015年07月19日 23時14分53秒 | 博多湾

7月19日(日)今日しか行けそうな日がなかったので朝イチで観てきました。中洲大洋劇場で公開中の映画「なつやすみの巨匠」は私好みの「少年のひと夏の青春」という題材で、観た後の「あと味」イイ映画。純粋に感動しました。

10年前の私は絵地図「博多湾周遊絵巻」制作時に能古島の漁協組合長をはじめとする島の方々に大変お世話になり、能古島への移住をホンキで考えていました。年間を通じての能古島振興の企画を考えていた事もあります(地震の直後、お世話になった漁協組合長や自治協からの依頼で、市議さんらも加わり本格的に勉強会。閑散期の冬場対策、継続的な島振興、映画ロケ誘致=能古島の映画づくりも構想のひとつ)。ま、実際には家族が移住反対だった事や、同時期にお手伝いしていた博多・冷泉自治協議会や櫛田神社との繋がりが強まり移住を断念して今に至るわけです。

映画「なつやすみの巨匠」本編にもさりげなく描写されていますが、能古島は離島ではないので一般的な島の特典(離島振興)はほぼありません。漁師は玄海島など離島の漁師と比して収入は3分の1程度ですし、漁場が限られるための養殖カキなどのチャレンジも失敗ばかりと聴きました。島民の構成は漁業・農業・サラリーマン家庭がそれぞれ同率程度ですが、年々サラリーマン率が高まり漁業が衰退しています。

島外からの移住者と旧来の住民との距離感も、島外の人には想像できない巨大な壁があり移住50年を経ても「よそ者」という方も多いと聴きました。また、映画本編に登場する島南部の美しい砂浜なども、漁協で白砂を運んで整備した人工海浜で整備継続が必須です。私が関わっていた当時から10年が経過し、事情も少し変化しているでしょうが、人口の減少や学校の存続問題など本質的な課題は変化ない気がします。地震後に増えだした空き家問題などは一層深刻なのかもしれません。

この映画を観てホントに映画そのものに関わりたかったなぁと改めて思います。企画・脚本の入江さんは島の特徴を丁寧にリサーチされ、島民が抱えている多様な問題をさりげなく脚本に加えて自然な流れになっています。豊かな自然、能古といえばアイランドパークしか知らない人にとっても、島の魅力がよく伝わってくると思います。個人的には島の魅力は南西側にあると思っていて、島からの夕暮れは最高です。以前は段々畑の水田(秋には掛け干し風景)も素晴らしかった。

今どきの「豪華フルCG」「アクション」「超大作」映画にまったく興味ない私にとって、シンプルかつ上質な脚本と映画愛に満ちた、派手ではないけど手作り感満載の本編のような作品こそ「映画」なんです。役者さんたちの演技も含めて、平成以降の福岡舞台の映画の中で一番の仕上がりだと思います。

さらに、開館70回目の夏を迎えた中洲大洋映画劇場で観ることにも(ETをはじめ、中洲大洋との関連ある映画ネタもあり)個人的に多くの意義ありでした。限定公開、必見です!


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