ダムの訪問記

全国のダムと溜池の訪問記です。
主としてダムや溜池の由来や建設の経緯、目的について記述しています。

箕輪ダム

2020-06-25 16:00:00 | 長野県
2015年11月 3日 箕輪ダム
2020年 6月21日
 
箕輪ダムは長野県上伊那郡箕輪町東箕輪の天竜川水系沢川中流部にある長野県建設部が管理する多目的重力式コンクリートダムです。
建設省(現国交省)の補助を受けて建設された補助多目的ダムで、沢川の洪水調節・沢川の安定した河川流量の維持と既得取水権への用水補給・長野県上伊那広域水道用水企業団を通じ伊那市・駒ヶ根市・辰野町・箕輪町・宮田村への上水道用水の供給を目的として1992年(平成4年)に竣工しました。
さらに2021年(令和3年)6月に利水放流を活用した長野県企業局信州もみじ湖発電所が完成し最大199キロワットの小水力発電所が開始されました。
 
箕輪ダムには2015年(平成27年)11月に初めて訪問、2020年6月に再訪しました。
もみじ湖と命名されたダム湖はその名の通り長野県有数の紅葉の名所となっており、秋のシーズンには多くの観光客が訪れます。
またダム下にはキャンプ場が整備されレクリエーションエリアとしても人気を集めています。
 
右岸下流から
非常用洪水吐として自由越流式クレストゲートが14門並び、常用洪水吐として自然調節式オリフィスゲートが1門があります。
訪問時オリフィスゲートから越流していました。
(2020年6月21日)
 
天端は歩行者のみ立ち入り可能
下流側はエレベータ棟、上流側は取水設備機械室
(2020年6月21日)
 
左右両岸には堤趾導流壁が設けられています。
(2020年6月21日)
 
紅葉の名所ということで、天端高欄には紅葉の装飾が施されています。
(2020年6月21日)
 
減勢工
利水放流設備としてジェットフローゲートとスルースバルブ各1条が装備されています。
現在利水放流を利用した小水力発電所の建設工事が進められており、2021年(令和3年)竣工予定です。
(2020年6月21日)
 
天端からは正面に中央アルプス経ヶ岳が望めます。
 
もみじ湖と命名されたダム湖は総貯水容量950万立米
その名の通り湖畔には1万本のもみじが植えられ県内屈指の紅葉の名所となっています。
初回訪問時はちょうど紅葉の見ごろでした。
 
左岸の艇庫とインクライン
(2020年6月21日)
 
上流面
対岸に管理事務所があります。
 
もみじとセットで。
 
上流から
紅葉と冠雪した中央アルプスのコントラストが素晴らしい!
 
県内有数の紅葉の名所と言うだけあり、湖畔のもみじは見ごたえ十分。
ただ駐車スペースが少ないため紅葉期は路上駐車の大行列となります。
 
(追記)
箕輪ダムには洪水調節容量が配分されていますが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行うための予備放流容量が配分されました。

1034 箕輪ダム(0036) 
長野県上伊那郡箕輪町長岡新田
天竜川水系沢川
FNW
72メートル
297.5メートル
9500千㎥/8300千㎥
長野県建設部
1992年
◎治水協定が締結されたダム

横川ダム

2020-06-25 15:00:00 | 長野県
2015年11月 3日 横川ダム
2020年 6月21日
 
横川ダムは長野県上伊那郡辰野町横川の天竜川水系横川川上流部にある長野県建設部が管理する治水目的の重力式コンクリートダムです。
建設省(現国交省)の補助を受けて建設された補助治水ダムで、横川川の洪水調節、安定した河川流量の維持と既得取水権への用水補給を目的として1986年(昭和61年)に竣工しました。
その後2020年(令和2年)に利水放流を活用した長野県企業局横川蛇石発電所が建設され、最大199キロワットの小水力発電所が行われています。
 
横川ダムには2015年(平成27年)11月に初めて訪問、2020年6月に再訪しました。
国道153号を南下、辰野町上島で国道153号線から県道203号線に入り横川川に沿って西進、最奥の集落を抜けると横川ダムに到着します。 
ダム下には親水公園があり桜や紅葉の時期は訪問者が多いようですが、残念ながらダム全体を見渡せる場所はありません。
2度目の訪問時には小水力発電州周辺の整備工事のためダム下右岸はかなり手前から立ち入り禁止になっていました。
左岸からなんとかダムを見ることができます。前日の雨のせいで水位が上昇したせいかオリフィスゲートから放流しています。
堤頂超282メートルの横長ダムですが、ここから見えるのは横川ダムの中央のみです。
(2020年6月21日)
 
右岸下流から
非常用洪水吐として自由越流式クレストゲートが18門並び、常用洪水吐として自然調節式オリフィスゲートが1門あります。
このほか常用洪水吐として右岸にスルースバルブも装備していますが、ダム全体を見れる場所がないのがこのダムの痛いところです。
写真で見るエリアは訪問時整備中で立ち入りできませんでした。工事が終わればもっとダムの近くまで入れるようです。
(2020年6月21日)
 
左岸ダムサイトにも公園がありますが、木が伸びてダム全体を見渡すことができません。
 
上流面も木が邪魔で全体が見れるのはこの場所だけ
なんだかストレスが溜まります
写真では分かりづらいのですが、オリフィスゲートの青い予備ゲートがあります。
(2020年6月21日)
 
2015年11月の減勢工と放流設備
左手前は常用洪水吐のスルースバルブ操作建屋
右上は利水放流設備
 
左上の黒い建屋は2020年(令和2年)4月に完成した長野県企業局横川蛇石発電所です。
右下の白い建屋の下に常用洪水吐であるスルースバルブが見えます。
(2020年6月21日)
 
貯水池は『よこかわ湖』
総貯水容量186万立米とダムのサイズに比べれば小さな貯水池です。
(2020年6月21日)
 
下流面
両岸に堤趾導流壁があります。
(2020年6月21日)
 
天端は歩行者のみ通行可
左手の建屋は取水設備操作建屋
(2020年6月21日)
 
左岸に艇庫があり堤体に沿ってインクラインが伸びています
(2020年6月21日)
 
(追記)
横川ダムには洪水調節容量が配分されていますが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行うための予備放流容量が配分されました。
 
1033 横川ダム(0035) 
長野県上伊那郡辰野町横川
天竜川水系横川川
FN
41メートル
282メートル
1860千㎥/1570千㎥
長野県建設部
1986年
◎治水協定が締結されたダム

生坂ダム

2020-06-25 14:00:00 | 長野県
2015年11月 7日 生坂ダム
2020年 6月21日
 
生坂ダムは長野県東筑摩郡生坂村北陸郷の信濃川水系犀川下流部にある東京電力リニューアブルパワーが管理する発電目的の重力式コンクリートダムです。
信濃川の最大支流である犀川(梓川)本支流では北アルプスが生み出す豊富な水量や急流に着目して戦前より各河川で電源開発が進められますが、これらの発電施設の大半は1951年(昭和26年)ので電気事業再編政令によって誕生した東京電力が継承しました。
戦後の経済復興による電力不足解消のため東京電力は会社誕生直後から犀川でのさらなる電源開発を推進し、まず1954年(昭和29年)5月に笹平ダムと笹平発電所が、ついで同年8月に小田切ダムと小田切発電所を、さらに1957年(昭和32年)には水内ダム上流に平ダムと平発電所が完成しました。
そして犀峡エリアでの電源開発の最後を締めくくったのが生坂ダム・発電所で、1961年(昭和36年)に水利権を獲得するとすぐさま建設に取り掛かり1964年(昭和39年)に竣工しました。
生坂発電所も他の発電所と同様半地下式発電所となっており、最大2万1000キロワットのダム式水力発電を行っています。
生坂ダム・発電所の稼働により東京電力による犀川での電源開発は一段落し、5基の発電所で計最大9万9600キロワットの発電能力を持つに至りました。
さらに1978年(昭和53年)には犀川総合制御所が設置され、5発電所の一括遠隔操作が開始されました。
なお2020年(令和2年)の東京電力ホールディングスの組織改編により生坂ダム・発電所をはじめとした犀川流域の東京電力の発電施設はすべて同社の100%子会社である東京電力リニューアブルパワー(株)に移管されています。 
 
生坂ダムには2015年(平成27年)11月に初めて訪問、2020年6月に再訪しました。
長野市街から国道19号を松本方面に進み、生坂トンネル手前で『道の駅 いくさかの郷』の表示に従って右手の旧道に入り、道の駅をやり過ごすと生坂ダムに到着します。
ダム下流の犀川の河原に下りると、ダムと正対することができます。
ローラーゲートが6門あり、前日の雨で水位が上がったこともあり1門から放流されています。
発電所はダム右岸(向かって左)にあります。
(2020年6月21日)
 
こちらは初回訪問時
6門のローラーゲートが並びますが、よく見るとそれぞれ特徴があるのがわかります。
右岸(向かって左手)1門目は2段ゲートになっており、2門目には河川維持放流用の小さなバブルがあります。
一方左岸(向かって右手)の2門はゲートが大きく越流部が低くなっています。
初回訪問時は右岸2門目のバルブから河川維持放流が行われていました。
生坂発電所の放流水はトンネル導水路で3キロ下流に放流されるため、この間の瀬切れを防ぐために維持放流が行われます。
 
右岸の沈砂池と取水ゲート。
(2020年6月21日)
 
こちらはスクリーンの除塵機で除去されたごみの選別所
細かい木材は右手のプラントで粉砕され農業用の肥料となります。流木も併せて希望者に無料で配布しているようです。
 
天端は車両通行可能ですが道幅は1.5メートル。
軽でもぎりぎりですが、地元の車は慣れたものですいすいと走ってゆきます。
 
下流の眺め。
 
左岸から
左岸2門はゲートが大きくなっている分、ピアも高くなっています。
(2020年6月21日)
 
左岸から上流面
右端に取水口があります。また天端には予備ゲート運搬用と思われるガントリーが留め置かれています。
(2020年6月21日)
 
取水口スクリーンをズームアップ
青い機械はスクリーンの除塵機です。
(2020年6月21日)
 
対岸中央に取水ゲートがあり、その左手に半地下式の生坂発電所があります。
半地下にすることで有効落差21.4メートルを稼ぎだしています。
(2020年6月21日)
 
上流から遠望
(2020年6月21日)
 
(追記)
生坂ダムは洪水調節容量を持たない利水ダムですが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行う予備放流容量が配分されました。

1014 生坂ダム(0048) 
長野県東筑摩郡生坂村北陸郷
信濃川水系犀川
19.5メートル
108.4メートル
3110千㎥/1328千㎥
東京電力リニューアブルパワー(株)
1964年
◎治水協定が締結されたダム

平ダム

2020-06-25 13:00:00 | 長野県
2015年11月 7日 平ダム
2020年 6月21日
 
平ダムは左岸が長野県東筑摩郡生坂村東広津、右岸が長野市大岡丙の信濃川水系犀川下流部にある東京電力リニューアブルパワーが管理する発電目的の重力式コンクリートダムです。
信濃川の最大支流である犀川(梓川)本支流では北アルプスが生み出す豊富な水量や急流に着目して戦前より各河川で電源開発が進められますが、これらの発電施設の大半は1951年(昭和26年)ので電気事業再編政令によって誕生した東京電力が継承しました。
戦後の経済復興による電力不足解消のため東京電力は会社誕生直後から犀川でのさらなる電源開発を推進し、まず1954年(昭和29年)5月に笹平ダムと笹平発電所が、ついで同年8月に小田切ダムと小田切発電所を完成させます。
笹平・小田切両ダム建設のさなか、東京電力は犀川上流での水利権を新たに取得し、1953年(昭和28)に建設工事に着手し1957年(昭和32年)に完成したのが平ダムと平発電所です。
平発電所も笹平、小田切発電所と同様に半地下式発電所となっており、最大1万5600キロワットのダム式水力発電を行っています。
平ダム竣工7年後の1964年(昭和39年)には生坂ダム・発電所が運用を開始し、5基の発電所で計最大9万9600キロワットの発電能力を持つに至りました。
1978年(昭和53年)には犀川総合制御所が設置され、5発電所の一括遠隔操作が開始されました。
なお2020年(令和2年)の東京電力ホールディングスの組織改編により平ダム・発電所をはじめとした犀川流域の東京電力の発電施設はすべて同社の100%子会社である東京電力リニューアブルパワー(株)に移管されました。 
 
平ダムには2015年(平成27年)11月に初めて訪問、2020年6月に再訪しました。
長野市街から国道19号を松本方面に進み国道が大町市から生坂村に入って1キロほど進むと国道左手に平ダムが姿を見せます。
ダム直下に橋がかかりダムと正対できます。
犀川の峡窄部で川幅が狭いためかローラーゲートになっています。
右岸(向かって左手)に発電所、左岸(向かって右手)は国道19号が走っています。
 
再訪時は前日にまとまった雨があったせいかゲートが1門開かれていました。
一番左岸(向かって右手)の導流路だけ導流堤が設けられています。
(2020年6月21日)
 
左岸(向かって右手)の青い部分に予備ゲートが格納されています。
(2020年6月21日)
 
右岸の平発電所
有効落差を稼ぐために半地下式発電所になっています。
(2020年6月21日)
 
右岸から取水ゲートと沈砂池。
 
予備ゲート運搬用のガントリーと鉄道のような車止め。
(2020年6月21日)
 
アングルを変えて
(2020年6月21日)
 
予備ゲート運搬時はここで90度角度が変わるため、機関車庫のような転車台、いわゆるターンテーブルが設置されています。
ダムのガントリーでこのような転車台は見たことがありません。
 
上流から
対岸に発電用取水ゲートがあります。
(2020年6月21日)
 
取水ゲートをズームアップ
手前に除塵機があります。
(2020年6月21日)
 
(追記)
平ダムは洪水調節容量を持たない利水ダムですが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行う予備放流容量が配分されました。

1008 平ダム(0047)
長野県東筑摩郡生坂村広津東
信濃川水系犀川
20メートル
87.8メートル
3033千㎥/1273千㎥
東京電力リニューアブルパワー(株)
1957年
◎治水協定が締結されたダム

水内ダム

2020-06-25 12:00:00 | 長野県
2015年11月 7日 水内ダム
2020年 6月21日
 
水内(みのち)ダムは長野県長野市信州新町水内の信濃川水系犀川下流部にある東京電力リニューアブルパワーが管理する発電目的の重力式コンクリートダムです。
信濃川の最大支流である犀川(梓川)本支流では北アルプスが生み出す豊富な水量や急流に着目して戦前より各河川で電源開発が進められました。犀川本流の生坂村から長野市に至る部分は渓谷と蛇行を繰り返し『犀峡』と呼ばれていますが、ここでは当時千曲川や高瀬川で電源開発を進めていた東信電気が犀川電力を設立して水利権を獲得、1939年(昭和14年)より水内ダム・発電所建設に着手しました。
しかし着工直後に電力国家統制法が成立、東信電気は1941年(昭和16年)に日本発送電に接収され解散、水内ダム・発電所建設事業も日本発送電が引き継ぎ1943年(昭和18年)に竣工しました。
戦後の経済復興による電力不足解消のため日本発送電は犀川でのさらなる電源開発を推進し、水内ダム下流に2基のダム・発電所の建設を目論みますが、1951年(昭和26年)の電力事業再編政令により同社は解体され犀川流域の発電事業の大半は東京電力が継承しました。
新たに誕生した東京電力は1954年(昭和29年)に笹平ダム・発電所を完成させ、さらに同年小田切ダム・発電所、1957年(昭和32年)に平ダム・発電所、1964年(昭和39年)には生坂ダム・発電所が運用を開始し、現在は5基の発電所で合計最大9万9600キロワットの発電能力を持つに至っています。
水内ダムは5基の発電ダムの中では最古参で唯一ダム水路式発電を行っており、水内ダムで取水された水は約1.7キロの導水路で水内発電所に送られ最大3万1400キロワットの発電を行っています。
1978年(昭和53年)には水内ダム上流に犀川総合制御所が設置され、5発電所は一括遠隔操作が行われています。
なお2020年(令和2年)の東京電力ホールディングスの組織改編により水内ダム・発電所をはじめとした犀川流域の東京電力の発電施設はすべて同社の100%子会社である東京電力リニューアブルパワー(株)に移管されました。
 
長野市街から国道19号を松本方面に向かい、小田切ダム、笹平ダムをやり過ごしたのち、道の駅『信州新町』を過ぎるとすぐ左手に水内ダムが見えてきます。
笹平ダムには2015年(平成27年)11月に初めて訪問、2020年6月に再訪しました。
国道19号線脇から
クレストにはラジアルゲートが14門並び、右岸3門は川岸護岸目的でシュート部分が高く作られ下流まで長く伸びています。
(2020年6月21日)
 
左岸の沈砂池(2020年6月21日)
 
発電用取水ゲート
犀川の東電5ダムの中では唯一ダム水路式発電を行っており、ここから約1700メートルの導水路で水内発電所に送られます。
(2020年6月21日)
 
ピアにかけられた管理橋は一般に開放されています。
ピアにはゲート巻き上げ機がずらりと並びます。
 
右岸3門のシュート部
護岸のため水叩きが厚く作られています。
(2020年6月21日)
 
右岸から(2020年6月21日)
 
オーソドックスな発電ダムのスタイル。
(2020年6月21日)
 
右岸上流から
対岸に取水口が見えます。
 
取水口と取水ゲートをズームアップ
(2020年6月21日)
 
上流から
ダム湖は琅鶴湖(ろうかくこ)と名付けられています。
 
最初の訪問時は水面が穏やかでダムが綺麗に写り込んでいました。
 
(追記)
水内ダムは洪水調節容量を持たない利水ダムですが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行う予備放流容量が配分されました。  
 
0993 水内ダム(0046) 
長野県長野市信州新町水内
信濃川水系犀川
25.3メートル
185.2メートル
4248千㎥/1220千㎥
東京電力リニューアブルパワー(株)
1943年
◎治水協定が締結されたダム

笹平ダム

2020-06-25 11:10:00 | 長野県
2015年11月 7日 笹平ダム
2020年 6月21日
 
笹平ダムは長野県長野市七二合の信濃川水系犀川下流部にある東京電力リニューアブルパワーが管理する発電目的の重力式コンクリートダムです。
信濃川の最大支流である犀川(梓川)本支流では北アルプスが生み出す豊富な水量や急流に着目して戦前より各河川で電源開発が進められますが、これらの発電施設の大半は1939年(昭和14年)の電力国家統制法により日本発送電に接収されました。
犀川本流の生坂村から長野市に至る部分は渓谷と蛇行を繰り返し『犀峡』と呼ばれていますが、ここでも1939年(昭和14年)から日本発送電による電源開発が進められ、1943年(昭和18年)に水内ダム及び発電所が完成しました。
戦後の経済復興による電力不足解消のため日本発送電は犀川でのさらなる電源開発を推進し、水内ダム下流に2基のダム・発電所の建設を目論みますが、1951年(昭和26年)の電力事業再編政令により同社は解体され犀川流域の発電事業の多くは東京電力が継承しました。
犀川本流での東京電力初の事業として1952年(昭和27年)に着工、1954年(昭和29年)5月に完成したのが笹平ダムと笹平発電所です。
笹平発電所は東京電力初の半地下式発電所として建設され、最大1万4700キロワットのダム式水力発電を行っています。
さらに笹平ダム・発電所に遅れること3カ月で小田切ダム・発電所が、さらに1957年(昭和32年)に平ダム・発電所、1964年(昭和39年)には生坂ダム・発電所が運用を開始し、現在は5基の発電所で合計最大9万9600キロワットの発電能力を持つに至っています。
1978年(昭和53年)には犀川総合制御所が設置され、5発電所の一括遠隔操作が開始されました。
なお2020年(令和2年)の東京電力ホールディングスの組織改編により笹平ダム・発電所をはじめとした犀川流域の東京電力の発電施設はすべて同社の100%子会社である東京電力リニューアブルパワー(株)に移管されました。
 
笹平ダム湖では1985年(昭和60年)に日本福祉大学の学生を乗せた三重交通のスキーバスが転落、25人の犠牲者を出す悲惨な事故が起きており、湖畔には事故の慰霊碑が建てられています。
 
長野市街から国道19号を西進、小田切ダムから約4キロ進むと笹平ダムに到着します。
笹平ダムには2015年(平成27年)11月に初めて訪問、2020年6月に再訪しました。
 
ダム左岸に遊歩道が整備され、下流からダムを見ることができます。
クレストにはラジアルゲートが8門並び、ゲートピアに巻き上げ機が並んでいます。
 
ダム左岸に取水ゲートと笹平発電所があります。
東京電力としては初めて採用された半地下式発電所です。
 
上流側から見た左岸の取水ゲート。
 
沈砂池。
 
2度目の訪問時は発電所改修工事のため沈砂池には水がありませんでした。
(2020年6月21日)
 
上流から
手前に発電用取水口のスクリーンがあります。
 
ほぼ同じアングルで2度目の訪問時の写真です
発電所改修工事のためダムのゲートはすべて開けられダム湖の水位は下げられています。
(2020年6月21日)
 
天端は開放されています。
発電所改修工事のためゲートはすべてフルオープン
天端下流側にゲートが並ぶ、普段は見られない貴重なショットとなりました。
(2020年6月21日)
 
右岸上流から
水位が下がっているので左岸の取水口スクリーンがよく見えます。
(2020年6月21日)
 
フルオープンのゲート
(2020年6月21日)
 
2度目の訪問では発電所改修工事のため、ゲートがすべて開けられダム湖の水位が下がった貴重な光景を目にすることができました。
ただ、工事中のためダム下流の遊歩道が立ち入り禁止となり、取水ゲートフルオープンの眺めを下流側から見れなかったのは残念です。
 
(追記)
笹平ダムは洪水調節容量を持たない利水ダムですが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行う予備放流容量が配分されました。  
 
1004 笹平ダム(0042) 
長野県長野市七二会
信濃川水系犀川

19.3メートル
113.3メートル
2755千㎥/493千㎥
東京電力リニューアブルパワー(株)
1954年
◎治水協定が締結されたダム

小田切ダム

2020-06-25 10:00:00 | 長野県
2015年11月 7日 小田切ダム
2020年 6月21日
 
小田切ダムは長野県長野市塩生甲の信濃川水系犀川下流部にある東京電力リニューアブルパワーが管理する発電目的の重力式コンクリートダムです。
信濃川の最大支流である犀川(梓川)本支流では北アルプスが生み出す豊富な水量や急流に着目して戦前より各河川で電源開発が進められますが、これらの発電施設の大半は1939年(昭和14年)の電力国家統制法により日本発送電に接収されました。
犀川本流の生坂村から長野市に至る部分は渓谷と蛇行を繰り返し『犀峡』と呼ばれていますが、ここでも1939年(昭和14年)から日本発送電による電源開発が進められ、1943年(昭和18年)に水内ダム及び発電所が完成しました。
戦後の経済復興による電力不足解消のため日本発送電は犀川でのさらなる電源開発を推進し、水内ダム下流に2基のダム・発電所の建設を目論みますが、1951年(昭和26年)の電力事業再編政令により同社は解体され犀川流域の発電事業の多くは東京電力が継承しました。
新たに誕生した東京電力は1954年(昭和29年)5月に笹平ダムと笹平発電所、ついで同年8月に小田切ダムと小田切発電所を建設し運用を開始しました。
小田切発電所では最大1万6900キロワットのダム式水力発電を行っています。
さらに1957年(昭和32年)に平ダム・発電所が、1964年(昭和39年)には生坂ダム・発電所が運用を開始し、5基の発電所で計最大9万9600キロワットの発電能力を持つに至っています。
1978年(昭和53年)には犀川総合制御所が設置され、5発電所の一括遠隔操作が開始されました。
なお2020年(令和2年)の東京電力ホールディングスの組織改編により小田切ダム・発電所をはじめとした犀川流域の東京電力の発電施設はすべて同社の100%子会社である東京電力リニューアブルパワー(株)に移管されました。 
 
一方犀川流域の善光寺平や川中島では古くから犀川を灌漑用水源とし流域には多くの灌漑用取水堰が設置されていました。ところが犀川の河床低下による取水困難が深刻化し、これら取水堰の合口化による安定した灌漑用水確保が悲願となっていました。
そこで長野県は小田切ダム建設にあわせて1953年(昭和28年)に善光寺川中島平農業水利改良事業に着手、犀川左岸の小田切発電所放流路及び小田切ダム湖右岸にそれぞれ灌漑用取水口が設けられ、善光寺川中島平土地改良区連合の計1455.36ヘクタールの農地への慣行水利権としての灌漑用水の補給も行うことになりました。
小田切ダムの目的は発電のみとなっていますが、実質的には犀川流域への安定した灌漑用水の補給も併せ持ち、流域農家にとっては貴重な存在となっています。
 
小田切ダムには2015年(平成27年)11月に初めて訪問、2020年6月に再訪しました。
長野市街から国道19号長野南バイパスを西進、小松原トンネルを抜け小松原トンネル西交差点を右折すると左手に小田切ダムが現れます。
ダム直下両郡橋から
右手(左岸)は小田切発電所の放流口で、この奥に半地下式の小田切発電所があります。
発電所が運転中でダムのゲートがすべて閉まる一方発電所からの放流水が勢いよく流下してゆきます。
 
こちらは2度目の訪問時
前日の雨で水位が増し、ダム中央の2門から放流されています。
写真では分かりませんが、放流ゲートの手前に善光寺川中島平土地改良区連合向け取水口があります。
今回は発電に使用した放流水は灌漑用水補給に回しており、放流ゲートは閉じられたままでした。
(2020年6月21日)
 
ダム下流から
9門のラジアルゲートが並ぶ様はいかにも発電用ダムと言った風。
(2020年6月21日)。
 
ゲート直下にはコンクリートで水叩きが設置されています。
右岸(向かって左)1門だけ導流部が高くなっていますが、これは放流の際の河岸へのダメージを減少させるためと思われます。
 
水位上昇を受けで中央2門が開放されています。
(2020年6月21日)。
 
右岸に回り込みます
ラジアルゲートをズームアップ。
 
右岸上流側から
 
発電所の取水ゲート。
 
これはダム湖右岸にある灌漑用取水口。
善光寺川中島平土地改良区連合向け取水口は左右両岸にあります。
(2020年6月21日)
 
左岸高台から
奥からダムゲート、取水ゲート、手前の建物は管理事務所。
(2020年6月21日)
 
取水ゲートと沈砂池
ゲート左手に除塵装置があります。
(2020年6月21日)
 
小田切発電所。
ひと足早く完成した上流の笹平発電所同様半地下式になっています。
 
善光寺川中島平土地改良区連合の水利使用標識
(2020年6月21日)
 
最初の訪問はダム巡りを始めたばかり、水力発電所の仕組みもよくわからない中での見学でした。
4年半の時を越え、2度目の訪問で納得のゆく見学ができました。
 
(追記)
小田切ダムは洪水調節容量を持たない利水ダムですが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行う予備放流容量が配分されました。  
 
1003 小田切ダム(0041) 
長野県長野市塩生
信濃川水系犀川
21.3メートル
143メートル
2546千㎥/1290千㎥
東京電力リニューアルブルパワー(株)
1954年
◎治水協定が締結されたダム