新型コロナウイルスと共存しながらどのように学校教育を進めたらいいのか。「職員室」の目線で語り合おうというセミナーが開かれた。そこで紹介されたミッション系3校の取り組みは各校の事情を反映したものだが、今後どのように進めたらいいのか、他校もヒントを得ることができそうだ。(ダイヤモンド・セレクト編集部)
● 個別最適化を念頭に、できるところから
政府による突然の休校要請から始まった2020年新型コロナ禍。学校の現場は未曾有の事態に混乱を極めたが、少しずつ進められてきていた学校教育のICT(情報通信技術)化が、これを奇貨として否応なしに進んだのも事実だろう。
カトリック男子校のサレジオ学院(横浜市都筑区)は生徒数1080人で教職員100人ほどという、平均的なサイズの中高一貫校だ。2月28日の放送全校集会で、校長がこれからの心構えについて3つの大切な点について話している。状況判断の大切さ、長期的な視点の大切さ、仲間の存在の大切さ。これらの視点を教職員もかみしめながら、新型コロナ禍への対応に当たることになった。
教職員は「ICT、やれるところからやってみよう」の精神で取り組んだ。持ち上がり制をとっているため、全校一斉ではなく主に学年ごとのチームで動き、その学年の状況に応じ、個別最適化も念頭に入れて取り組んだ。 サレジオ学院では、同時中継のオンライン授業は行わずに、事前に録画した授業をGoogle Classroomで配信した。どのように進めるかは個々の教員次第のところもあったが、スピード感をもってICT導入を進めることができたことに大きな意味があった。Google Meetなどは教員と生徒間などのつながりを確保するため、オンライン朝礼や面談などで活用していた。
家庭からはライブ型のオンライン授業の要望もあった。確かに双方向性が確保でき、規則正しい生活を送るという点からはメリットがあるものの、ステイホームの親や大学生がいる家庭では使えないという実態もあった。
いままで面倒を見すぎだったのではないか、管理的になるのは大人の不安が原因かもしれないとも考える機会であった。生徒にとってはむしろ、主体的に学ぶ「他律からの脱却のチャンス」であり、自分から課題を探す視点を身につけられるか、が大切な時期だったのではないか。言い方を変えれば、大人が子どもたちを信じられるかという壮大な実験であったとも考えられる。
6月1日から学校が再開され、生徒にアンケートを取った。9割の生徒は順調と答えた。1%、10人ほどは全然だめだったという生徒もいた。自己申告とはいえ、7割の生徒が「規則正しい生活が送れた」と答えた点は、男子校的には御の字だったとみている。
期末試験の結果を見ると、自分のペースで学習できた子は成績が上がった。下がった子は多くなかったが、やった生徒とやらなかった生徒の差は広がったので、対面でのフォローが必要であると考えている。
今後は、二者択一ではなく同時並行で対面授業とオンライン授業のハイブリッドを模索していくことになる。心の通い合いに留意しながら、個々の生徒の理解度の細かいチェック、統一感のあるスキルとコンテンツ提供が課題となる。
● 「自走する集団」を目指した湘南白百合
同じくカトリック校である湘南白百合学園(神奈川・藤沢市)は、長時間通学の生徒のことも考えて、1学期の授業はすべてオンラインで実施した。
前年度より、全教員にクロームブックが1台ずつ配られ、Googleに関する定期的な勉強会は進めていたが、ICTの導入が全校的に進んでいたというわけではない。
新型コロナ学習対策チームが結成されたのは3月27日。そこからオンライン授業の訓練が始まる。生徒の家庭にはWi-Fi環境の確保をお願いした。時間割に合わせた課題の配布、クラスごとの朝礼の実施など、全員参加のオンライン運用が本格的に開始されたのは4月20日からである。それに合わせ、学年ごとにポータルサイトを立ち上げ、生徒の学びを支えた。
湘南白百合には、学校行事や課外活動に積極的に取り組む、活発で個性的な生徒が多い。それぞれの個性が生かせる場がすでにあり、それがコロナ禍におけるオンラインの活用によって、さらに生徒の視野や思考を広げた形となったといえる。
Google Meet を使っての朝礼の際に「中1制服デー」を実施、中3ではGoogleフォームで毎日ちょっとしたアンケートを取り、その集計結果を朝礼で発表するといった教員の工夫も見られた。
配信型オンライン授業は非常に好評だった。自由度が高く、自分で計画して勉強できるところが良いという評価だ。授業に関するアンケート結果は生徒にフィードバックしている。
ライブ型もという要望にも応えて、6月からGoogle Meet を使って授業(中3~高3)や放課後のQ&Aなどを始めている。家庭科の授業で子育て中の母親に参加してもらったり、確認テスト前の自主勉強会を開いたり。ここに来て、生徒がこの自由度の高さを生かすようになってきた。
例えば、集計が早いからとホームルーム委員選挙をオンラインで実施、3密を避けてクラスを分割しレクリエーションを行う、反転学習への取り組みも始まった。7年前から文房具や衣類などをフィリピンに送るボランティア活動でも、修道会を通じて、支援先の子どもとオンラインでつながる予定だ。
生徒広報委員会を立ち上げ、広報担当教員とコラボしながら、オープンスクールを実施、学校紹介の映像やパンフレットの政策にまで取り組んでいる。さまざまな形で「自走」し始めた生徒たちを、教員が伴走者となってサポートしている。
● オンライン授業の教育効果、変わる「職員室」
プロテスタント系男子校である聖学院(東京・北区)では、高校生はすでに全員が端末を授業で使っていたが、完全リモート授業の実施に際して、デバイス接続チェックを入念に重ねた。そんなこともあり、2学期からは各自の端末を利用してのBYOD(Bring your own device)になる。
聖学院には勢いがある。4月13日から取り組みを開始したが、この週だけで授業動画を100本用意、非公開設定のYouTubeで配信した。この4カ月弱で自作動画は1200本まで増えたという。恐ろしい勢いである。全教員が自分で全工程を担わないよう、技術チームが配信に対応、分業したことで無理なく進められた。ゴールデンウィーク明けからはスタディサプリも併用することで、動画教材はさらに充実している。
こうした動きが加速した要因として、聖学院内のベテラン・若手の教員と他校から転職してきた教員の相乗効果が発揮できたことが大きかった。例えば「ICE(アイス)モデル」という評価・学習法を導入して、これからの学びに「問いのストーリー化」を据え、自ら学びたくなる学習機会をつくる方向にかじを切り、若手教員が自信を持って授業を展開している。ちなみにICEとは、I=Ideas(基礎知識)、C=Connections(つながり)、E=Extensions(応用)のことである。
面倒見のいい学校という評判の聖学院ではあるが、それは保護者からの「子どもをさぼらせないできっちりと生活・勉強させてほしい」という学校の福祉的価値に対する要望である。
しかし、学校の教育的価値を考えると、生徒が主体的に戦略的に学習を組み立てる経験を重ねることに効果があることが分かった。オンラインは時間や場所・世代を超えた機会と出会いをもたらすツールであり、可能性は格段に広がるからだ。こうした気付きもコロナのもたらした副産物なのかもしれない。
最後に、「職員室」はどのように変わったのか、について触れておきたい。これは多くの企業で起きたことと共通する点も多いが、世代間格差とデジタルリテラシー格差は教員の間でも大きい。そうした場合、皆で一斉にというよりも、分かる人から取り組み進めていくことになる。
最初は、教員にとっての具体的なメリットが響く。資料を何百枚も印刷しなくてもPDFを配信すれば済む。授業の動画撮影で、同じことをクラスごとに板書して、時折寝ている生徒を起こす労務からも開放される。これだけでも、教員の生産性は格段に向上する契機が潜んでいる。その力と時間をどこに向けるかだ。
50~60代の中高年層はこうした動きに疎いが、巻き込まれていや応なしに進めていく過程で覚醒した教員も出てきたという。
湘南白百合では、普段から若手とベテランがコンビを組んで教育スキルを伝承してきたのだが、今回はその関係性が逆転、若手が身につけたICTスキルをベテランに伝えるという流れができた。情報委員会としてGoogleなどに詳しい教員など7~8人が旗振りとなり、中堅教員も各教科に人材がいた。職員は昼礼のお祈りを毎日交代で行い、自分の考えをスピーチすることで思いも共有できた。結果として、職員室の活性化も進んだわけで、コロナ禍も悪いことばかりではない。