国際結婚はたいへんだった(第2章)

ボリビア人女性との国際結婚に至るまでの道のりを記録するために立ち上げたブログです。最近は妻との日常生活を綴っています。

はじめに

私(Yasuhiro)とボリビア人のLinda(通称)は2015年9月29日にニューヨークで結婚しましたが、翌2016年の1月3日にも妻の実家があるコチャバンバで式を挙げました。3ヶ月以上もの日を措いて2度結婚することになった訳ですが、その「たいへんだった」経緯については「結婚@NYまで」のカテゴリーにまとめています。

本名瀬川三恵子

2024-11-06 | 日記
先の日曜日はスカパーの無料放送デー。歌謡ポップスチャンネルで放送された「70年代昭和歌謡ベスト・ソングス100」(#1〜4)を録画して全部観ました。6月の80年代とは異なり、馴染のない曲が(初めて耳にするものも)結構ありました(ちなみに両年代のラインナップはこちら)。とくに70年代前半は小学校低学年ですから、それも当然でしょう。トップ10になっても知らない曲や「この歌手のヒット曲なら他に」と言いたくなるような曲が連発し、「全然読めんなぁ」と思っていましたが・・・・・

1位はこれでした。映像をテレビで何度か観たことはあるものの私にとっては意外も意外。5年前に紹介した2枚組CDの選曲からも漏れていましたしね。人をおちょくったような出だし(イントロ)が気に入らないし、曲にも詞にもその値打ちがあるようにはどうしても思えませんでした。(歌唱は見事ですが。)

ついでに2位がこれ。亡き父がよく口ずさんでいたこともあり、私もこちらはメロディも歌詞もスラスラ出てきます。(たぶん大晦日の日本レコード大賞受賞の瞬間も生で観ていると思います。)子供心で「この歌手は名前を二つ持っているのかな?」という疑問を長いこと抱いていましたが(苦笑)、紛れもない名曲名唱です。ただし・・・・

現代人にはこのフレーズはピンとこないでしょう。(そういえばこちらの過去記事で触れた曲の「ダイヤル回して手を止めた」も一緒ですね。)かくいう私も扉を手で動かして列車を乗り降りした記憶はありませんけど(苦笑2)。
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