軽井沢からの通信ときどき3D

移住して11年目に入りました、ここでの生活と自然を写真と動画で発信しています

アサマシジミ考

2025-02-21 00:00:00 | 
 当地に移住してきた頃、蝶類の図鑑で名前に「アサマ」がついているチョウは?と調べてみると、「アサマイチモンジ」、「アサマシジミ」、「アサマモンキ」が見つかった。

 しばらくして、アサマイチモンジは庭にやって来ることが分かった。アサマモンキの方は、浅間山に多く見られるのでこのように呼ばれるが、北アルプスに産するアルプスモンキと共に、ミヤマモンキチョウとして分類されるもので、浅間山系の高山帯に行くと見ることができることが分かった。

 一方、アサマシジミは、以前は信濃追分駅周辺にふつうにみられたとの記録があるものの、今では町内で見つけることが難しく、発生の季節になると周辺地域まで足を伸ばしてみるが未だに見ることができないでいる。

 上田市西方の小県郡青木村には「信州昆虫資料館」があり、時々訪問しては収蔵されているこれらのチョウの標本を見せていただいているが、この資料館で、「信州浅間山麓と東信の蝶」(鳩山邦夫・小川原辰雄著 2014年信州昆虫資料館発行)を買い求めたことがあった。このカバーには表面と裏面の両方にアサマシジミの姿が見られる。東信地区のチョウ愛好家がアサマシジミに寄せる思いが伝わってくる。

「信州浅間山麓と東信の蝶」(鳩山邦夫・小川原辰雄著 2014年信州昆虫資料館発行)のカバー表紙

 次の図は、御代田町にある浅間縄文ミュージアムのパンフレットであるが、アサマシジミが浅間山の貴重な自然の代表として登場している。

浅間縄文ミュージアム(御代田町)のパンフレットから

 アサマシジミとよく似た種にヒメシジミとミヤマシジミがいるが、ヒメシジミは町内でも見かけることがある。農道沿いの僅かな狭い場所であるが、クサフジが生えていて、安定して繁殖しているらしく、ここに行くと毎年ヒメシジミに会うことができる。

ヒメシジミ♀(2024.7.3 撮影)

ヒメシジミ♂(2024.7.3 撮影)

ヒメシジミ ペア(左♂、右♀ 2024.7.3 撮影)

ヒメシジミ(上♀、下2頭♂ 2024.7.3 撮影)

 アサマシジミの幼虫の食草はナンテンハギやクサフジなどのマメ科の植物である。我が家の狭い庭に、そのナンテンハギも植えてみたものの、もちろんそんな孤立した点のような場所に成虫が産卵にやって来るわけもない。

 あまりなじみのないナンテンハギであるが、目が慣れてくると、葉のつき方に特徴があり区別がつくし、特に花の咲いている時などは自宅近くの空き地などを見て回ると、結構生えていることが分かる。

 以前、かなり広い空き地の道路沿いに、このナンテンハギの小群落ともいえるものを見つけて、嬉しく思っていたのであったが、その土地にはあっという間に大型マンションが建設され、今では道路沿いのこの土地も整備され、野草類はすっかり姿を消した。

 こうしたことが、浅間山麓のあちらこちらで起きてきた結果だと思うが、アサマシジミの生育地が消えていったのであろう。

 浅間山系に接する御代田町では、早くも1974年3月30日にアサマシジミを天然記念物に指定している。長野県は希少動植物条令で、2021年からアサマシジミの採集を禁じた。
 
 また、小諸市糠地郷の「蝶の里山会」ではチョウの保護活動や啓蒙活動を行っているが、その願いが叶って、2024年1月にはアサマシジミが小諸市の自然環境保護条例指定種になった。


小諸新聞2021.9.17号を伝える「アサギ郷・蝶の里山」のブログ(2021.9.27)
 
 小諸市在住の昆虫写真家・海野和男氏は、自身のブログで次のように書いてこのことを紹介している。

 「アサマシジミが小諸市の自然環境保護条例指定種になりました
          2024年01月17日

 アサマシジミは長野県では2021年から採集禁止になっているが、小諸市ではいまだに採集圧もあり、また発生地そのものが破壊されてきました。
 本日、自然環境保護条例指定種にすることが承認されたと、先ほど市から電話がありました。それでアサマシジミが生き残れるかどうかはわかりませんが、1歩前進です。市は保護地区を指定することができますが、その土地の所有者、占有者の同意を得なければならないので、そのあたりがネックですが、地区を指定した場合は、建築、造成、伐採などに事前許可が必要になると言うことで、実際に地区が指定されれば、アサマシジミの保護に役立つと思います。ぼくの知っているアサマシジミのいるところは道路脇で、ここ何年か伐採、草刈りなどの影響を受けています。早期に指定地区の設定が行われると良いのですが・・・」

 ところで、このアサマシジミについては、いくつか興味深いことがある。まず、いつもの「原色日本蝶類図鑑」(1964年 保育社発行)の記述を見ると次のようである。
 
 「Lycaeides subsolana yagina STRAND 1922
 あさましじみ:こしじみ;しろうましじみ(地方型)
 本種も前2種(シジミチョウ〈当時はヒメシジミは別名であった〉とミヤマシジミのこと)と類似の蝶で、種の判別はやや困難であるが、次の諸点において区別される。① 前2種にくらべ形は最も大きく、② 雄の翅色は暗青色でやや紫がかっている。③ 前翅第2室裏面の黒紋は『ミヤマシジミ』と同様に横長く(『シジミチョウ』では円形)、④ 後翅裏面外縁の色紋は、『ミヤマシジミ』は朱色、本種は『シジミチョウ』と同じく略黄色である。⑤ 全翅裏面の黒紋は一般に他種より大きくあざやかである。本種の分布はきわめて狭く、関東の低山地にまれに産し、中部山地帯のみ多産地として、浅間・蓼科・八ヶ岳などは特に饒産することによって著名である。北海道・四国・九州には全く産せず、中部にても西部にはまれとなり近畿・中国にても未知の種に属する。発生は年1回、6月末から7月に多く幼虫はマメ科の植物を食す。
 種名は『東方の』意、亜種名yaginaは八木誠政氏の姓に因む。
 従来その正体の明らかでなかった『しろうましじみ』は本種と同一種であることが最近明らかにされた。」

 ここにあるように、この当時は北海道には棲息しないとされていた。

 そして、続く2つの項には「ヤリガタケシジミ」と「イシダシジミ」が記載されていて、当時この2種は「アサマシジミ」とは別種として扱われていたことがわかる。

 「Lycaeides yarigadakeana MATSUMURA 1929
 やりがだけしじみ:(原型)
 本種の知られる棲息地域はきわめて狭く、上高地梓川畔と徳沢牧場付近で、多数の『しじみちょう』と混飛し(この付近には『あさましじみ』『みやましじみ』は発生しない)草原の上をゆるやかに飛翔し花に訪れる。
 本種は、①『しじみちょう』『みやましじみ』よりやや大形で、『あさましじみ』より少し小型である。②雄の翅色は明るい空色で『あさましじみ』の様に暗青色でない。③翅脈は細く黒色で、④裏面も灰白色で『あさましじみ』のように暗色を帯びない。発生は年1回、7月中旬から8月なかばに採集され、生活史はいまだ明らかでないが幼虫の食草はタイツリオウギと推定される。」

 「Lycaeides subsolana iburiensis MATSUMURA 1929
 いしだしじみ:(地方型)
 Lycaeides 属のものとして現在5種が知られるがいずれも類似したもので、この繁雑な同定は全種の標本による比較を必要とし、その判別ははなはだ困難なものがある。本種は北海道の札幌・定山渓・十勝・釧路・北見などに知られ、多くは『しじみちょう(ヒメシジミのこと)』と共に草原に見出され稀種に属する。
 ①雄の翅色は前種(やりがだけしじみのこと)より更に明るいルリ色で、②外縁の黒帯は前種より更に細く淡色、後翅ではほとんど帯状をなさず、各室で1個の黒紋となる。③『裏面』は前種より明るくほとんど白色、④後翅の基部は青く黒紋は小さい、⑤前翅裏面の紋列はきわめてまばら、⑥裏面に現われる橙色紋はいずれも淡く不鮮明である。発生は年1回、6~7月に出現する。」

 現在は、「日本産蝶類標準図鑑」(2011年 学研教育出版発行)を見ると、アサマシジミの別名として、ヤリガタケシジミ、ミョウコウシジミ、トガクシシジミ、イシダシジミが挙げられていて、次の説明がある。

 「変異
 本種は産地によってかなり顕著な地理的な差異が認められるが、その産地が連続的な本州中部の場合には移行型を産する地域があり、これを厳密に亜種として区別することができるかどうかについては疑問があるが、現在便宜的に次の3亜種が認められている。
 1)イブリシジミ(イシダシジミ) 北海道に産する
 2)ヤリガタケシジミ 飛騨山脈上高地付近より後立山連峰、妙高・戸隠周辺、白山周辺に産する。
 3)アサマシジミ(狭義) 群馬、埼玉(西部)、東京(西部)、神奈川、山梨、長野(上記ヤリガタケシジミの分布圏をのぞく)、静岡(東部)に分布。」

 これら亜種を含むアサマシジミについては、生息域が狭く限られていることや、近年急速にその生育場所が失われていることから、主な生息地である長野県の他でも生息状態の調査や生息場所の保全に向けた取り組みが行われている。

 主な生息地の一つ群馬県では、「群馬県におけるアサマシジミの分布変遷と保全」(松村行栄・高橋克之 群馬県立自然史博物館研究報告(13):149-152, 2009)と題する報告が出されている。

 ここでは、文献調査と現地調査が行われ、文献調査ではチラシ配布による情報募集も行われた。現地調査は吾妻郡高山村、藤岡市上日野で実施された。

 その結果は次のようである。

 「1949年以前、群馬県の22市町村にアサマシジミが分布していたと思われる。1950-1959年には18市町村に生息していた。しかし、2005-2008年は6市町村でしか確認できず、これは分布地域の73%の減少率にあたる。1950-1959年を基準にしても67%の減少となる。・・・
 現地調査の結果、アサマシジミの生息環境であった草原の減少が確認された。現在、残された草原環境は林道脇の草の刈取りが定期的に行われている場所だけになっている。」

 もう一つのアサマシジミの生息地である北海道では生息環境の保全方法についての研究が行われ、次の報告が出された。

 「草原性絶滅危惧チョウ類と生息環境の保全方法を解明ーアサマシジミ北海道亜種の生活史を踏まえた草刈りの有効性を実証ー」(速水将人・中濱直之・大脇 淳・木下豪太・内田葉子・小山信芳・喜田和孝、道総研プレスリリース、令和6年3月26日)

 「結果:アサマシジミ幼虫は、草刈り区にのみ出現し、草刈りなし区では本種のエサとなる植物のナンテンハギがあっても出現しませんでした。また、アサマシジミの成虫とナンテンハギの花数は草刈り区で2年連続多くなりました。調査地点に出現したチョウ全個体数は、草刈り区で多くなり、チョウの全種数・開花植物の全種数・全花数については、草刈りによるマイナスの効果はいずれも認められませんでした。・・・」

 今後、他地域でも生息環境の保全が進み、アサマシジミの減少が食い止められ、願わくば当地域でも普通にアサマシジミが見られるようになってもらいたいものと切に願う。

 これまでのところ、私はアサマシジミを野外で直接観察・撮影する機会はないが、古い標本の写真撮影をする機会を得た。産地は群馬県、山梨県、長野県、新潟県と各県にまたがっている。次のようである。

アサマシジミ♂ 群馬県子持山 1982.6.10 

アサマシジミ♀ 群馬県薬師温泉 1984.6.20 

アサマシジミ♂ 山梨県塩山 2003.6.28 

 
アサマシジミ♀ 山梨県御坂町 1999.6.26 

アサマシジミ♂ 長野県小谷 1964.6.8 

アサマシジミ♂ 新潟県妙高高原 1980.6.19

アサマシジミ♂ 長野県霧ヶ峰 2005.7.16 


アサマシジミ 左♂(群馬県子持山 1982.6.10 )、右♀(群馬県薬師温泉 1984.6.18 ) 

アサマシジミ♂ 上:長野県霧ヶ峰 2005.7.16 、中:長野県霧ヶ峰 2005.7.16 、下:群馬県子持山 1982.6.10 
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