真佐美 ジュン

昭和40年代、手塚治虫先生との思い出「http://mcsammy.fc2web.com」の制作メモ&「日々の日誌」

2011年12月17日 土曜日

2011年12月17日 23時21分10秒 | Weblog
6,671位 / 1,663,995
昨日 :11801歩 天気  晴
起床 :6時55分、
血圧 :115 64 脈拍 :57
体温 :35.8℃  体重 :68.3Kg
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7時38分、体温を計り40分血圧を測る。
妻が起きている様であった。
8時30分、湯たんぽを持って下に行く。歯磨き、洗顔、体重を計り、朝日新聞を取り込み、独数を解きながら、8枚切りで、朝食。今回の独数はやさしかった。
PCデポのチラシを見る。ノートパソコンの、メモリーが安く出ている。
9時過ぎ部屋に戻りパソコン1号機と、ノートパソコンの電源を入れる。メモリーの形式を調べる。
 売り出しているのはDDR3ノートパソコンのはDDR2556かな。合わない。
価格ドットなどで調べたりする。
 そんなことをしていると時間のたつのを忘れている。
今日も滝山で、もちつき大会が有る。昨日までは弟の家に行かなければと、あきらめていたが、昨晩、電話で解決したので、行く必要がなくなった。そこでまた。杵で打ったお餅が食べたいと思っていたのだ。妻を誘うが、忙しくていかないとの事、一人で行くことにしたが、時間を忘れていた。
10時50分、受付開始である。先着順で、品切れごめん。
10時35分、家を出る。右ひざが痛い。右足を着くたび激痛。出来るだけ静かにかかとをつける。しかし時間が無い。
六仙通り、お地蔵さん、父兄の人垣が出来ている。中央中学校まで続いているようだ。消防団の人たちも交通整理をしている。
そういえば、電柱に、ロードレース開催で9時から、ご迷惑をお掛けしますが、ご協力くださいのA3のポスターが、コースにたくさん貼ってあったのを見ている。
左、ブックオフへ行く道のほうから、中学生たちが駆けてくる。これは中央中学校の行事らしい。お地蔵さんを左に行く。中央中学校に近づくと、学生たちの応援が。来た出入り口が開いていて。女生徒の人垣が出来ている。ちょうど、スタート合図で大勢の男子学生が駆けてくる。2年生だと言う、話し声が聞こえている。先導するのか自転車に乗った、先生らしき人が、出口に出てきた5、6人の生徒に「校庭1周してからだぞ!」と怒鳴っている。
あわてて戻っていく。応援の女子生徒から、何々さん、かわいそうに、等と話し声が聞こえる。
 正門前、後ろから次々とかけてくる。そして戻ってくる。
10時38分、その先がお折り返しとなっていた。

 小金井街道に出て、新所沢街道。途中左折して、歩道から、水道施設に出る。
そういえば、うどんの会の、江森さんが、この近くだと言っていた、クレーンも見える。
偶然江森と言う、表札が有る、裏の庭を見ると、聞いていた、無線のアンテナ、塔が折りたたんであるので、下里小学校の屋上から見えなかったので、この家が、99%、そうであろう。後で聞いてみよう。

 滝山交番を過ぎ11時05分、滝山団地、西集会所に着く。

すでに始まっていたが、列に並ぶ。団地以外から来た人は、受付が別、すいていた。すぐに住所と氏名を書く、そして、お餅と、焼き芋の引換券を貰う。
 御餅は、あんと黄粉が一つずつ入ったパックと、割りばしセット、焼き芋は、すぐそばで、枝などを焼いたたき火で、出来たのを、アルミホイルに包んで一つずつ。それらをリックに仕舞う。
 第5消防団、新しい消防車、そのお披露目か、

子供たちに、ヘルメットをかぶせ、服を着せ、ホースを持たせ、記念写真、

お母さん方が、夢中で携帯で撮っている。

着せている装備は、隊員の物、

消防車の座席で、ホースを持って。

団員のお兄さんと一緒に。

新車の後姿。

展示会場を後にする。

火災報知器、1000円で、安く販売していた。など。
一回りして受付に戻ると、まだ人が来て、並んでいた。

餅つき、子供たちに付かせる、それを携帯で撮っている。

お母さんと、一緒に力を合わせ。

薪で、もち米を炊いている。

そろそろ炊き上がり。

ウスに運び、入れる。

3人で、杵でノス。

婦人会の人たちが、黄粉、餡子、パックに詰めていた。

落ち葉や、落木を取っておいて、たき火で焼き芋を焼いている。

11時30分、会場を後にする。
滝山名店街、広場。ヤマザキ前では、9時から13時まで朝市で、野菜類を販売していた。

 知っている人は手伝いに来ていたのか、鈴木さんだけであった。

11時52分、通りに出て、昨日ノートパソコンを買ったリサイクルの店に行く。
 フォーマットし直したことなど、店員さんとおしゃべり。
12時過ぎ店を後にする。相変わらず、右ひざが痛い。
12時40分家に戻る。妻がすぐにうどんを作りはじめる。「つい、またうどん」と失言する。
 炬燵に入りテレビを見ながら、うどんで昼食。
14時妻と次男が出かけて行く。
15時つまらないのでテレビを消し、炬燵もけしストーブも消して、部屋に戻りパソコンの電源を入れる。
16時30分、小腹が空き、プチフールさんに行き、パン1つ購入、家に戻り、コーヒーを入れ、お菓子を持って炬燵のスイッチを入れて、テレビをつける。
17時から、NCIS シーズン8を見る。
17時50分妻たち戻ってくる。買ってきた大福、御無薄日一個、4回目のコーヒーを入れて食べる。
妻が取り込んでくれた夕刊を見る。
朝日新聞の夕刊に以下の記事が載る。
asahi.com(朝日新聞社):14歳の手塚治虫描くヒゲオヤジ 初期作品集、1月発売 - 文化 asahi.com(朝日新聞社):14歳の手塚治虫描くヒゲオヤジ 初期作品集、1月発売 - 文化

「ヒゲオヤヂ」デビュー作 出版へ

 手塚治虫(1928~89)が旧制中学時代の14歳のとき、ペンを使って描いた初めての漫画「オヤヂ探偵」が出版される。これまで未発表だったが、資料的価値が高いため、来月発売予定の「手塚治虫・創作ノートと初期作品集2」(小学館クリエイティブ)に収められることになった。

 「オヤヂ探偵」は1943年3月、友人たちと回し読みするために描かれた。手塚作品でおなじみのキャラクター「ヒゲオヤジ」が初めて登場する。物音に驚いて跳ね起きたヒゲオヤジが、音の原因を探るところから始まる。薄い罫線(けいせん)が入ったノートを使い、74コマに割ってある。

 ヒゲオヤジは、同じ中学の友人、今中宏さんの祖父がモデル。表紙には今中さんの名前が「原作者」として記されている。
 作品集にはほかに、同じ年齢のときに描かれた漫画「バリトン工場事件」も採録。手塚プロダクションの森晴路資料室長さんは「晩年まで活躍するヒゲオヤヂのデビュー作で、資料としての価値が高い。『探偵』としたのは、当時読んでいたシャーロック・ホームズなどの影響もあるのだろう」と話している。(高津祐典)

以上朝日新聞12月17日夕刊より転用。
著作権38条
 外に行き電飾のスイッチを入れてくるが、だんだん寒くなる。
炬燵に入っている。
19時15分夕食、テレビを見る。
21時部屋に戻りパ足根の電源、デジカメ取り込みや歩行計データーなど。メールチェック。
21時22分、日記調にメモる。
21時33分、お風呂が沸いたと呼ばれ下に行く。顔など洗い、シャワーにして頭を洗うが、跳ね返ったシャワーの湯が水の冷たさ。シャワーに切り替えると、すぐには暖かくならず、水の冷たさ。湯舟に使う、とてもひげなど剃ってはいられず、21時51分風呂から出る。
部屋に戻り、ブログを書き始める。
ものすごい勢いで、体が冷える。手足が冷たくなり、キーボードを打つ、指先の感覚がなくなる。
何の事は無いもう23時20分を過ぎている。長男はまだ帰宅せず、バイクではさぞかし寒いであろう。投稿する。
コメント
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