貢蕉の瞑想

青梅庵に住む貢蕉の日々のつぶやきです。

直江津・高田 

2017-04-13 14:18:51 | 日記
直江津・高田 

五智国分寺

上越市五智3-20-21 

2015年(平成27年)9月19日(土)

午後1時15分~2:00

曽良旅日記によれば、陰暦6月25日

(陽暦8月10日)に酒田を発った芭蕉一行

は村上、新潟、弥彦、出雲崎と歩を進めて、

陰暦7月6日(陽暦8月20日)に直江津に

着いた。

 出雲崎の次の宿泊予定地は柏崎で紹介状も

あったが、気に入らないことがあって次の

宿場の鉢崎に泊った。

 直江津でも宿泊予定の寺が忌中で泊れず、

すったもんだしたが、雨が降ってきたので

別の家に泊ることになった。

 夜、句会が開かれ、その時の発句が当日の

七夕前夜を詠んだ 

「文月や 六日も常の 夜には似ず」

の句である。

 その句碑が旧直江津市と旧高田市が合併して

出来た上越市の琴平神社にある。

芭蕉は七夕の日も雨だったので直江津に留

まったが、曽良の俳諧書留には七夕として、

「荒海や 佐渡に横たふ 天河」

の句が記されている。

 出雲崎で想を得たものが直江津で完成したと

思われるが、柏崎、直江津で宿を断られたりし

た不快な思いが「銀河ノ序」ノ舞台を出雲崎に

したのだといわれている。

陰暦7月8日高田の細川春庵(俳号棟雪)宅に

移り3泊するが、その時の句会で

「薬欄に いずれの花を くさ枕」

の発句を詠んだ。

 春庵は医師であり、薬草園があったので

挨拶句として薬欄の言葉を入れたのだろう。

 その句碑が琴平神社から海岸沿いの道路を

1~2キロほど行った五智国分寺にある。

 芭蕉は春庵に句の真蹟を与え、それが

五智国分寺に奉納されたと鈴木牧之の「雪譜」に

書かれているそうで、その縁があって

文化13年(1816)に句碑が建立されたという。

五智国分寺入り口



山門 阿吽像は木造



本堂



三重塔





芭蕉句碑



芭蕉句碑 「薬欄にいづれの花を艸まくら」