貢蕉の瞑想

青梅庵に住む貢蕉の日々のつぶやきです。

岩沼市: 竹駒神社①複雑な由緒!

2024-12-27 15:13:29 | 日記
令和6年12月27日(金)
岩沼市: 竹駒神社①               
 二度目の参拝!
<表参道鳥居>

 竹駒神社は、
宮城県岩沼市中心部にある
稲荷神社である。
<石の鳥居>

 別名竹駒稲荷とも呼ばれ、
旧称は武隈明神。 
 日本三大稲荷の一つ?  
毎年正月三が日には、
陸奥国一宮の鹽竈神社と
東北地方で一、二を争うほどの
初詣客で賑わう。
<随神門(楼門)>
<その説明>

 社伝では、
承和9年(842)、
小野篁が陸奥国司として赴任した際、
伏見稲荷を勧請して創建する。 
<唐門>

 後冷泉天皇の治世
(1045~1068年)に
陸奥国を歴遊中の能因が、
竹駒神社の神が
竹馬に乗った童の姿で
示現したとして、
当社に隣接して庵を結ぶ。    
 これが後に
別当寺の竹駒寺となる。
 明治政府の神仏分離により、
明治2年(1869)、
竹駒寺は少し離れた
現在地に移転。
 その際、
国家神道の流れの中で、
明神思想に基づく
武隈明神が否定され、
それ以降、
稲荷神が主祭神とされる。

 明治7年(1874)、
竹駒神社は県社に列格する。
 かつての社殿は、
1710年に
仙台藩の5代藩主伊達吉村によって
造営されたもの。
 市の文化財に指定されたが、
平成2年(1990)11月21日未明、
革労協の放火により焼失。 
 現在の建物は、
平成6年(1994)に
再建されたもの。

 「竹駒」という社名は、
現岩沼市域の旧称
「武隈」の転訛であり、
もともとは、
市内を流れる阿武隈川に
由来するといわれている。
<境内にある「おくのほそ道碑」>

 ~つづく。



柴田郡柴田町: 大 光 寺和尚の彫った五百羅漢と芭蕉句碑!

2024-12-26 15:39:40 | 日記
令和6年12月26日(木)
柴田郡柴田町: 大 光 寺        
 こぎれいな山門を潜る。

 すぐ本堂に行き、参拝。
<本堂>

 御神木の銀杏の大樹がある。
 晩秋には銀杏がよく栄える。
<ご神木>

 本堂裏手に
地下霊場のようなものがあり、
内部に五百羅漢の石仏がある。
<五百羅漢>


 流行した疾病平癒を祈り
「環中道一和尚」
が彫ったものだという。

<庭園>
<芭蕉句碑>

 芭蕉句碑は、
「名月や 
  池をめぐりて 
   よもすがら」。 
 この句は、 
隅田川に舟を浮かべ、
名月を楽しんだという
芭蕉庵での句。


柴田郡柴田町: 繁 昌 院「鶯の 笠落したる 椿かな」!

2024-12-25 14:29:24 | 日記
令和6年12月25日(水)
柴田郡柴田町: 繁 昌 院          
 白石川の岸辺にあり、
東の寺ともいう。
<鐘楼>

 対岸の柴田町船岡で
有名な「一目千本桜」を
見渡せるという。
 大河原町は宿場町で、
商店街に面した参道から入る。
<スイセンノウ>

 その参道から入る門は
勝手門のようなもので、
右手には仁王門という
立派な山門がある。
<山門は仁王門>
<本堂と阿吽像>

 右手に
「選仏堂」 (座禅堂)があり、
その正面に芭蕉句碑がある。
<芭蕉句碑>

「鶯の 
  笠落したる    
     椿かな」
 伊賀上野の
西島百歳亭で詠まれた句だ。
<白石川>
<千本桜>

 白石川には、観音様が!
結縁へと導くという。
<観音様>

 息子の良縁が
結縁へと誘われることを祈る。
早速その効用あるとは・・・。
祈りは叶う!   




白石市: 白石神社 城来ロード!

2024-12-24 15:40:52 | 日記
令和6年12月24日(火)
白石市: 白石神社    
<鳥居>
       
 この神社の由緒板
があればと思う。
<社殿>

 石碑には
「あまたの武将通りたる」
と記されている。
<あまたの武将通りたる記念碑>


 ご婦人がひとり、
きれいに掃除されている。
 武将のみならず、
あまたの人が
参拝されているのだろう。
 駐車場からシルクロードならぬ
「城来道」(シロクロード)
として整備されているのも                    
ユニークで面白し。
<シロクロード>

 芭蕉の句碑は見当たらず!



白石城公園③蔵王600号記念子規の句碑や地元俳人句碑など!

2024-12-23 16:34:31 | 日記
令和6年12月23日(月)
白石城公園③
 二の丸跡下の
「山吹の小径」を散策していると、
高浜虚子の句碑が見つかる。


  虚子の句は、
「羽と陸と   
  併せて蔵王  
    夏の山」
 地元出身の鈴木綾園の句は、

「行秋の 
  山風あらき   
   籬(まがき)哉」。

 松窓乙二の句は、

「栗まくや 
  わすわすの山   
     西にして」
である。
 白石城は、
どこから見てもきれい! 
  
     
 松の間からも楽しむ。