以前は『まんが日本昔ばなし』、市原、常田ご両人の独特の語り口調での番組があった。
私が母から聞かされていた昔話、そして私が子供に聞かせていた昔話、今はどうなんだろう、
時代が変わった今、母から聞いた”桃太郎”や”安珍と清姫”とか、”一寸法師”や”かちかち山”とか、
今の子供たちもに聞かせているのかなぁ、通じるのかなぁとかそんなことを思うようになった。
昨年孫が二人できて、その発育途上孫達の興味が教育TVの子供番組に向いたりして、
おのずと大人である私たちも見るようになったからだ。
朝から娘はなつめと出かけたが、つけっぱなしの子供番組を片付けながら聞いていた、昔話である。
聞こえていたのは”花咲爺さん”最後まで懐かしく聞いたが私の記憶する話そのまんまだった。
健在なんだ、とても嬉しかった。 そう言えば、近所のスーパーで見た、おとぎ話の手ごろな本。
子供への読み聞かせを良く耳にするが、今の時代だからこそ、話の中の倫理観が大切なんだろう。
娘は母乳で育てているせいか、なつめは川の字もしくはそれに近い格好で親子同じ布団で寝ている。
ベビーベッドは全くと言っていいほど使っていない。
私の幼少の頃、(昔はみんなそうだったと思うが)生まれた子供は川の字で両親の真ん中で、
それも寝かしつける時は必ず母の昔話を聞かされながら寝たものである、それは毎晩。
三つ下の妹の時も、そのまた三つ下の妹の時もそう、一番下の妹のときはいいなぁ・・、
両親の間で目を輝かせ嬉しそうに話を聞く妹を、恨めしく思ったことがあった、私もそうしてもらったのに。
今でも妹に話して聞かせていた母の姿、話すそのときの情景をはっきりとおぼえている。
清姫に恋焦がれられた修行僧の安珍が、逃げて梵鐘の中に隠れたとき大蛇になって探す清姫が呼ぶ
「安珍さ~ん、安珍さ~ん」 あの時の母の言いぐさや声は鮮明に記憶している。”安珍と清姫” の話。
昔ばなしの中には、人として大切なもの、善悪のこと等中に織り込まれていて楽しみながら、
教え学ぶことが出来る。 母の寝かしつけるときの話の中や自分でも読むようになり、
なるほど心に刻まれた事柄は沢山あり、自分の心の糧になっていたんだと思う。
いつか孫たちにこんな昔ばなしをする出番が回ってくるかなぁ。 おさらいをしておかなくては。
次女が同居を希望した理由の中のひとつは、こんなことだったんだろうか。
おじいちゃんおばあちゃんがいるような環境の中で子育てしたいなぁと言っていたけれど。