宝山荘
2024-05-03 | 雑記
きのうはお天気も良くて、
やっと衣替えをすることができました。
お昼から、
開催中の布屋ガレージセールへ行って来ました。
型押しガラスのゴブレットを手に入れました。
ずっしりと重い大きなグラスです。
nunoybiruさんと思わず長話をしてしまって、
昔、西大分に古い洋館があったのを覚えていると彼女が言ったので、
私はそこに住んだ事があるといって驚かれました。
洋館は宝山荘と言われていました。
手製のアルバム
往時はそれは立派な建物だったのでしょうが、
私の知る洋館は、この通り古くて、
お化け屋敷と言われていたようです。
住むようになった経緯は、
詳しいことは分かりませんが、
若かりし父が、仕事で付近一帯を団地造成したので、一時的な居場所になったようです。
当時は何もない山でした。
中は広くて、正面に暖炉があり、
2階へは絨毯のひかれた螺旋階段で上ります。
ボロボロながら趣のある物でした。
私が20歳の頃なので、
もう半世紀以上も前のことです。
まさかこの歳でこんな話が出るとは思いもしないことでしたが、
nunoybiruさんの記憶に残る洋館の写真です。
その後、結婚して大分を離れたので、
この洋館がいつ壊されたのかは知りません。
当時から写真好きでしたので、
この手製のアルバムも捨てずに残っていました。
まあ、わざわざ書く必要もないことだったのかもしれませんが、
実はきょうで、
私のブログも5000記事と、
なんだかすごい数になった記念というか、
こんな誰も知らないと思っていた洋館を思い出す日になりました。
ブログを書かれてから5000回目
おめでとうございます🎊㊗️🎉
凄い回数ですね! 毎日続けていくことって
本当に凄い事だと思います。何年なんでしょう。
素晴らしいことですねぇ〜♪
お写真の洋館に住んでいらした事があるのですね。
立派な建物で、可愛らしいお城みたいです。
部屋数は何部屋くらいあったのですか?
一度住んでみたいなー❣️
こんにちは。
ありがとうございます😊
計算してみると18年近く続けているようです。
すでに日課と化しています。
洋館はどう見てもお化け屋敷と言われても仕方ないくらいボロでした。
一階がお客様をお迎えするような広いホールで、
隣に狭い部屋があり、父はここで寝起きしてました。
私は短い間でしたが、二階に上がった右の部屋、
中の部屋ともう一室あったのか、もう定かではありません。
一応飲食できるように改造していました。
工事の間だけの仮の住まいでした。
でもボロなりの魅力もあり、
というか普通の住まいのようではなかったので、
忘れられない経験になりました。
あんなところに人が住めるの、というレベルでした。😅
えー、そんなになるんですね。
もう溜め息がでます。
記事を書くのは時間がかかるのではないですか。
毎日、楽しみに読ませていただいていますが、
先生の頑張りを思って、これからは今までより
もっと心して読もうと思います。
こんばんは。
時間はかかる時とすぐ書ける時とあります。
旅行記などは、調べたりもするのでかかりますが、
大抵はおやつか花なのでなんてことないです。
頑張ってないので、さらっと読んでください。
ただの日記です。
それでもいつの間にか月日は経つものですね。
それだけ歳をとったということです😂