塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

日本代表に切り札はあるか

2022-03-17 21:32:47 | 日記
 ヴァイド・ハリルホジッチはワールドカップ出場権を得たものの、本大会に向けて選手たちとの間に不和、相違があると考えられ解雇されました。

 ジーコやフィリップ・トルシエの時もそうでしたが、指揮官が「外国籍」であることは批判しやすいと考えるのあれば、それは実に短絡的であり危険だと思いますよ。

 国籍が日本であろうがなかろうか、代表監督には「適切な表現」で意見、拍手、批判が向けられるべきです。

 現在水戸ホーリーホックとヴィッセル神戸が、スマートフォンを用いた悪質な雑言に断固とした態度をとると示しているように、選手と代表監督の人格否定などはあってはなりません。

 フランス代表ではレイモン・ドメネクという、個人攻撃したくなるようなマネージメントの指揮官がいたことも確かですし、2010年ワールドカップは

 ニコラス・アネルカとパトリス・エブラを軸に、選手たちが練習をボイコットする
 フランク・リベリがヨアン・グルキュフを孤立、疎外させるよう仕組んだ

 と言われるほど、最低最悪の雰囲気だったと言いますしね。

 仮にオーストラリア代表、ベトナム代表戦で日本代表が躓き、プレイオフに回ると仮定します。

 その際日本サッカー協会の反町技術委員長は、ヴァイド・ハリルホジッチで本大会を戦うことは無謀だという4年前のように、思い切って監督交代を決断するでしょうか。

 それとも最後まで森保体制を継続させる判断を下すでしょうか。

 仮に追い詰められたとしても現体制を存続させることは、招集選手の顔ぶれにも変化がなじゅ、対戦相手のスカウティングは実に容易になるという面はあるでしょうね。

 1994年米国ワールドカップの際、アルゼンチン代表はマラドーナ、ブラジル代表はロマーリオを最後の最後で復帰させ、見事出場権を得ました。

 そもそも日本代表にそこまでの切り札はいませんから、やはりオーストリア代表戦に集中という形に何ら変わりはしませんが。
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僕はサプライズが必要とは思えません

2022-03-17 21:10:45 | 日記
 森保一日本代表監督がオーストラリア代表とベトナム代表戦に臨む27選手を昨日発表しました。
 
 仮にオーストラリア代表に勝利し、ワールドカップ・カタール大会への出場権を得たとしましょう。

 僕は今回招集された27名が、基本このまま本大会の招集選手になると思います。

 前回の2018年ロシア・ワールドカップと大きく異なるのが、新型コロナウイルスの影響が全世界で落ち着きを見せず、大会直前、つまり事前合宿中に羅漢した選手がいれば、有機的に入れ替え措置ができると思っているためです。

 今回の招集選手は27選手ですが、当然この中には故障やコロナ以外の病気で離脱する選手が出てくる可能性は否定できません。

 ですから指揮官は33名程度の集団を脳裏に描き、その中から23選手を選択すると、僕は勝手に予想します。

 つまり、マスメディアが自分の媒体を「金に換算」できる刺激的な記事は執筆できないと思いますよ。

 サプライズなど別にある必要はありませんし、そんなにサプライズが必要なのであれば、自分の執筆する腕前が備わっていないと、僕ならば完全に自己反省します。

 よく2006年ワールドカップの際、ジーコが最後に「巻」と発言し、会場にどよめきが起きたことを「サプライズ」と呼びますが、違いますよね。

 最後までジーコは久保竜彦のコンディションを注視し、契約先のディアドラも専用スパイクで応援しました。

 久保だけでなく彼の医療スタッフも発表当日まで全力で治療に励み、彼の体調がワールドカップ本番で最高の形に仕上がるようにしましたが、結果体調が戻らないとジーコは判断(観念かもしれません)したからこその決断でした。

 ワールドカップ23名を、22名になる形で戦うことはバカのすることであり、仮に本大会に久保を帯同させ、怪我が再発していればマスメディアはここぞと手のひらを返してジーコを罵倒したはずです。

 以前にもお話ししましたが、サプライズは不要ですよ。

 それは最後まで欠陥を埋めることができなかった証ではありませんか。
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コンバートは必要ですか

2022-03-17 21:01:46 | 日記
 アレックス・ファーガソンはリーズ・ユナイテッドから獲得したFW、アラン・スミスを「何故か」センター・ミッドフィルダーにコンバートしました。

 僕はこの決断の背景がさっぱりわかりません。

 ユナイテッドは今季も含めて過去5年無冠ですが、スポンサー収入を軸にした財源に衰えはなく、ファーガソン陣頭指揮下ならばなおの事でした。

 つまり、わざわざボックスエリアで一番力を発揮できる選手を、センターサークル付近まで下がらせ、相手攻撃陣からボールを奪い、パスを供給する役目を担わせる理由は何でしょうか。

 ユナイテッドは2010年代前半、スパーズから獲得したマイケル・キャリックの年齢問題に直面し。センター・ミッドフィルダーの補強は常に課題でしたが、彼らの資金力を考えれば選手をコンバートするよりも、補強費用を工面して本職を雇う方が適切ではないでしょうか。

 本来のポジションでは「ない」ポジションを「勝手」にあてがわれ、懸命に奮闘することは時間の無駄ですよ。

 アラン・スミスは最後、ユナイテッドを去る事になりますが。僕が彼ならば本職で勝負してそれでも駄目なら致し方ないが、コンバートの上での退団は最悪だと思ったでしょうね。

 マンチェスター・シティもグアルディオラ就任初年度のGKはイングランド代表のジョー・ハートでしたが、彼はトリノへのレンタル移籍など紆余曲折を経て現在はセルティック・グラスゴーに移籍して活躍しています。

 彼の場合は自分の能力ではなく、グアルディオラが求めた能力が備わっていなかったという形で追い出された格好で、アラン・スミスよりは納得できるかもしれません。

 ポリバレントという言葉もそうですが、便利屋的に選手を起用することは、指揮官やマスメディアの傲慢さではなかろうかといつも感じるのです。
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