塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

浦和と今治に新しい外国籍選手がやってきます

2022-03-25 21:50:31 | 日記
 浦和レッドダイヤモンズはスイス1部リーグのセルベットFCより、オランダアンダー21代表経験を持つアレックス・シャルクの獲得を発表しました。

 またFC今治はアレックス・シャルケ同様、オランダ出身のセウイントイエンスの入団を決めています。

 日本の3部リーグに、2部とはいえエール・ディビジで347試合の出場歴を誇る選手が移籍する。(いずれも超ワールドサッカーより)

 これらの実例は、欧州でもJリーグの認知度が認識され、移籍先として魅力的で有意義であると考えられた始めている証拠ではないでしょうか。

 その背景には

 1・日本代表がアジアの常連としてワールドカップに参戦し続けていること
 2・多くの日本人選手が欧州で場数を踏んでいること

 という、以前よりもJリーグに対しての認識が深まり、同時にかつてから魅力的だった治安の良さと、鉄道や飛行機に遅延がなく食生活も豊富である、これらを総合して選手と代理人が考えている、と感じます。

 恐らく中国スーパーリーグは、Jリーグが30年かけて行ってきたこれらの「地道」な作業を余計な事だと考え、全てすっぽかし

 「選手にとにかく高い報酬を約束する」
 「突出した戦力でアジア全土に名前を刻む」

 という点にだけ焦点を当てすぎたのでしょう。

 2010年代、AFCチャンピオンズ・リーグでは「広州恒大」というクラブは一つの象徴であり、対戦相手からすれば厄介極まりない相手「でした」が、現在ではサウジアラビアのアル・ヒラルがそうかもしれません。

 チャンピオンズ・リーグには欧州もそうですが、その時代の代名詞となるクラブが存在し、中国リーグはその点も理解していなかったように感じます。

 Jリーグのような地道な作業はいずれ「丁寧」という価値観に変化し、だからこそファンが集うのではないでしょうか。
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イタリア代表、カタール大会は不出場へ

2022-03-25 21:33:10 | 日記
 1970年メキシコ・ワールドカップ。

 8強で実現したブラジル代表対イングランド代表の一戦は、周囲から事実上の決勝戦ともいえる、まさに至極の対戦であり、完璧と讃えられたペレのヘディング・シュートを、ゴードン・バンクスが鮮やかに描きだした場面は、今でもハイライト・フィルムで採用される、素晴らしいプレイでした。

 イングランド代表の主将であるボビー・ムーアが、ブラジル代表を飛び越え、サッカー界の「イコン」となっていたペレとフェアに戦うその一戦を考慮すれば、まさかイングランド代表が次のワールドカップに出場するのは、1982年スペイン大会になるとは考えもしませんでした。

 イングランドは1974年西ドイツ大会、1978年アルゼンチン大会と2大会連続で出場を逃し、母国としての誇りと威信は決定的に崩れ去ります。

 一方のブラジル代表も1970年ワールドカップ優勝を置き土産にペレが引退し、1974年西ドイツワールドカップでは

 オランダ代表とヨハン・クライフ
 彼らの前に0-2で完敗
 この大会から、ブラジル代表でさえ欧州の影響を受ける形になる

 という、ある種の節目を感じた形でした。
 
 フランス代表も1990年イタリア大会、1994年米国大会と2大会連続不出場の後に、1998年自国開催という大きな重圧を跳ね返すために、1996年欧州選手権をシュミレーションとして活用するほどで、指揮官エメ・ジャッケはこの時点で

 「エリック・カントナは招集しない」 
 「それはジャン・ピエール・パパンとダヴィド・ジノラも同様」

 と判断します。

 そして2022年のイタリア。

 北マケドニア代表に敗れ、彼らも2大会連続でワールドカップに出場世来ません。

 欧州選手権優勝という素晴らしい結果を残したマンチーニは、もう辞任の意思を固めているでしょうし、指揮官の選出から代表選手の招集に至るまで、イタリア代表がやるべきことは相当数あるように感じますね。
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日本代表、ワールドカップ出場へ

2022-03-25 21:06:02 | 日記
 米国とカナダ、メキシコという史上初めて3カ国共同開催となる2026年ワールドカップは、参加国が現状の32から48に大きく拡大します。

 従って今回のアジア最終予選が、2025年にどのような形になるのか定かではありませんが、やはり敗北の許容範囲は1敗までではないでしょうか。

 日本代表が韓国代表、イラン代表と対戦する機会は最近減少していますが、仮にグループAでこの3カ国が鎬を削る形だったならば、巷間単にワールドカップ出場は得られなかったかもしれません。

 さて、その日本代表は敵地でオーストラリア代表に、三笘薫の2得点、しかも6分間の出来事に世界中が仰天したわけですが、ここにきて1993年の中山雅史のような存在が登場した、と考えるべきでしょうか。

 ハンス・オフトは中山雅史を

 不利な状況を好転させるための存在
 その熱意溢れるプレイが、周囲を感化させ戦う集団へと変貌させる

 ということで重用していました。

 ジーコの時代には大黒将志がおり「大黒様」とマスメディアがもてはやしたものですが、交代枠が当時の3から現状の5に変更となった今、やはり交代選手が決定的な形で立場を築く、この点は非常の頼もしく、同時に痛快ですよね。

 ただ、三笘薫を先発で起用し常に対戦相手の最終ラインとGKに負荷を与える、という着眼点もありますし、今後森保監督がどのような形を求めるのかは焦点となり得ます。

 オーストラリア代表戦の1トップは大迫勇也の代役として浅野拓磨が起用されましたが、ポストプレイという基準点を求めるならば、鹿島アントラーズの鈴木優磨は最後の滑り込みでだいひょ招集の可能性は捨てきれないと思います。

 ベトナム代表戦では恐らく、林大地と上田綺世のいすれかが先発になるでしょうが、列強と戦う際のポストは重要であり、指揮官も考えを変える可能性、あるのではないでしょうか。
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