塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

スパイクの廃盤とリニューアルについて

2022-02-23 22:15:23 | 日記
 ナイキのエアー・ジョーダンシリーズは、カラーバリエーションは除き、1年に1度新作が登場する形を崩さなかったからこそ、支持され続けているという声があります。

 エアー・ジョーダンの大成功を受け、リーボックが挑戦したのは

 1992年ドラフト1位指名をオーランド・マジックから受けた、シャキール・オニールを顧客に迎えること
 そして彼の専用バッシュを発売することでした。

 実際リーボックはオニールと契約しますが、専用バッシュを短期間で開発、発売、また「シャック・トレイナー」のような、トレーニングシューズも発売するなど、ひいき目に見ても乱発しすぎたせいか、急速の支持をなくし、最終的には契約を終えてしまいます。

 その反省を活用したのか、1996年に契約したアレン・アイバーソンの場合は、乱発はしませんでしたね。

 ナイキもレブロン・ジェームズとの契約では、プレイオフ専用シューズなど別モデルを開発、発表しましたが名前入りバッシュは乱発しない方が価値がある、という点を改めて教えてくれた事例と言えます。

 サッカー・スパイクもそうですね。

 スパイクの場合、選手使用品でなくとも近年は廃盤と新商品の投入サイクルが極端に短い印象を受けますし、むしろ販売店や購入者など現場が混乱しているように感じます。

 アディダスがレオ・メッシのシグネイチャー「エックス・フロー」を開発、販売しますが、以前はネメシズでしたよね。

 NBAはトロント・ラプターズと対戦する以外はすべて米国で行われますが、サッカーは国境を常に超えますから、常に最先端技術が求められる、だからこそ廃盤とリニューアルの間隔が狭いのだと思います。

 ただ、シグネイチャーという概念を消費者に訴えるのであれば、もう少し我慢しえ市場への浸透力を待った方が良いのではないかと感じます。
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ハメス・ロドリゲス、カタールからの移籍を希望

2022-02-23 20:35:20 | 日記
 エバートンはラファ・ベニテスからフランク・ランパードへ政権が変更しました。

 ラファ・ベニテスの招へいはカルロ・アンチェロッティがレアル・マドリード指揮官として移籍したためで、ある意味急場しのぎの形でした。

 開幕前からリバプールの指揮官であったベニテス就任を嫌がるファンは多く、それでも就任したベニテスは根っからのコーチという気持ちの反面、チェルシー時代も同様の理由で嫌悪されたように、口の悪さをどう考えているのかが気になりました。

 ベニテス就任が移籍を促進させたのが、カタールのアル・ラーヤンでプレイするハメス・ロドリゲスです。
 
 2014年コロンビア代表として8強進出の大きな立役者となったロドリゲスが、ここまで移籍を繰り返せねばならない理由が僕にはよくわかりませんが、彼自身は公式に

 「カタールを離れない」

 と語っています。

 やはり、観客動員が見込めないことや欧州ほどソリッドでない展開は、つまらないと通り越して居心地が悪いのでしょうね。

 ならばファンも多く、指揮官も外国籍が増えてきたJ1はどうですか、と声をかけたくなりますが、やはり欧州の最前線で活躍してきた選手にとって、アジアと北米、そしてオーストラリアは引退を考える際、に移籍を検討する場所なのでしょう。

 ランパードはチェルシーを去って以来、エバートンで指揮を執るまで休暇の形でしたから、ベンチに腰掛けられることに興奮していると思います。

 ただ間違ってはならないのは、彼は「エバートン」の指揮官であるという点です。

 2019シーズン チャンピオンズ・リーグ
 2020シーズン 国内リーグ

 2季続けて優勝し、勢いに乗るリバプールをこれ以上見たくない、エバートンは負けていないと思うファンがいれがいるほど、ランパードの責任は大きく同時にすぐ結果を求められるわけですからね。

 難しいミッションといえます。
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サッカークラブの摩訶不思議

2022-02-23 20:23:26 | 日記
 お金という資産は大切にせねばなりません。

 仮にステーション・ワゴンのような大型車に乗っているのならば、軽自動車の購入を検討する
 病気や交通事故、災害に備えて毎月必ず貯金をする
 ギャンブルはしない、しても適度に行う

 これらはわざわざ「ファイナンシャル・プランナー」に相談しなくとも、誰もが思いつきます。

 例えば僕は散髪をご近所の税込み1100円カットで済ませていますし、これまで愛用してきた自家用車はすべて燃費の良い軽自動車です。

 その一方でサッカー・クラブは不思議なことに

 「借金をしても有力選手は手にするべきだ」
 「むしろ借金であえいでいる方が、強化に力を注いでいる」

 とわけのわからない理屈があります。

 例えばFCバルセロナ。

 サラリー・キャップの事情でレオ・メッシを手放しましたよね。

 普通、これだけの名手は簡単に0円では手放しませんし、チャビ・エルナンデスのようにできる限り長く在籍してもらうような、敬意ある契約条件を提示することが当然ですよね。

 しかし、バルセロナは彼を手放しましたが一方で

 契約解除金はかからないが、高額報酬を希望するオーバメヤンを獲得
 ではメンフィス・デパイはもうお払い箱なのか
 1500億円も借金があり、利子がどんどん膨らむにもかかわらず、500億円を調達してハーランドの獲得を目指す

 もはや彼らの懐事情を含めて何がしたいのか、さっぱりわかりません。

 常にナイキとくすぶっているバルセロナですから、プーマが新契約を希望しているという話もあります。

 アディダスはレアル・マドリードを抱えていますから、アプローチはないでしょうがむしろ借金返済にあえぐクラブを支援すれば、プーマに対しての視線がマイナスに作用する気もしますね。

 僕はやはり刺激的な生活ではなく「平々凡々」でいいですよ。
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監督の哲学をどう判断すべきか

2022-02-22 21:32:48 | 日記
 指揮官、とりわけ代表監督は頑固、言い換えれば筋が通っている方が良いのか、柔軟性、言い換えれば周囲の意見にさゆうされやすい方が良いのか、正直判断ができません。

 現在リールで指揮を執るのはマルセロ・ビエルサです。

 リールでもオランピック・ドウ・マルセイユでも4-2-3-1を敷いていますが、彼の代名詞は中盤ひし形の3-4-3ですよね。

 韓日ワールドカップに向けた南米予選を圧倒的な強さで勝ち抜く一方、ファンの識者も

 3-4-3は1トップだよな
 エルナン・クレスポとガブリエル・バティストウータを同時起用できないものか

 とジレンマを抱えていたのです。

 ビエルサからすれば

 1・中盤ひし形の3-4-3こそ自分の分身である
 2・従ってこの形を崩すことは論外である
 3・二人を同時起用したいのならば、監督を変えればよい
 4・そもそも体格的にも、選手としての個性も似通っている二人は並び立つのか

 という点を内心考えていたと思います。

 そう、戦術というのは監督の内面を写す鏡のような形なのでしょうね。

 日本代表監督のフィリップ・トルシエのフラット3
 ユルゲン・クロップのカウンター・プレッシング
 アリゴ・サッキのゾーイング・プレッシング

 などは、指揮官の個性と共に語られますが、その中でもクロップはもう少し柔軟性に富んでいると思いますよ。

 トルシエが2001年、スペイン代表と戦った際も、フラット5という名目で守備に重点を置き「すぎた」戦術を採用し、周囲は半ば呆れた表情で見ていたものですが、彼はスペインを無得点に抑えた為に、ご満悦でしたが得点もなしでした。

 指揮官を選んだ以上、契約解除金も含めて簡単に監督交代とはいきませんから、下調べは丹念にということでしょうか。
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怪我で将来が変化する事

2022-02-22 21:10:40 | 日記
 アマチュア、プロフェッショナル問わず、フィジカル・コンタクトが避けられないサッカーでは、当然怪我の危険性は高いと言えます。

 その怪我が選手の未来、現在を大きく変えてしまう事もまた事実であり、将来が光り輝いているとみなされた選手も、引退に追い込まれる事例が多々存在します。

 現在でもブラジル代表のライト・フルバックとして知られるダニ・アウベスですが、その前任者はインテル・ミラノ、ASモナコなどでプレイしたマイコン、その前は韓日ワールドカップ優勝、そして主将を任されたカフーでした。

 カフーの代表引退後、マイコンが代表定着を果たしたと考えがちですが、本来はここに「シシーニョ」という選手がいましたね。

 サンパウロに在籍していたシシーニョは、2005年日本開催のFIFAクラブ・ワールドカップで優勝し、その後レアル・マドリードに移籍、この名門にもすぐに馴染みレフト・フルバックの定位置をしんなりうと確保します。

 そして2006年ワールドカップにもエントリーし、シシーニョは代表でもクラブでも満足のいく成績を残していたものの、膝だったと思いますが重症を負ってしまい、レアル・マドリードでの出所機械が大幅に減少してしまいます。

 彼はレアル・マドリードからASローマに移籍しますが、セレソンの指揮官ドウンガが重用したのはマイコンでした。

 2000年代中期から後期のインテル・ミラノは

 1・ユヴェントスのカルチョ・ポリとACミランとフィオレンティーナの勝ち点はく奪でセリエAで優位に立つ
 2・ロベルト・マンチーニ政権でスクデットを獲得
 3・その集大成が2010年の3冠、ホゼ・。モウリーニョと共にUEFAチャンピオンズ・リーグを勝ちとる

 という結果で、マイコンはこの二人の指揮官から大きな信頼を得ました。

 この時代のローマはインテルに肉薄するもスクデットは得られず、そのためシシーニョの印象が薄まった可能性は否定できません。

 「怪我」は選手の苦難をもたらしますが、同時に多くの方が自分に協力してくれている、という風景をもたらす意味合いもありますから、複雑な心境ですね。
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