子供の時から山菜とりをし、山菜を食べることが楽しかつた。春一番に「やちぶき」とり、これは固雪を渡ってとりにいったものです。あのほろ苦い味は懐かしい。そして雪が消えると「山わさび」を掘ってくる。あれをなめながらの飯はうまかった。今は、スーパにいくらでも出ている。子供の時のことが忘れられなく、家の周りに植えてあるので買って食べようとは思わない。続いて蕗、独活、蕨、せり、三つ葉、なかでもアイヌねぎは格段にうまい。
結婚してからは、その時々、季節の山菜を探して歩くようになつた。車に乗れるようになってからは行動範囲も広くなり、随分遠くまで出かけたものです。美唄にいた頃から、もっぱら月形方面にでかけ、五月の初めはアイヌねぎ、続いて蕗、独活、竹の子、わらびと随分と取ったものでした。過去形になりましたが、この頃は家内が取ってきても処理がめんどうだからとか車が危ないとか、熊が出るとかといって、行かせてくれない。自分で取ってきて食べる醍醐味を棄てたくないのだがめっきりでかけなくなった。札幌にいては鶯の鳴き声もきけないけれど、月形の谷間に行くと思わず聞きほれる、鶯の声に出会えるのです。こんなことを考えただけで、行ってみたいとちが騒ぐのですが、結局アイヌねぎもスーパーで、独活もスーパーでとなるのでしょうか 情けない。
結婚してからは、その時々、季節の山菜を探して歩くようになつた。車に乗れるようになってからは行動範囲も広くなり、随分遠くまで出かけたものです。美唄にいた頃から、もっぱら月形方面にでかけ、五月の初めはアイヌねぎ、続いて蕗、独活、竹の子、わらびと随分と取ったものでした。過去形になりましたが、この頃は家内が取ってきても処理がめんどうだからとか車が危ないとか、熊が出るとかといって、行かせてくれない。自分で取ってきて食べる醍醐味を棄てたくないのだがめっきりでかけなくなった。札幌にいては鶯の鳴き声もきけないけれど、月形の谷間に行くと思わず聞きほれる、鶯の声に出会えるのです。こんなことを考えただけで、行ってみたいとちが騒ぐのですが、結局アイヌねぎもスーパーで、独活もスーパーでとなるのでしょうか 情けない。