その昔。ごく普通の家庭において亭主は
絶対的存在として君臨した。
「このように、お前たちが何不自由なく暮らせるのは、
俺が懸命に働いてやっているからだ。ありがたく思え」
こう言えば、妻も子供たちも
「はい、お陰様で……ありがとうございます」と、
胸のうちでベロをしながら従った。
その昔と言っても、現在でもそのような
家庭は結構多いはずだ。
特に中年以降の男性は
「仕事優先。家庭は二の次」思考になりやすく、
たまの休日も、やれゴルフだ何だと言って
家事には見向きもしない。
そうやって年月を重ねていくと奥方にとっては、
亭主は金を運んできてくれる存在でしかなくなっていく。
むしろ、家では何もしないくせに、何だかだと偉そうな
モラハラ亭主に不満を募らせていく。
不満をため込んでいく。
そんな世の亭主族は用心したがよい。
強烈な仕返しが待っている。
定年──これは亭主はもう金を運んではこない
ことを意味するわけで、
まさに「金の切れ目が縁の切れ目」とばかり、
いきなり離婚を突き付けられる。
よく言う定年離婚だ。
長年にわたり不満を貯めこんできた奥方にとり、
金を運んでこない亭主には何の存在価値もない。
「もう我慢しないわ」とばかり一気に
攻勢に出てくるのだ。
攻撃することしか能のなかった亭主は、
守りはからっきしで、オロオロするばかり。
もっと壮絶な仕返しは、亭主の健康寿命が尽きるのを
待っている奥方である。
ベッドに横たわる亭主の枕元で、こうつぶやく。
「これからは私がいじめ抜いてやる」
ああ怖い、怖い。
ここまでのことではなくとも、やれ「掃除機をかけろ」
「風呂掃除をしろ」などと命令されることになる。
知人が定年になったので、ご機嫌伺いの電話をしたら
「妻の部下になっております」と言うので大笑いした。
これくらいの仕返しは「よし」としておかねばならない。