【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

強さと“体罰”

2013-03-08 07:36:04 | Weblog

 体育系クラブで“体罰”と称する暴力を正当化する人の言い分の一つに「殴れば殴るほど強くなる」があります。それが正しいのなら、日本の全国大会で優勝できなかったチームはすべて殴られ方が足りなかった、ということなんですね。もちろん世界大会でも優勝チーム以外は……

【ただいま読書中】『グランド・バビロン・ホテル』(世界大衆文學全集)、アーノルド・ベネット 著、 平田秀木 訳、 改造社、1930年

 大きさは文庫本とほぼ同じですがハードカバー、という不思議な体裁の本です。なにしろ昭和5年の発行ですから、しっかり時代がついています。というか、旧仮名遣いで総ルビの翻訳文というのはなかなかの難物で、とても読みにくい文体と活字です。これだったら、先月から他の本と平行してだらだら読んでいる『古事記』の方がよほど読みやすく感じます(あ、『古事記』の読書感想はこちらには書く気がありませんから、ご安心を)。
 ロンドンの超高級ホテル「グランド・バビロン・ホテル」。先例と格式を重んじるホテルにやってきたアメリカの大金持ちラックソールは、自分のわがまま(メニューにない注文)が通らないと知るや、とんでもない行動に出ます。その場でホテルを買い取り、オーナーとなったのです。オーナーですから思い通りの注文ができますわな。そこにやってきたのは、ドイツの(小さなポーゼン国の)プリンス・アリバート。ドイツはまだ統一されていないようです。ところが、ラックソールが首にした給仕長が怪しい目配せをしていた青年デイモック(プリンスの侍者)が急死、さらにその死体が消えてしまいます。さらにさらに、プリンス・アリバートとこのホテルで待ち合わせていたポーゼン国のプリンス・ユージエンが行方不明。グランド・バビロン・ホテルを舞台にした怪事件が進行中のようです。
 いやあ「怪事件」というと、江戸川乱歩の作品などで出てくるとわくわくしたものですが、ここでも思わずワクワクしちゃいます。映画には「グランドホテル形式」といういくつものエピソードを平行して描く方法がありますが、本作は戦前の世界では「特別な施設」であった大ホテルを舞台にした素人探偵小説となっています。ただ、ホテルの部屋から部屋へつぎつぎ移るような感じで、場面転換がとてもスピーディーに行なわれて、その疾走感で読者は酔ってしまいそうです。
 ちょっと変わっているのは、素人探偵が、ラックソールとその娘ネラという父娘のペアであること。「高級ホテル」という“別世界”に「王族」という“別人種”が出入りするのですが、それと対等に渡り合うのが(大金持ちというやはり“別人種”ではありますが)きわめて世俗的(かつアメリカ的)な父と娘なのですから、この対照の妙には読む方はそれだけで顔が緩んでしまいます。
 舞台はオステンド(ベルギーの都市)に移り、そしてまたグランド・バビロン・ホテルへ。まるで常連宿泊客のように「怪事件」もまたホテルに戻ってくるのです。陰謀・活劇・推理・ラブロマンスと盛りだくさんの娯楽小説です。20世紀初めには今の私よりももっと胸を躍らせて頁に没入する読者が多かったでしょうね。今でも読んでいてけっこうわくわくするのですから。

 本書には他に『小婦人』(メーリー・オルコツト作)、『蜜月』・『幸福』(カザリン・マンスフィルド)、『影』(トマス・ハーディー)も収載されています。はしがきによると、「メーリー・オルコツト」は日本に初紹介のようです。『若草物語』と書いてなかったので、読むまで気がつきませんでした。