【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

投影

2013-03-29 07:34:26 | Weblog


 子供の時木登りをしていて地面を見ると、木と自分の影がくっきりと映っていました。そこでいろいろ空想をします。もしも下からボールを投げられたら、当然地面ではボールの影が私の影に近づくわけです。しかし、そのボールの影は、私に命中して跳ね返ることもあれば命中せずに私の影を通りすぎてしまうこともあります。もしも「二次元世界の住人(影としての生命体)」がいるとしたら、これはとても不思議な現象でしょう。なにか確率的にボールは人体を通過することがあるのか、と思うかもしれません。
 ちょうどそのころ『五次元世界のぼうけん』という本を読んでいた頃なので「次元」の不思議に心奪われていた少年の夢想です。
 で、三次元を二次元に投影したから、こういった影の世界の不思議が生じるわけです。それは次元が少なくなったことによって多くの情報がそこでは表現できなくなったから。では四次元の世界を投影したものがこの三次元だとしたら、私たちが見ていると思っている世界は、一体どのくらいの次元の情報が欠落したものになっているのでしょうか。これは少年の私には手に余る難題でした。今の私にも難題ですが。

【ただいま読書中】『四次元立方体』アレックス・ガーランド 著、 村井智之 訳、 アーティストハウス、2000年、1000円(税別)

 二次元では正方形、三次元では立方体、では四次元で“それ”にあたるものは? もちろん私たちは“それ”をじかに認識することはできません。ただ、四次元の超立方体を三次元に投影したものなら、たとえばパリの新凱旋門があります。
 でも本書の舞台は、パリではなくて、マニラです。脳が溶けそうなくらいの暑さの中、船員のショーンが時間を潰しています。闇世界を支配するドン・ペペは車の渋滞に苛立っています。ショーンがドン・ペペに呼び出されたのは、明らかに人が殺された形跡のある「ホテル」の一室。そこで偶発的に撃ち合いが始まってしまいます。
 その撃ち合いの音が聞えるところで、パンクした(パンクさせられた)車のタイヤを交換しているのはローザの夫。そこでローザが若かった頃のエピソードがカットバックで次々混ぜられ、話はまるでシチュー鍋の中身のように。
 そして、ローザの家に、ショーンが飛び込んできます。銃弾を引き連れて。
 ローザの夫の車をパンクさせたのは、マニラのストリートチルドレンでした。そこでもまた別の物語が語られます。エアコンの効いたバスで父親と一緒にマニラに出てきたら、そこで父親が消えてしまったヴィンセント。そのヴィンセントに上から襲いかかることが好きなトトイ。二人の夢を金を払って収集するのはアルフレッド。ヴィンセントがよく話すのは父親の夢を見たということ。彼が本当にその夢を見たのか、夢を見たと思っているのか、それはアルフレッドにはわかりません。
 意味深なタイトルに引きずられ、読者は「四次元立方体の三次元的展開図が二次元の紙の上に描かれた図」を見て首を捻っているつもりになれます。だけど、それはタイトルのマジック。そして、本文には本文のマジックがかけられています。事実の欠片(と欠落)、事実だと人が思っていることの欠片(と欠落)、人の思いの欠片(と欠落)、欠片の欠片、欠片に見える欠片ではないもの……様々な断片と空白が散りばめられ、私は自力でそれを読み解き「何かの展開図に違いない」と思ってしまうのです。だけどそれは、熱帯夜に見た夢なのかもしれません。
 粘着力があるのに疾走感があるという、不思議な小説です。熱帯夜のお伴には最適かもしれません。