戦場に出ない兵士は、兵士とは言えないでしょう。それは軍隊に住む官僚です。では、戦場に出ない人間の命令で戦う兵士は、なぜ兵士ではなくて官僚の命令に従わなくちゃいけないのでしょう?
【ただいま読書中】『孤児たちの軍隊3 ──銀河最果ての惑星へ』ロバート・ブートナー 著、 早川書房(ハヤカワ文庫SF1984)、2014年、1080円(税別)
ジェイソンはこれまでに、多くの仲間を失い、自分の体では指を2本失っていました。それが本巻冒頭早々に、肺と両方の大腿骨を失うことになってしまいます。少しずつ「サイボーグ」に近づいているようです。
地球上は相変わらずごたごたしています。「チベット自治区」という欺瞞的な名前の地域では軍事弾圧がまだ続いています(そういえば、どの本で読んだのだったかな、天安門事件の時に動員された人民解放軍の中に、チベットで戦っていた軍人がいましたっけ。「自治区」の外では全然報道されませんが、今でも弾圧は続いているはずです)。そして宇宙でもごたごたが。第二巻でジェイソンが幸運に恵まれて捕獲した異星人の宇宙船には、画期的な航宙技術が搭載されていました。重力を遮断することで恒星間の高速移動を可能にするものです(「レンズマン・シリーズ」での「無慣性航法」をちょっと思わせますね)。
ジェイソンは例によってトラブルを引き寄せる特異体質をフルに発揮し、こんどは異星人の宇宙船で地球どころか太陽系どころかもしかしたら銀河も飛び出してしまいます。使ったのはブラックホールを用いた時空のジャンプ、のようです(なにしろ異星人の技術ですから、きちんとした説明をする語彙が地球の言葉にありません)。たどり着いた、というか、宇宙船がたどり着かせた惑星は、なんと地球型。空気も食べものも地球人に向いている、それどころか、そこには「人類」が住んでいます。
おいおい。20世紀前半の「BEMもののSF」ですか? あまりに都合が良すぎるではありませんか。
しかし本シリーズは21世紀のSFです。きっときちんとした「説明(伏線の回収)」がおこなわれる、と信じて、ページをめくることにしましょう。なお惑星ブレンの“人類"と会話できるのは、そこで「英語」が使われているからではなくて、スター・ウォーズのC3POのような通訳(暗号破り)能力を持ったロボットがいるから、とちゃんと21世紀のSFにふさわしい説明もあります。
しかしこの「惑星ブレン」は、「人類(未開人)」と恐竜が共存している、という地球大の『ロスト・ワールド』です。そしてそこにまたナメクジ型の異星人が襲来します。
「ナメクジ」の生態以外は、ロバート・ブートナーさんの「(ハインラインを含めた)古いSFへの愛」がたっぷり詰め込まれた作品に見えます。惑星ブレンでの戦闘シーンで、私は1世紀前の「火星シリーズ」(エドガー・ライス・バローズ)も思い出してしまいました。
“少将"ジェイソンは、今回はこれまでとは全く違ったミッションをこなさなければなりません。ブレンで対立しあっている(お互いを軽蔑し奴隷に取ったり殺し合っている)原始的な部族を和解(あるいはしぶしぶでも協力)させ、「連合軍」として訓練し、激しい気象が許すごく短い時間に怪物が住む海を突破してナメクジが立てこもる要塞に攻め寄せ、その中核となっている巨大宇宙船を破壊しなければなりません。使えるのは、黒色火薬がせいぜいの現地の技術、少ない兵士、そして許された期間は10箇月間。
前二巻でジェイソンは常に「死んでこい」と命令される立場でした。ところが本巻では「死んでこい」と命令する立場になってしまいます。彼は夜中に目を覚まし、自分の両手についている見えない血を見つめます。自分が「死んでこい」と命令して(あるいは命令してもいないのに)死んでしまった兵士や住民たちの血を。しかし、海峡を突破する段階で、まだ戦闘が始まる前に作戦に参加した数十万の兵士の70%が失われる、という予測は、あまりにひどいものに見えます。それでも、それ以外の選択肢と比較してこれが一番損害が少ない、というのですから、私が命令を下す立場だったら、ものすごくいやな気分になりそうです。
翼竜が飛ぶ空の下で、砲兵部隊が黒色火薬の野砲をぶっ放す、というのは、レトロというか、非常に奇妙な図に見えます。ただ、古いSFの衣をまとっていますが、中身はけっこうモダンです。
疑似頭足類(ナメクジ型の異星人)は「奴隷」を必要としていました。だから惑星ブレンに「人類」が存在していましたが、だとすると本シリーズの第一巻でなぜ地球が襲撃されたのか、それが謎です。このシリーズはあと2巻ありますから、そこでこの謎が明かされるのかな?