「ミャンマー軍による長井さん殺害に抗議する会」で、中学の同級生で、今治で署名活動を中核的に担っていただいた井出さんから、長井さんが亡くなって、5年目の思いが届きました。実は、民主党政権側の関係者から、現況について、日本政府が認識できてていることは、僕に伝わっています。
事の真否はともかく、先方の言い方は「とにかくみつからないのです。」という説明が強くなっているそうです。一定程度、探索している状況説明もなされているようです。「市場を調べ、同じ機種のものは国内に何点かあったが、当該のものではなかった」という感じで。軍事政権下におきたことなので、現況の体制下にも齟齬がある模様です。引き続き、働きかけは継続しています。とにかく、あの時点で、緊迫した状況を取材していた彼のカメラとビデオテープはいまだに返却されていないのは、間違いありません。5年が過ぎても、解決は為されていないという事です。
=====================================================
『今年もミャンマーで亡くなったジャーナリスト長井健司さんの命日が巡って来ました。あれから早5年の月日が経ちました。
彼が手に持っていたカメラとビデオの返却を求める抗議の署名(13万7千人超)は、3年目にして、ようやくミャンマー大使館が受け取ったものの、未だ戻ってきてはおりません。
私たちのように平和な日本にいて、世界の現状を知ることが出来るのは、危険を冒してまで取材しようとするジャーナリストたちがいるからです。「誰も行かないところへは、誰かが行かなければならない」彼はいつもそう話していたといいます。
共に通った学舎(中学校)は、少子化により来年3月に閉校することとなりました。同じ時を過ごした友人として、私は返却を求めます。それは、ミャンマーが民主化への道をたしかに歩み始めている証となることでしょう。』 井出範子
=====================================================
なお、長井さんの慰霊行事については、2009/9/27の三回忌で、「ミャンマー軍による長井さん殺害に抗議する会」では、一度止めました。彼の宗派、真言宗では、次が七回忌になるからです。それまで慰霊行事を行う予定がない事は、当時も会のメンバーでは、共通認識です。その旨、取材に来られた方にも説明しています。そして、2010/9/27に、井出さんの文章にもあるように、集めた十三万七千人の署名をミャンマー大使館が受け取って以降、会として活動は特に致しておりませんし、その旨の説明もしています。なお、慰霊行事は日本側が開催しているもので、こちらから在日本のミャンマー人たちに呼びかけて参加してもらいました。しかし、こちらから呼びかけないと、相手側から、開催を求める働きかけは、全くありません。皆無です。開催協力も、特にもともとありません。
それについて、カメラマンの富田きよむという人物が、事実関係を何も踏まえずに一方的な中傷をしています。この人物は、長井健司関連の署名活動でまったく知らない人ですし、僕自身も知らない人物です。言っている事の意味が分かりません。僕の中傷を目的として、僕が長井さんの慰霊の行事をおこなっていないことを中傷しているようです。こういう関係ない人間から中傷される謂れはまるでありません。というか、ネットなら何を書いてもよいと考える愚かな人間の存在は頭が痛いものがあります。信じがたいです。