俗物哲学者の独白

学校に一生引きこもることを避けるためにサラリーマンになった自称俗物哲学者の随筆。

作られた美談

2010-07-02 17:22:49 | Weblog
 6月28日付けの朝日新聞の夕刊の記事によると、高槻市の1歳の男児が川に落ち、それを助けようとした8歳の姉と5歳の兄が川に飛び込み、3人共溺れそうになったところを通行人が助けたとのことだ。
 これを単純に美談と思う人はかなり能天気な人だろう。明らかに不自然な話だ。
 親はどこで何をしていたのだろうか。1歳の男児が一人で川辺に行ける筈が無い。当然、親が付いていた筈だ。親がいたのなら、親を差し置いて幼い兄弟が助けるために飛び込むとは到底考えられない。
 3人が溺れている時、親は何をしていたのだろうか。助けに行ってはいないようだ。すると助けを求めていたか気付かなかったかのどちらかだろう。
 実際には子供2人に幼児を任せて水遊びをさせていたのだろう。ところが3人共流されてしまった。親切な人が現れなければ3人共溺れ死んでいただろう。親の重大な過失だ。
 たまたま助かったから都合の悪い話は故意に隠蔽されて美談としてデッチ上げられた。母親は子供と一緒にテレビにも出ていたが恥ずかしくないのだろうか。信じられない神経だ。もし親切な人が現れなければ3人の子供が同時に水死するという惨事を招いていたという自覚も反省の色も全く見えなかった。

解釈

2010-07-02 17:09:44 | Weblog
 リルケの「マルテの手記」にこんな記述があった。「丸々と太った赤ん坊」ところが別の人の訳では「ぶよぶよと太った赤ん坊」となっていた。印象は全然違う。前者は赤ん坊に好意的で後者はその逆だ。
 別に翻訳者の技量を問題にしたい訳ではない。解釈するということの難点を問題にしたい。翻訳する場合に誤解が避けられないように、生きるとは解釈することであり解釈の仕方で全然違った世界になってしまう。
 人は現実をそのまま知覚できる訳ではない。錯視に見られるように知覚はしばしば誤るし、認知においては更に酷く誤る。
 「スマイリーな人」がいたとする。それをニコニコしていると解釈するかニタニタしていると解釈するかは各自の勝手だ。それほど外界の認知は主観的なものだ。
 上機嫌の時にこのスマイリーな人に会えば友好的な人と考えるだろう。不機嫌な時に会えば気持ちの悪い奴と感じるだろう。
 もし美女がスマイリーだったら殆どの男は愛想が良いと感じるだろう。しかしブスがスマイリーだったら媚び諂っていると思うかも知れない。
 事実をそのまま捉えることが不可能なことはわかっているがこの違いは理不尽だ。しかしこの壁を誰が乗り越えられるのだろうか。

中国人研修生

2010-07-02 16:46:12 | Weblog
 中国内陸部の年収10万円未満の貧しい農民を、日本の工場や農場で中国での10倍以上の賃金で雇い日本の技術を身に付けさせる。帰国後は日本で身に付けた先端技術と獲得した資産を生かして地域のリーダーになる。
 もしこのタテマエ通りのことが実現するなら日中双方にとって素晴らしいことだ。しかし実態は全然違う。現代版の奴隷だ。
 1年目は月給5万円の研修生として技術を身に付け、その後2年間は月給10万円の実習生として雇用される筈なのだが、研修生の身分のままで連日10数時間こき使われ、残業代は時給300円だそうだ。
 これは最低賃金を大きく下回っているし、時間外手当は時給を25%以上上回らねばならないのだから明らかに違法だ。しかし実は研修生には残業をさせてはならないのがルールだ。残業そのものが違法なのだから存在しない筈の時間外手当に関するルールなどあり得ない。違法状態が無法状態を招いている。
 こんな無茶な労働条件ならストライキや逃亡があっても良さそうなものだが、できない事情がある。日本への渡航に当たって蛇頭などの非合法組織が絡んでいるからだ。彼らは渡航者に誓約書を書かせる。日本で「トラブル」を起こしたら保証金を没収するという内容だ。彼らは日本への労働者の派遣という大儲けできるビジネスを守るために権力者と結託して労働者から搾取している。
 中国人研修制度に対してアメリカの国務省からは「人身売買」と批判されている。2008年に労働基準監督署がこの件で指導した企業は何と1,890社にも登るという。
 こんなデタラメが国際協力や国際貢献の美名の元で行われている。日本人の人権意識は日本人にしか向けられず、中国人は日系ブラジル人の人権は無視されているのが実情だ。
 一昨年の6月に茨城県で亡くなった中国人が今日過労死と認められたが、氷山の一角でしか無い。