俗物哲学者の独白

学校に一生引きこもることを避けるためにサラリーマンになった自称俗物哲学者の随筆。

パロディ

2011-03-11 15:49:23 | Weblog
 映画のパロディを考えた。
 ・シンドラーのリフト・・・シンドラー社の欠陥リフト(英国語。米国語ではエレベーター)に閉じ込められた乗客と救急隊を描くスペクタクルドラマ。
 ・天才バガボンド・・・知的障害のある天才画家・山下清氏の放浪の旅。
 ・ウエストサイズ物語・・・寸胴体型に悩む女性が「くびれ」を作ろうとしてフィットネスとダイエットに励むドキュメンタリー映画。
 ・ドクトルしばこ・・・モンスターペイシェンツによる病院叩きと戦う医師の物語。
 ・アバタ・・・アバタ面に悩む夏目漱石の生涯。
 ・最低人ハヤブサ・・・海中に潜んで痴漢行為を繰り返す最低の男と戦う美女集団の物語。
 ・金と共に去りぬ・・・結婚詐欺師に騙される哀れな女性スカ・オケラの物語。
 ・七輪の侍・・・七輪を使った焼き魚にこだわる武士を主人公にしたホームドラマ。
 他に「玉子と乞食」「王様とタワシ」「無知との遭遇」「財産の男」「ラスベガス漫才」「アタシを呼ぶ男」なども考えたが捻りが乏しくて駄洒落のレベルに留まる。「シンドラーのリフト」と「天才バガボンド」は自分では傑作だと思っている。

捜査権

2011-03-11 15:35:29 | Weblog
 入試問題のネット投稿事件で予備校生が逮捕されて以来、京大などが被害届を出したことを非難する人が少なくない。
 確かにカンニングという罪に対して逮捕という罰はいかにもアンバランスだ。しかし日本の法律に従う限りこれ以外の選択肢はあり得ない。捜査権は警察にしか無いからだ。
 投稿者を突き止めるためには2つの障壁がある。ヤフーとNTTドコモによる個人情報保護だ。大学が要請しても企業は個人情報を公開できない。公開すれば法律違反になるからだ。
 この情報を開示させることができるのは警察だけだ。警察だけが捜査権を持っている。従って警察を動かさなければ投稿者を特定することは不可能だった。刑事事件ならともかく、民事事件で警察を動かすためには被害届を提出するしかない。
 もしどこの大学も被害届を提出しなければ投稿者を割り出すことは不可能だった。しかもこれは組織的に行われた可能性もあった。従って被害届の提出は正当な行為だ。
 多分、投稿者は起訴猶予になるだろう。そのことを以って京大などのやり方をやり過ぎだと否定すべきではない。もし被害届を出さなければこの事件が解明されることは無かったのだから。
 実際に、日本相撲協会は八百長相撲の被害届を出さないからいつまでたっても有耶無耶の内部調査に終始していて全面解決の可能性は皆無だ。

会談

2011-03-11 15:21:14 | Weblog
 NHKでさえ平気で「電話で会談」という表現を使うがこの言葉は間違っている。会談とは「会って話し合う」ことだ。会わずに電話で話したのなら「電話で協議」といった表現を使うべきだろう。
 会って話すことは重要だ。ある調査によるとコミュニケーションにおける重要度は言葉が7%、抑揚が38%、動作が55%を占めるそうだ。電話によるコミュニケーションでは情報の55%が抜け落ちてしまう。
 メールという仕組みは便利だが伝わるのは僅か7%に過ぎない。時間的制約が無ければ電話のほうが遥かに優れたメディアだ。無駄のシンボルとされ勝ちな会議もあながち無駄ではないのかも知れない。
 芥川龍之介の「手巾(ハンケチ)」という小説では、息子の死について淡々と語る女性が、実はテーブルの下でハンカチを力一杯握り締めていたという屈折した行動を描いている。言葉は表現の一部でしかない。
 面会や面談が重要なのは言葉だけではなく表情や動作も現れるからだ。都合の悪くなった政治家は仮病を使って面会謝絶にしてメモ程度のコメントを出してほとぼりが冷めるのを待つ。表に出ればボロが出るからだ。
 言葉は便利なツールだがやはり抽象的なものだ。言葉以外のものも使わなければ真意は伝わらない。文筆業者よりも芸能人のほうが信頼されるのはそんな事情があるからだろう。