8703の部屋

「ハナマルサンの部屋」です。音楽、スポーツ 世相 等々 気ままに綴ります

年頭に思うこと~その3(合唱団のこと)

2017-01-11 04:31:24 | 合唱

「魅力のある団体には人が集まる!」は8703が高校教師時代からの持論であり、それを信じて合唱活動を続けて来た。振り返ってみれば、北海道岩見沢東高校時代は15年間、特に後半の10年間は部員数という面では順風満帆と言える時代を過ごした。管内一の進学校であったために、合唱活動に燃えるわが子を心配する一部の親からは「あれは横山のやらせだ!」との非難を浴びたり、合唱部が全国大会に出場するようになると、ある体育系教師からは、「合唱部が、全国大会出場権を連続獲得したとしても、実際に出場するのは3年に一度にすべきである!」などの声をいただいたりもしたものである。それなりの困難はあったが、生徒をはじめ同窓生、父母、地域住民の方々にも恵まれた良き時代(30歳~45歳)であった(この時期の後半に横山琢哉部長がいた)

1986(昭和61)年に縁があって、静修短期大学(現札幌国際大学短期大学部)へ移り、児童教育学科(当時)に所属し、引き続き合唱団の指導を続けることになった。やはり。当初は団員確保が最大の課題だあったが、ある時から「高校時代に、教科外活動において顕著な成果を上げた生徒」の特別推薦枠が出来たこと。そして、当時の静修短大は、老舗の女子大に迫るほどに志願者が増え、それに伴って成績優秀な学生も増えていた。したがって。道内ではI東高校、道外からは八戸H高校などから推薦枠の学生が集まっていた。合唱団の活動としては、特に定期演奏会に力を入れていた。中でも、シアターピース作品を10年間連続取り上げ、少なからず「静修の定演フアン」を得ていた。約10年間、毎年、練習、本番に来ていただいた青島広志先生には思い出とともに感謝の念が深い。

そして、定年退職をへて古希を迎えた時、未だほとんど経験の無い一般合唱団の立ち上げをはたと思い立った。妻からは「そろそろ引退を考える人がいる歳ですよ。大丈夫ですか?」との言葉もあった。しかし、意外にも(?)「思い立ったら突き進む」性質を秘めている8703の血は治まらず。ついに、2011(平成23)年5月に、混声合唱団「樹」を立ち上げたのである。当初は数名の団員でスタートし、「急がず、焦らず!」をモットーに活動を開始した。団員も徐々に増えて2年目にはたしか二桁を越えたはず。しかし、そこからが大変で減りもしないが、増えもしない。時には、何の挨拶も無く自然消滅してしまう女性団員もいたりと、団員の確保には慢性的に悩んでいる。生徒、学生の場合も黙っていても増えるというほどではなかったが、これほどの苦労は8703初の経験である。

このままでは、いつまで経っても自主公演は出来ないと考え、少人数ながら今年度(5月14日)に第一回の演奏会を「えぽあホール」で開催することを決めた(決断してくれた団員に感謝!)。はっきり言って(言ってはいけないことだが)、もしかすると、恥ずかしい演奏会になるかもしれない。結果としてそうなったとしても良いと思っている。しかし、「下手は下手なりに、一生懸命、出来るだけのことはやった」ということを理解してもらえるような演奏会にしたいと考えている。新年度を迎えて、そのような姿勢が漲ってくるような集団でなければ、「第一回演奏会中止」も辞さない決意で臨む所存である。

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