フリードリヒの日記

日常の出来事を、やさしい気持ちで書いていきたい

男と女が人間を分析するときの違い

2009年07月12日 10時53分34秒 | 社会・政治・思想哲学

 ラジオのテレフォン人生相談をよく聴く。すごいと思う人に、加藤諦三先生と大原敬子さんがいる。マドモアゼル愛先生も結構好きだ。

 加藤諦三先生は、子供の頃からの親との関係や家族との葛藤から精神分析をして、そこから問題を解決していく手法をとる。フロイトやユングの理論をすこしかじっていれば、比較的わかりやすく納得する面がある。

 しかし、大原敬子さんは唐突に「あなたはこういう性格でこうだ」ということを、スパッと言うので、まるで魔法にかけられたようになってしまう。
 なんだこの人はという感じだ。とにかくびっくりする。この人ある意味天才なんではないかと思うときがある。

 
 そこで図書館で大原敬子さんの本を借りてきた。
 読んでみるとやっぱり大した人物で面白かった。そして、少しそのスパッと人を読みきる秘密がわかったような気がした。

 2a+4b+8c とならんでいると 2(a+2(b+2c)) とやりたくなるのが男の思考だ。つまり、別個ばらばらな事実の共通項を見つけて、それを抽象化し一定の公式にして、誰でも使えるようにする。
 フロイトも精神というわけのわからない分野を、いろんな人間に当てはめてもわかるように公式化した。いわゆる演繹的思考だ。

 これに対して非常に優れた女性は、いろいろ経験した事実を事実として受け止め、その細部を考えぬいて経験として蓄積していく。そして、例えば、ある人がある言葉を発した場合、瞬間的に過去の自分の経験した事実と照らし合わせこの人はどういう性格なのかを判断する。
 だから、親との関係とか家庭環境などより、どういう言葉づかいをするかとか声のトーンとかその人の具体的な部分からアプローチしていく。
 分析して体系化していくというより、細部の経験の積み重ねを重視していると言える。どちらかと言うと経験則重視、帰納法的思考方法だ。

 だから、優秀な女性は、頭の中にいろんな細部を貯めこんで記憶し、それを瞬時に引き出し、使いこなす。

 とにかく大原さんはすごいなぁと思う。

コメント
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