オーストラリアの北部、人口350人の町、ドッカーリバーをラクダ6000頭が占拠した。干ばつによる水不足で、水場を求めこの町に集まってきたようだ。ジョークみたいな話だが、ラクダが水道施設などを破壊し、やりたい放題である。銃撃によって駆除する方法について、動物愛護団体が反発している。しかし、オーストラリア政府は銃による駆除を決定した。
そもそも、ラクダはオーストラリア大陸にいなかった。白人が砂漠地帯の開発のために持ち込んだものだ。その後、野生化して増え続けた。現在、100万頭いるという。
近年、オーストラリアは干ばつに悩まされている。これはいわば、オーストラリア病というべき問題であり、小麦の輸入に関連して、日本にも影響がある。
オーストラリアの農業はほぼ地下水を利用して行われている。地下水は数千年の間、貯えられてきたものであり、使いすぎれば、当然、枯渇する。地下水を十分に貯えるには、森林の存在が不可欠である。森林は雨を受け止め、ゆっくり地下に浸透させ、洪水になって水が流れ出すのを防ぐ。しかし、オーストラリアには森林が少ない。それは、イギリス人がオーストラリアを植民地にしてから、森林を伐採したからである。特にオールドグロース林の伐採がひどい。オールドグロース林とは、大多数の樹木が樹齢200年から1000年で占められている森林のことである。
日本の製紙会社と商社も、オールドグロース林の木材を輸入していた。日本の紙は原料が安いオーストラリアのオールドグロース林の木材でまかなわれていた。オーストラリアは特に産業もなく、資源を輸出することでしか外貨を獲得できなかったからである。
オーストラリアの原住民のアボリジニーにとってオールドグロース林は生活・宗教・文化の中核である。
しかし欧米人の持ち込んだ小麦農業と牧畜は森林伐採と砂漠化を進行させる。なぜなら、小麦は、森林を伐採して更地にする方法が、オーソドックスなやり方であるからだ。また、放牧により牛は草を食べつくし、草木を丸裸にしてしまう。それが地域を砂漠化してしまう。
また、キリスト教やイスラム教などの一神教も砂漠化に関係する。人間中心・科学優位の思想は、自然を征服し破壊することを否定しない。
話は少しラクダ問題とはずれてしまうが、重要なのでちょっと突っ込んで話そう。
小麦農業と牧畜は1万2千年前に発生する。そして、チグリス川・ユーフラチス川のメソポタミア地方(現在の中東・イラク付近)に5000年前、シュメール人が世界最古の都市文明を築いた。
このシュメール人には「ギルガメッシュ叙事詩」という神話がある。そして、その神話に森の神を殺す場面がある。
「町を建設するために、二人の勇者が、森へ木の伐採に出かける。ところが、二人は森のあまりの美しさに立ちつくしてしまう。しかし、この森を破壊しなければ、町を立派にすることができないので、森の神を殺し、森を破壊する。勇者の一人は森の神を殺した祟りで死んでしまう」という話である。
このように、森の神を殺し、森の樹木をエネルギー源にしたため、急速に中東の森の伐採と砂漠化が進む。中東は昔自然に恵まれていたのだ。
また、ローマ帝国も同じように西に勢力を広げていき、ヨーロッパの森を伐採していく。日本のように木材で家を建てることは、木の伐採を進めるように思うが、レンガなどの方がそれを作るのに木を燃やさなければならず、どれだけの木を伐採するか分からない。レンガ文化のほうが、無駄にエネルギーを使うのである。
小麦農業に比べ、中国南部に発生した米文化は水を利用するかんがい農業ゆえ、完全な自然破壊はできず、森林を残すようになる。中国から日本に渡ってきた米文化が、結果的に日本の森林を破壊せず豊かな自然を残したともいえる。また、神道や山岳信仰とも喧嘩しない仏教も、これに関係している。つまり、仏教は、森の神様を殺さなかったのである。
このように、自然を征服し破壊するのは、欧米・アラブの一神教・小麦農業・牧畜文化であり、仏教・米文化は森林などの自然と調和する。
中東が砂漠化したのと同様に、オーストラリアが砂漠化するのは避けられないのかもしれない。ただ、それに日本も加担していることも忘れてはならないだろう。