「春を背負って」を読了。
山岳小説である。
日本の山岳小説というと、北アルプスものが多いのだけど、珍しく奥秩父を舞台にしている。
甲武信岳と国師岳の中間くらいにある実際にはない架空の山小屋での物語である。
話はすべてつながっているのだが、一応、短編小説の形式になっている。時間がなくても、区切りがつけやすく読みやすい。
正直言って、それほど期待していなかったが、ハートウォーミングな話が多く、気持よく読書できた。
小説による自然の描写は、表現方法として、写真や映像にはかなわない。だから、山岳小説は、人間が自然とどのように対峙するのかを通して自然を描写することになる。
つまり、命が奪われるようなギリギリの厳しさを、人間の側から描写することで、自然を表現するわけである。
そうなると、できるだけ厳しい山が小説の舞台としてふさわしいことになるのだろう。日本では北アルプス、海外ではヒマラヤなどが、その典型だ。
このように、山岳小説は過酷な山々を征服するということが大きなテーマとなる。そこでは、人間の勇気や体力的限界が試され、経験できないような緊迫した状況を小説の中で楽しめる。
しかし、おきまりなワンパターンな感じは否めない。
この小説は、そのような典型的な山岳小説とは一線を画している。
地味な奥秩父を舞台とし、人間と対峙する自然の厳しさを表現するというより、人間と人間のふれあいを中心に小説が構成されている。
人間(擬似的なものも含む)なくして、小説はない。人間の使う「言葉」を媒介に表現するのが小説だからだ。自然だけを映しだして美しいのは映像の世界である。
小説は、人間の心の内部との関わりの中で、表現されなければならない。自然描写もこころとの関わりで表現される。とするなら、別にヒマラヤでなくても、十分に面白い小説は書けるはずである。
そういう意味でも、いい勉強になった。
私は奥多摩や奥秩父をホームグランドにして、登山しているので、特に楽しく本が読めた。その辺の登山が好きな人には、お勧め。
また、温かい小説を読みたい人にもお薦めする。