島倉千代子さんの死の直前に録音した歌がテレビで流れていた。死ぬ直前とは思えないくらいきちんと声が出ていることに驚いた。さすがプロの歌い手だ。
島倉さんは、美空ひばりほどの歌唱力はないかもしれない。しかし、その歌い方は独特で、唯一無二の個性がある。なんとなく守ってあげたくなるような声の調子が心地よく響く。
毎年たくさんの歌手が生まれては消える。その厳しい業界の中で、彼女が生き残っていけたのはその唯一無二の個性があったからだろう。彼女の歌は聞けば聴くほど心を動かされる。
彼女は、状況ではなく、方向性を重視した歌い手だったのではないかと思っている。
状況とは現在の自分の置かれた環境のことである。方向性とは、希望的な方向に向かっているのか、絶望的な方向に向かっているのか、その矢印の向きである。
わたしたちは、絶望的状況にいながら希望を抱くこともできるし、恵まれている環境にいながら絶望に陥ることもできる。
島倉さんの歌は、やさしく矢印を上に向けていくように私たちを導いてくれる。そのポジティブな歌と彼女自身の生き方が、私たちの心を静かに揺り動かす。彼女はつらい状況の中でも前向きになることを歌で導くことのできた稀有な歌い手だったと思う。
彼女の死を聞いて不思議とさみしい気分になったが、ご冥福をお祈りしたい。