母の介護(看護・訓練)、家事で、多くの時間をとられてしまいます。
少し前までは、私の仕事の時間を確保するため、私の思い通りに、食事をとってもらい、薬を飲んでもらい、入浴してもらい、運動してもらいとやっておりました。
でも、あるとき、気が付きました。
自由がいい、自由主義者であると考えている私が、いつの間にか、母を拘束しすぎではないかと考えたのです。
私のやっていることは、共産主義者、社会主義者、全体主義者と同じで、多くの民を支配し、自分の思い通りに動かそうとしている者の考え方と同じではないか、と。
それで、今は、以前よりは自由にしています。してもらっています。
ただ、なんでもかんでも自由という訳でありません。
(一日中、寝てばかりいるからです。)
家庭という規律を維持するために、守ってもらうことはありますし、運動もしてもらいます。
これで、幸せを感じてもらい、少しでも、向上してもらう方向への思いと行いを実践してもらえればと考えています。
ところで、他人を支配するっていうのは、一種の快楽のようなものがあると思うのです。快感なのです。
日本の政治、国民の統治が、国民の支配を強化する方向へ向かっています。
与党も野党も、そうなのです。
社会福祉の充実、教育の無償化、子育て支援等、国民が生活する上で、政府の関与を強めており、政府の支援なしでは、やっていけないような状況に追い込まれています。
財源の確保も必要です。
次に狙っているのは、国民の私有財産の支配です。
これは、情報の取得と課税の強化ということで、徐々に強まっていくのではないかと思います。
支配する方は、快楽・快感でも、支配される方は、苦しみ・痛みを感じるようになってきます。
途中の段階では分からないのですが、ある段階から徐々に気が付いてきます。
手遅れにならないことを願うばかりです。
さて、支配の逆が、自由なら、なぜ自由がいいのでしょうか。
国民の側からは、政府から、いろいろ拘束されずに自由な活動ができることは、それ自体が喜びでしょう。
統治する側はどうでしょうか。
統治する側の快感・快楽は、国民の進化・成長・繁栄・発展にあるのではないかと思うのです。
このような考えを持っている人、自分の快感・快楽、自分の損得、自分が正しいと思っている思想の実現を優先させるよりも、国民の進化・成長・繁栄・発展を考える人に日本の舵取りを担ってもらいたいと思うのです。
残念ですが、今回の参議院選挙でも、真逆の結果が出てしまったようです。
母の介護をしながら、こんなことを考えている私は、超(チョー)変人かな?
多分、そうでしょう。
先日、ブログの掲載したときは一輪でしたが、花の数が増えていました。
感謝、感謝です。
私も、いずれは、小さくとも花を咲かせることも心に秘めて、コツコツと努力を継続しています。
介護をしている方、介護について迷われている方、将来、介護の不安のある方等など、何かの参考になれば幸いです。
たいへんな時代に、介護をするのも、たいへんです。
皆様に、神さま仏さまのご加護がありますように。
61歳のオッサン公認会計士でした。
では、また。