風になりたい

自作の小説とエッセイをアップしています。テーマは「個人」としてどう生きるか。純文学風の作品が好みです。

用貪官、反貪官 (連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第435話)

2020年09月01日 05時30分15秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』
「貪官(どんかん)」は収賄をするなどして、私利をむさぼる不正な役人という意味、つまり、汚職官僚、腐敗官僚だ。「用貪官、反貪官」は、汚職官僚を使って仕事をさせ、都合が悪くなったら、反腐敗キャンペーンによってその汚職官僚を取り除くという意味だ。
 大きなポストには大きな利権を与え、小さなポストには小さな利権を与え、仕事をさせる。利権があるから、その人は喜んで仕事をする。役得で大儲けしようと仕事に励む。昔の中国では、「清官三代」と言われ、それほど強欲に賄賂を貪らない官僚でも地方長官をやれば、三代――つまり孫の代まで食べていけるだけの財産を蓄えられたという。「清官」とは、本来、清廉潔白で賄賂を取らない官僚という意味だが、ここでは賄賂の取り方が適正(あまり欲張らない)ということらしい。高級官僚は必ず途方もない賄賂を取るということだ。
 この「用貪官、反貪官」は役所だけではなく、中国の国営企業でも民間企業でも広く行われている。役所でも企業でも、役職の権限を使って賄賂を取れるところには必ずといっていいほど腐敗がある。給料よりも裏の役得の収入のほうが多いこともしばしばだ。中国人が勤め先のポストを争うということは、裏の利権を誰が握るのかを争うということになる。自然とその争いは激しいものになる。
 中国の組織におけるトップはこの裏の利権の調整がうまい人でないと務まらない。利権を上手に配分して皆から不平が出ないようにしなければならない。下の不平不満がたまるとトップの身も危うい。逆に、トップが気に入らない人間を取り除こうと思えば、「あいつは汚職をした」と糾弾すればいい。誰かが汚職を理由に懲戒処分になったり解雇されたら、それは単に権力闘争に敗れたということにすぎない。トップはもっと大きな裏の利権を持っているのだから。
 なかなか一筋縄ではいかない国だ。


(2018年12月22日発表)
 この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第435話として投稿しました。
 『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n8686m/
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初めに「道」があった(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第432話)

2020年08月01日 06時05分05秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』

 中国語訳の聖書を初めてぱらぱらとめくった時、「あれ」と思ったことがあった。
 日本語訳のヨハネ福音書の冒頭には、
「初めに言ことばがあった。言は神と共にあった。言は神であった。」
 と記述してあり、この宇宙が始まる前に「言ことば」があったとしている。
 ところが、中国語訳では次のようになっている。
「太初有道、道与神同在、道就是神」
(天地の開けた初め、道があった。道は神と同じところにあった。道こそが神である)
 日本語訳では「言ことば」としているところが、中国語では「道タオ」になっている。
「言ことば」と「道タオ」ではずいぶんと違う。もちろん中国語の「道」には「言葉」という意味はない。「道タオ」ではなんだか道教のようだ。どうしてこうも違うのだろうと首をひねった。

 日本語訳の「言ことば」はどうやら英訳版聖書の「ワード(Word)」からきたようだ。ただし、もともとのギリシア語聖書では、そこは「ロゴス(logos)」となっている。もしギリシア語の聖書を直訳すれば「初めにロゴスがあった」となる。そして、その「ロゴス」を中国語に訳すと「道タオ」になるのだとか。「道タオ」に「ロゴス(logos)」という意味を当てたのだ。「道」と訳したのは、このほうが中国人にはわかりやすく、受け入れやすかったということもあるのだろう。上海人の奥さんに「キリスト教の『道』ってどういうどういう意味なの? 」と問いかけたら、すぐさま、「神さまが話した言葉よ(道就是神的话语)」という答えが返ってきた。「道」は「言」、「言」は「真理」ということらしい。
 中国語訳の聖書を通して回り道にはなったけど、ひとつ勉強になった。



(2018年10月13日発表)
 この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第432話として投稿しました。
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キャベツの匂い (連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第431話)

2020年02月22日 06時00分15秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』
 上海人の奥さんの配偶者ビザが取れたので先月から東京へ呼び寄せて一緒に暮らしている。家族で暮らせるようになってほっと一息といったところだ。
「日本のキャベツは野菜の匂いがちゃんとするわね」
 奥さんが近所のスーパーで買ってきたキャベツを切りながら言った。
「中国のキャベツは防腐剤の匂いがきついもの。日本のキャベツは安心ね」
 中国には野菜を洗うための洗剤がある。野菜の農薬や防腐剤を洗い落とすための洗剤だ。この洗剤はどのスーパーへ行っても必ず置いてある。そんな農薬落としの洗剤があるほど中国の野菜にかかっている農薬や防腐剤はきつい。なかには劇物のホルマリンに漬けて防腐処理するところもあるという。たしかに中国の野菜は丈夫だった。なかなか腐らない。ちなみに、中国のスーパーでも有機野菜を販売しているけど、奥さんは有機野菜のキャベツも防腐剤の匂いがするので買わなかったという。有機野菜と銘打っていても信用はできないのだ。
「日本のトマトもきちんとしているわ」
 奥さんは言う。
 中国のトマトは妙なでっぱりがあったりするが日本のトマトにはない。でっぱりはトマトに成長促進ホルモンを注射したからなのだそうだ。そういえば、畑で爆発した中国のスイカの画像を見たことがある。スイカの甘味を増すために成長剤を注射した結果、糖質が増えすぎてスイカが内側から爆発してしまうのだ。成長促進ホルモンでドーピングした野菜はやはり気持ちいいものではない。
 もちろん、日本の農作物もまったく問題がないというわけではないけど、中国にくらべればまだましといったところだろうか。野菜は毎日口にするものだから安心なほうがいい。ともあれ、奥さんは日本の野菜は防腐剤の匂いがしなくていいとよろこんでいる。


(2018年9月9日発表)
 この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第422話として投稿しました。
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上海の郵便局にいた怪しげなファンド販売員(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第422話)

2019年02月09日 06時15分15秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』

 上海人の奥さんがお義母さんの年金の手続きで代わりに上海郊外のとある郵便局へ行ってきた。

 奥さんが郵便局へると、フロアに机を広げて坐っていた若い女の子が

「おばあちゃん」

 と声をかけてきた。スモッグのひどい日だったので、奥さんはオーバーのフードをすっぽりかぶり、マスクをかけたうえにマフラーで口のあたりを巻いていた。誰だかわからないような姿だった。奥さんがフードを取ると、

「あっ」

 と女の子は声をあげた。老婦人に声をかけたつもりだったのに、相手は中年女性だったので驚いたのだ。女の子は気を取り直し、ファンドの説明を始めた。利回りがよくて儲かる金融商品などと言う。

「郵便局がファンドを売るだなんて初めて聞いたわ」

 一通りの説明を聞いた奥さんは怪しいなと思ったので、

「契約書を見せてよ。どういう条件になっているのか見てみたいから」

 と女の子に言った。女の子は慌てたように、ファンドを買ってお金を振り込んだあとでないと契約書は出せないという。

「おかしいじゃない。契約の内容がわからなかったら買えないでしょ」

 奥さんは契約書を見せるように要求したのだが、女の子は実はファンドではなくて保険商品だから契約書を見せることはできないなどと適当なことを言ってごまかそうとする。ファンドだろうが保険だろうが契約の前に契約書を確認してサインするのは当たり前のことだ。ますます怪しいと感じた奥さんは「家に帰ったらママに訊いてみるわ」と話を切り上げて断って女の子から離れた。

 この女の子は老人を狙った悪質な詐欺ファンド販売員だ。詐欺ファンドなので契約書など出せるはずがない。

 奥さんの友人の母親が、同じく郵便局のなかにいた似たようなファンド販売員に騙されたことがあった。友人の母親は六十代半ばの老人だ。年金の手続きへ行った時、郵便局のなかで声をかけられてファンドを購入した。なけなしの貯金を運用してすこしでも利子を稼いで生活費の足しにしたいという切実な思いからだ。

 郵便局のなかで販売していれば郵便局の商品だろうと思うものだが、そのファンドは郵便局のものではなかった。販売員も郵便局の職員ではない。ただ、郵便局のなかで場所を借りているだけだ。友人の母親が購入したファンドは二十年経って満期にならないと運用利回りも含めてお金は一切返さないというものだった。老人に二十年満期の金融商品を売りつけるだなんて、まったくの詐欺だ。さいわい、友人がすぐに解約しにいったので、お金が返ってきてことなきをえた。

 銀行のロビーでも同じようなことがあるらしい。もっとひどい場合は、銀行のフロアマネージャーが怪しげなファンドを売っていたりするそうだ。銀行のフロアマネージャーが勧めるものだから銀行のファンドだと思って買ったら、その銀行とはまったく関係のない怪しげな会社の怪しげなファンドだったりするのだとか。

 郵便局や銀行のなかで詐欺ファンドを販売していたら、とりわけ老人相手に詐欺ファンドを売りつけたりしていたら、社会問題になって警察が取り締まりに乗り出してもよさそうなものだが、そうはならないところが中国らしい。渡る世間は詐欺師であふれている。郵便局だから安心だろうだとか、銀行だから大丈夫だろうなどという甘い認識は捨てて、とにかく自分の身は自分で守るしかない。




(2018年1月14日発表)
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自然な味の慈姑炒め(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第421話)

2019年01月01日 06時45分45秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』

 子供の頃、慈姑(くわい)が好きではなかった。

 おせち料理に必ず慈姑の煮物が出てくる。「芽が出る」というので縁起がいい食べ物なのだそうだ。だけど、なんだか苦いし、おいしくない。正月からどうしてこんなものを食べなきゃいけないのだろうと思いながら食べていた。

 雲南省に留学していた頃、仲良くなった雲南人の家庭にお呼ばれしたりしたのだけど、ある時、慈姑の炒め物が出てきた。御馳走になった慈姑はほっこりしているうえに、甘い。子供の頃、苦手だったあの独特の苦さがない。たんに炒めただけなのにどうしてこんなにおいしいのだろうと思った。

 留学中に住んでいた宿舎の近所にあった農業市場へ行って、試しに慈姑を買ってみた。皮を剝いてから実を半分に切り、茹でてあく抜きをして、それからざっと炒める。自分で作ってみても、やはり甘くておいしかった。実もしっとりとしている。

 子供の頃におせち料理で食べていた日本の慈姑と雲南の慈姑は品種が違うのかもしれないし、雲南で食べた慈姑が新鮮だったからなのかもしれないけど、慈姑っておいしいものなんだと見直した。それから時々、自分でも作って食べたりした。

 ちなみに、雲南省のある少数民族には慈姑採りの様子を踊りにしたものがある。慈姑は水田に生える。水田のなかを歩きながら、足の指股で芽を挟んで採るのだけど、その様子を模して足をさっと前へ出して軽やかに踊ってみせる。素朴でいい踊りだった。




(2018年1月2日発表)
 この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第421話として投稿しました。
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読ませる言葉と口ずさみたくなる言葉(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第415話)

2018年12月29日 06時15分15秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』

 読ませる言葉を書いているうちはまだまだ半人前なのだといったことを読んだことがある。

 読ませる言葉を書いているうちはまだまだ修行が足りなくて、思わず口ずさみたくなる言葉を書けるようになってこそ一人前なのだと、あるベテランの作詞家が若手の作詞家にそんなことを言ったのだとか。ずいぶん昔のことらしい。

 なるほどな、と思う。

 思わず口ずさみたくなる言葉というものは、心に深く沁み込んだ言葉だ。心の奥にろうそくの火を灯すような言葉だ。そうして、人々に愛される言葉だ。

 読ませたいという欲があるうちは、思わず口ずさみたくなる言葉は書けないのだろう。読ませたいという欲が枯れて、なにかの境地に達しなければ、思わず口ずさみたくなる言葉は出てこないような気がする。書きたいだとか、読ませたいだとか、そんな欲がなくなって、自分自身が思わず口ずさみながら書かなければ、読んだ人もそんな気分にならないだろうから。

 たかが言葉、されど言葉。

 奥が深いな。



(2017年12月10日発表)
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漢方薬で体質改善(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第414話)

2018年12月22日 06時15分15秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』

 かなり疲れやすい日々が続いていた。

 早めに寝るようにしても疲れがとれない。ずっと体が重いままだ。今までむりを重ねすぎたのだろう。奥さんが漢方薬で体を調整したほうがいいと言い、中国医学の小さな診療所へ連れて行ってくれた。

 診療所は奥さんが生まれ育った上海の下町にあった。小さなアパートが並び、裏通りには屋台がいっぱい出ている。下町の商店街の一角に戦争前に建てられた古い洋館があり、その三階が診療所になっていた。診療所の一部分は古ぼけた木の板が床になっていたりした。診療所のなかはとても静かだ。漢方薬の匂いがあたりに漂っている。

 予約もなにもしていない。つかつかと奥へ入ると、お年寄りの女医がいた。ぽっちゃりとしたかわいらしいおばあちゃんだ。七十代半ばだというのに肌の血色はとてもいい、髪は黒色が抜けて茶色になっているものの、つやつやとしている。おばあちゃんの女医も漢方薬で体を整えているのだろう。奥さんが上海語で女医に説明する。僕は机のうえに腕を差し出し、女医に脈を診てもらった。

「脈が弱いわねえ。舌を出して」

 女医は僕の舌の色を見てふむふむとうなずく。奥さんが僕の体の状態について説明を続けて、女医はまた脈と舌を見る。一般的にいって、ある程度の年齢以上の中国人は漢方の基礎知識を持っている。中国人にとって漢方は家庭の医学だからだ。奥さんも基礎知識があるので、漢方医とのやり取りはスムーズだ。

「脾腎両虚だね」

 女医は言う。中国医学でいう脾臓と腎臓が弱っているらしい。「虚」とはエネルギーが低下している状態を指すようだ。ただし、「虚」にもいろんな種類があるらしく、奥さんと女医は僕の「虚」がどのようなものかについて話していたが、僕にはよくわからない。奥さんが「うちの旦那はちょっと冷気にあたるとすぐにお腹を壊すんですよ」と言ったら、女医は「まあそうだろうねえ」という顔をしていた。僕が日本人だと知ると、女医は「日本にも中国医学があって、『漢方』って言うのよね。中国からきたっていう意味らしいわね」と言ってほほ笑んだ。

 女医が処方箋を書いて、薬局で漢方薬を調合してもらった。ビニール袋いっぱいにずっしりと漢方薬が入っている。

「一か月くらい飲むの?」

 僕は奥さんに訊いた。

「一週間分よ」

「こんなにたくさんの薬を一週間で飲むの?」

「漢方ってそんなものよ」

 奥さんはこともなげに言う。

 それから毎日、奥さんは漢方薬を鍋に入れて一時間くらい煮て僕に飲ませてくれた。濃い茶色のどろどろの液体だ。かなり苦い。漢方を煮ている時に台所へ入ると漢方薬の匂いが充満している。だが、奥さんは慣れているのか、あまり気にならないようだ。

 一週間ほどしてから、またおばあちゃんの女医を訪ねた。ただ今度は古ぼけた洋館のなかの診療所ではなく、街中にある中国医学の病院だった。漢方医は数か所の病院や診療所を掛け持ちする人が多いのだそうだ。そのほうが幅広く患者を集められるからだろう。

「すこしよくなったわね」

 と女医は言う。最初に診てもらった時は、舌が真っ白だったのだが、白さがすこし取れたそうだ。体がいくぶん軽くなって寝付きがよくなった。以前のようなずっしりとした重さがない。

「若いうちに整えておいたほうがいいわよ。年寄りになってからだと調整が難しくなるから」

 女医はそう言って、また漢方薬を処方してくれた。今度の薬は茶色に白っぽさがかかっている。毎回、薬を調整するそうだ。

「寝つきがいいのは眠りやすくなる成分を入れているのですか?」

 僕は訊いた。

「安眠用のものは入れてないわよ。今までつまっていたところが通るようになって循環がよくなったから、寝つきがよくなったのよ。体がすこし調整できた証拠ね」

 女医は穏やかに言う。

 このまま毎日、体の調整のための漢方薬を飲み、体調を整え続ける。できるだけ舌の白さを取るようにするのだそうだ。それで、冬至を過ぎたところで、滋養強壮用の強めの薬に切り替えて、「脾腎両虚」の「虚」を改善する。「虚」――エネルギーの低い状態――が解消できたらそれで治療は完了するのだとか。

 体がすっかり軽くなるといいな。





(2017年11月13日発表)
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寧波酔蟹(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第413話)

2018年12月17日 16時15分15秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』

 上海蟹のシーズンになると、一緒に暮らしている上海人のお義母さんが寧波酔蟹を作ってくれる。上海蟹の酒漬けだ。上海から車で四時間ほど走ったところにある寧波という町の特産だそうだ。

 まずは市場で活きた上海蟹を買ってくる。雌蟹のほうが卵が入っているからおいしいそうだ。

 ガラス壺をアルコール度数五〇度の白酒で満たしておき、蟹を活きたままつける。蟹は酔っ払ってふらふらと動くがやがて全身にアルコールが回って死んでしまう。そこへ、味付けとして紹興酒、生姜、塩を入れる。このまま一週間ほど蟹を漬ければ食べられるようになるが、もう少し漬けておいたほうがより味がしみて美味になる。

 仕上がった寧波酔蟹はそのまま甲羅を剝いていただく。肉も卵も酒がしみてとろりとしていておいしい。特に卵の部分は絶品だ。酒漬けだが、そんなに強烈な酒の味はしない。

 上海蟹以外のほかの種類の蟹でももちろん作れるけど、旬の上海蟹を漬けたものがやはりいちばんおいしい。









(2017年11月9日発表)
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我が家の豆乳鍋(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第411話)

2018年11月23日 15時15分15秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』

 上海の下町っ子の奥さんは毎日のように日本のドラマをネットでダウンロードして観ている。

 数か月前、奥さんがある日本のドラマを観ていて、

「おいしそう」

 と叫んだ。なにかなと思ってみてみると、ドラマのなかで登場人物たちが鍋をつついている。豆乳鍋だった。

 さっそく奥さんは自分で豆乳鍋をこさえた。おいしかったので、それから二週間に一回くらいのペースで豆乳鍋を作って食べている。

 まずはなんといってもおいしい豆乳が必要だ。豆乳がまずければすべてが台無しになる。スーパーで有機大豆を買ってきて、それをミキサーにかけて自家製の豆乳を作る。中国人は豆乳が好きだ。街角ではあちらこちらで売っているし、自分で作る人も結構いる。奥さんはよく自分で豆乳を作って飲んでいる。値段はいささか張ってしまうけど、有機大豆で作った豆乳はおいしい。一度、特売品の安い大豆で豆乳を作ったことがあったのだけど、奥さんも僕もお腹を壊してしまった。奥さんによれば、中国で売っている安い大豆は遺伝子組み換え品種であることがよくあるから気を付けたほうがいいのだとか。その大豆が遺伝子組み換えのものだったのかどうかはわからないけど、ともかく安い大豆は体に悪いからやめておいたほうが無難なようだ。

 具材は、牛肉、羊肉、エビ、豆腐、青梗菜、香草、魚肉団子、ベビー白菜といったものをそろえる。

 牛肉、羊肉は薄切りのもので、煮えた豆乳のなかに入れてしゃぶしゃぶにする。牛肉はいいとして、羊肉は独特の臭みがあるから好みがわかれるかもしれない。中国ではどこでも羊肉が手に入るし、レストランでも羊肉のメニューを置いてあるところがけっこうある。日本では一度しか食べたことがなかったけど、中国で暮らすようになってから食べる機会がわりとあったので、僕は慣れてしまった。おいしいと思う。豆乳鍋でしゃぶしゃぶした牛肉や羊肉を日系スーパーで買ってきたポン酢にちょっとつけて食べる。

 ベビー白菜はやわらかくておいしい。香草パクチーも好みがわかれるところだろう。日本人には苦手な人が多い。ずっと昔、タイ旅行へ行った時、レストランでサラダを頼んだら、皿の半分に生香草が山盛りになって出てきた。これを食べるのかあと一瞬ひるんだのだが、もったいないのでむしゃむしゃとむさぼったら、それで香草の味に慣れてしまった。積極的に食べたいとは思わないけど、出てきたらきちんと平らげる。

 魚肉団子はスーパーで売っているものを適当に買ってくる。イカのすり身を団子にしたものが好み。

 梅酒をちびちび飲みながら豆乳鍋に舌鼓を打ち、最後はうどんで締める。うどんも街中の日系スーパーで売っている。上海は便利だ。日本の食材がある程度手に入る。豆乳で煮たうどんを食べるとしあわせな気分になれる。

 というわけで、今夜は豆乳鍋でした。おいしかった。





(2017年11月5日発表)
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中国の寝台バス(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第405話)

2018年08月04日 22時30分30秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』



 中国には寝台バスが走っている。

 座席ではなく、寝台ベッドがついた長距離バスだ。旅人をしていた頃はよく乗った。十時間くらい乗ることもあれば、二十時間くらい乗ることもあった。普通のバスに比べれば、横になって移動できるので座ったままよりもずっと楽だ。

 昔の寝台バスは、二人分のスペースを取った二段ベッドが左右にそれぞれ一列あった。連れ合いと二人で乗るのならまだいいのだけど、一人で乗ると知らないおじさんの隣で寝ることにもなった。隣のおじさんの足がものすごい臭気を放ち、臭くてなかなか寝付けないこともあった。僕も小汚い恰好をしていたから、おたがいさまだったかもしれないけど。

 このタイプの寝台バスは窓が開いたので、窓をすかせば外の空気を入れることができた。ただし、下段に乗った場合、その窓をうかつに開けると、とんでもないことになる。窓からひまわりの種や吸い殻や痰といったものが飛び込んでくる。上段の客が窓からいろんなものをぽいぽい捨てたり、痰を吐いたりするので、それが入ってくるのだ。一度、ひどく懲りたことがあったので、それからはなるべく上段ベッドを取るようにした。

 その後、縦方向にシングルベッドが三つ並んだタイプが普及し始めた。左右の窓側にそれぞれ一列と中央に一列ある。ベッドの狭くて肩幅くらいの幅しかないけど、知らない人の隣で眠らなくてすむのでいい。ただし、このタイプは窓が開かないので、走っているうちにバスのなかにいろんな臭いがこもってしまう。バスの窓は開いたほうがいいと思う。

 長距離バスなので、途中のサービスエリアや休憩所で時々停車する。バスが止まったら眠くても起きてトイレへ行ったり、屈伸したりして体をほぐす。夜のひんやりした空気を吸ってひと息つくのが好きだった。

 シングルベッド三列タイプになってからすこし快適になったのだけど、最後尾のベッドだけは五人並びのままだった。一番後ろは通路はなしでどんと広いベッドがあるだけだ。

 ある時、最後尾のベッドに乗ったことがあった。隣はおじいちゃんと三歳くらいの男の子の孫の二人連れだ。最後尾だから振動が激しい。男の子は気持ち悪くなってむずかる。うるさいけどしかたないなと思っているうちに僕は寝てしまった。が、ふと臭いで目が覚めた。男の子はおねしょをしてしまったらしい。小便の臭いがあたりに充満している。おじいちゃんは孫を座らせてベッドをしきりに拭いている。参ったなと思ったけど、どうしようもない。窓が開かないから臭いを逃がすこともできない。寝るしかないので、時々臭いに起こされながらもそのまま朝まで寝た。まだ臭いくらいですんでよかった。おしっこをかけられればかなり悲惨なことになっただろう。

 このほかにも、朝、目が覚めるとバスのなかにやたらと風が吹いているのでおかしいなと思ったら、バスのフロントガラスがなくなっていて、バスの先頭部から風がばんばん流れ込んでいたり、山道で事故渋滞して半日以上遅れたりといろいろとハプニングがあったけど、今思えば楽しかった。





(2017年8月30日発表)
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