反日運動に火がつくすこしくらいばかり前のことだったけど、行きつけのマッサージ店でストライキがあった。
いつも頼んでいる女の子に「何時だったら空いているの?」とショートメッセージを送ったら、
「ねえねえ、今ストライキをやっているのよ」
と弾んだ声で電話がかかってきた。
「えっ? スト?」
まさかマッサージ店でストが起きるとは思いもしなかったので、僕はきょとんとしてしまった。
「もういま、たいへんなのよっ。悪いけど、明日にしてくれない」
なんだか彼女は興奮しているみたいだ。一種の祭りみたいなものだろう。
「わかったよ。がんばって」
しょうがないかと思って僕は電話を切った。背中が張って肩がバキバキに凝っていたけど我慢するしかない。
それから数日して僕はマッサージ店へ行った。
「成功したの?」
マッサージ台にうつ伏せになりながら僕が訊くと、
「だめだったわ」
と彼女はしょんぼりする。
なんでもその店は一気に二十パーセントも値上げすることにした。店のオーナーの主張によれば、周囲の店も値上げしているので、それに合わせて値上げするのだという。だけど、マッサージ料金は上がっても、マッサージ師の歩合はほとんど上がらなかった。それで、マッサージ師たちは「歩合を上げろっ! 分け前をよこせっ!」とストライキに踏み切ったのだった。
一日目はその店のマッサージ師全員が協力してストをやった。ただ、オーナーとの交渉は決裂した。オーナーは、
「歩合は上げない。嫌なら辞めろ」
という姿勢を崩さなかったそうだ。
それでマッサージ師たちはやむをえず二日目もストを続行することにしたのだが、一部のマッサージ師は出勤してお客をとってしまった。スト破りだ。
この時点で勝負あり。
店のオーナーは、
「出勤しなければ馘(くび)にする」
とマッサージ師たちに最後通牒を突きつけ、マッサージ師たちはほんとうに馘(くび)されてはかなわないとばかりに全員出勤してしまった。他の店へ移ることになれば、また一から得意客を開拓しなくてはならない。歩合で生活している彼らは収入が減ってしまう。オーナーの粘り勝ちだ。
「残念だったね」
僕が慰めると。
「しょうがないわ(没办法)」
と彼女は首を振る。物価がどんどん上がっているのに歩合が上がらなければ生活も大変だろう。彼女は四川省の貧しい農村から広州へ出稼ぎにきている。彼女の実家は彼女の仕送りが頼りだ。
それにしてもなあと思わずにはいられなかった。
ストはどれだけ集団の団結を維持できるかにかかっている。団結しなくては賃上げ交渉は成功しない。だけど、簡単にスト破りが出てしまった。みんな生活がかかっているのだからスト破りをしたマッサージ師を責められないわけだけど、やはりこの国の人たちは集団行動ができないんだよなとあらためて感じた。そんなふうに躾(しつ)けられていない。店のオーナーはそれがわかっているから、いずれストは崩れるとみて敢えて譲歩しなかったのだろう。
中国は社会主義の国のはずだけど、どうしても資本家のほうが強いんだよな。
(2012年9月22日発表)
この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第203話として投稿しました。 『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n8686m/