二〇〇一年、雲南省の大理へ初めて行った。
大理はその昔、大理国の首都だった古都だ。古い町並みが残っている。標高は約二〇〇〇メートル。ちなみに、大理石の「大理」はこの町の名前が由来だそうだ。今でも郊外では大理石を採掘している。
大理の町からすこし道をおりていくと大きな湖が広がり、後ろは高い山脈が連なっている。有名なお寺があるくらいでほかにはこれといってなにかがあるわけでもないけど、のんびりと過ごせる町だった。バックパッカー用のゲストハウスが何軒かあって長逗留する旅人がわりといた。当時の旅行ガイドブックには「つらい中国旅行のはてにたどり着くオアシスの地」といったことが書いてあった。
山羊のミルクで作ったチーズケーキを出す店があると聞いて、日本人の旅人たちといっしょにその店へ行った。ひなびた住宅街の一角にある地味な食堂だった。看板がなければ食堂だとわかりそうにもない。
店へ入ったのはもう夕方だったから、夕食を食べてデザートにチーズケーキを注文することにした。人の好さそうな白族のおじさんがメモに注文を書き付ける。白族は大理を中心に居住する少数民族。大理国の主だった民族だ。
おじさんは、
「ちょっと時間がかかるけどいい?」
と訊く。すこしくらいしょうがないなと思って、
「いいよ」
と気軽に答えたのが間違いだった。
おじさんは店の奥からクラシックな自転車を出してくる。
まさか、と思ったけどもう遅かった。おじさんはひょいと自転車にまたがって店を出てしまった。材料を買いに出かけたのだ。
三十分ほど後、ようやくおじさんが帰ってきた。ハンドルには野菜や肉がどっさりつまったビニール袋をいくつもぶらさげている。
ちょうどその時、高校生くらいの男の子が店に入ってきた。おじさんは、
「店が忙しいんだから手伝いなさい」
というようなことを言う。どうやら息子さんのようだ。だけど、反抗期真っ盛りらしい彼は不機嫌そうに口ごたえしたあと、ぷいと横を向いてどこかへ行ってしまった。おじさんは「しょうがないな」と息子の背中を睨みつける。
おじさんが帰ってきてから三十分経っても料理は出てこない。旅人同士の話題も尽きて、みんな黙り込む。待ちくたびれてしまった。さすがにお腹が空いた。
店へ入ってから一時間半ほど経過した頃、ようやく料理が出始めた。ただし、一皿ずつ。どうやらおじさんは一人で料理をこさえているようだ。
「いやー、お待たせして申し訳ないね」
とおじさんは一瞬だけ笑顔を作ってまた慌しく奥の厨房へ消える。一時間がかりで八皿ほどの料理が出てきた。料理はちょっと上手な家庭料理といったところだろうか。百合根の肉詰めがおいしかった。
料理を平らげ、いよいよチーズケーキの登場になった。
おじさんは、
「自慢のチーズケーキだよ」
といったふうに颯爽とチーズケーキの皿をテーブルに並べる。みんな、目が点になった。
なんと、ごく普通のスポンジケーキの横にチーズの切り身が並んでいる。これでは「チーズケーキ」ではなく、「チーズとケーキ」だ。おそらく、おじさんは「チーズケーキ」というものが世の中にあると聞き、ケーキのなかにチーズを練りこむのだとは思いもよらず、勘違いしてチーズとケーキを並べてしまったのだろう。
「このチーズは山羊の乳で作ったチーズなんだ。大理の名物なんだよ」
おじさんはそう言って会心の笑みを浮かべる。
「おいしいって聞いていたから楽しみにしていたんだ。あはは」
と僕は内心困ったなと思いつつむりして笑った。おじさんはこの「チーズケーキ」ならぬ「チーズとケーキ」はおいしくて評判がいいんだと素朴に思いこんでいるようだ。おじさんがおもてなしの心に溢れていることは表情を見ればわかるから、彼の気持ちを壊したくなかった。
さて、どう食べようか迷った。
チーズケーキを食べにきたのだから、チーズとケーキを半分ずつ口に入れて、口の中でまぜてチーズケーキにして食べるのがよいのか、やはり別々に食べたほうがよいのか。
混ぜてもチーズケーキにはならないと思うので、やはりチーズとケーキを別々に食べることにした。スポンジは予想通りいまひとつだったけど、山羊チーズはおいしかった。
まあ、話のネタになったからいいか。
(2014年4月11日発表)
この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第295話として投稿しました。
『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n8686m/