しばらくイベント対応の仕事で忙しい日々が続いた。毎朝五時に起きて夜は十一時や十二時頃に帰宅する。
金曜日の夜、イベントの打ち上げを終えてようやく帰ると、
「ねえ見て」
と家内が楽しそうにダイニングの隅においた金盥の蓋を開けた。すっぽんが二匹、盥のなかでじっとしている。
「ママが市場で買ってきたの。さっき一匹逃げ出しちゃったのよ。台所で見つけたわ」
「危なかったねえ」
「急いで盥へ戻したわ。あなたはくたくただからってママが特別に用意してくれたのよ」
翌日、おじさん(お義母さんの弟)がすっぽんをさばくためにやってきた。さすがに女手ではさばけないようだ。僕もさばいたことがないからできない。
まな板のうえに置いたすっぽんは首を引っ込めているので、割り箸を突っ込んで喰らいつかせる。割り箸をすうっと引いて、すっぽんの首が伸びたところで、包丁を叩きつけばっさり首を落とす。すっぽんの胴体は震えているが思ったほどは暴れない。お義母さんも家内も楽しそうだ。
二匹目をさばく時、アクシデントが起きた。すっぽんがおじさんの指にかみついたのだ。おじさんはうめき声をあげる。すっぽんはいったん食いつくと雷が鳴っても離さないと聞いていたけど、幸い、案外簡単に外すことができた。
すっぽんの血を流して、腹を十字に切って内臓を取り出す。内臓は臭くて食べられない。なかの脂も落とす。きれいに洗うのはなかなか大変な作業だ。おじさんも夕飯をいっしょに食べるのかと思っていたのだけど、すっぽんをさばいただけで、指に絆創膏を巻いて帰って行った。
生姜を入れてと鍋でぐつぐつ煮込む。独特の香りがふわっとする。煮込んでいるうちに生臭さが消えた。
いよいよ夕飯にすっぽんスープが登場した。すっぽんの甲羅と肉が鍋に浮かんでいる。
まずはスープを飲んでみる。生姜がきいて良い味だ。すっぽんの肉を食べてみた。肉は硬くてなんだか筋張っている。食べるものではないような感じだ。家内はまずければ残してもいいというのですこしだけ食べて残した。
すっぽんのメインは甲羅の縁のゼラチン状の蛋白質だ。スープの味がしみこんでいるだけで、あんまり味はしないけど、これがいちばん栄養があるところなのだそうだ。甲羅の縁からはがして食べ、甲羅をしがんで残らず平らげた。甲羅を手にかざしてみる。すっぽんに申し訳ない気がしないでもない。化けて出てくるような気もする。甲羅を砕いて粉にすれば、漢方薬の材料になるのだとか。
二日連続ですっぽんスープを食べたおかげでずいぶん元気になった。元気になったのはいいのだけど、なんだかむずむずしてきた。
(2016年3月13日発表)
この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第347話として投稿しました。
『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n8686m/