風になりたい

自作の小説とエッセイをアップしています。テーマは「個人」としてどう生きるか。純文学風の作品が好みです。

読ませる言葉と口ずさみたくなる言葉(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第415話)

2018年12月29日 06時15分15秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』

 読ませる言葉を書いているうちはまだまだ半人前なのだといったことを読んだことがある。

 読ませる言葉を書いているうちはまだまだ修行が足りなくて、思わず口ずさみたくなる言葉を書けるようになってこそ一人前なのだと、あるベテランの作詞家が若手の作詞家にそんなことを言ったのだとか。ずいぶん昔のことらしい。

 なるほどな、と思う。

 思わず口ずさみたくなる言葉というものは、心に深く沁み込んだ言葉だ。心の奥にろうそくの火を灯すような言葉だ。そうして、人々に愛される言葉だ。

 読ませたいという欲があるうちは、思わず口ずさみたくなる言葉は書けないのだろう。読ませたいという欲が枯れて、なにかの境地に達しなければ、思わず口ずさみたくなる言葉は出てこないような気がする。書きたいだとか、読ませたいだとか、そんな欲がなくなって、自分自身が思わず口ずさみながら書かなければ、読んだ人もそんな気分にならないだろうから。

 たかが言葉、されど言葉。

 奥が深いな。



(2017年12月10日発表)
 この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第415話として投稿しました。
 『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n8686m/


漢方薬で体質改善(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第414話)

2018年12月22日 06時15分15秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』

 かなり疲れやすい日々が続いていた。

 早めに寝るようにしても疲れがとれない。ずっと体が重いままだ。今までむりを重ねすぎたのだろう。奥さんが漢方薬で体を調整したほうがいいと言い、中国医学の小さな診療所へ連れて行ってくれた。

 診療所は奥さんが生まれ育った上海の下町にあった。小さなアパートが並び、裏通りには屋台がいっぱい出ている。下町の商店街の一角に戦争前に建てられた古い洋館があり、その三階が診療所になっていた。診療所の一部分は古ぼけた木の板が床になっていたりした。診療所のなかはとても静かだ。漢方薬の匂いがあたりに漂っている。

 予約もなにもしていない。つかつかと奥へ入ると、お年寄りの女医がいた。ぽっちゃりとしたかわいらしいおばあちゃんだ。七十代半ばだというのに肌の血色はとてもいい、髪は黒色が抜けて茶色になっているものの、つやつやとしている。おばあちゃんの女医も漢方薬で体を整えているのだろう。奥さんが上海語で女医に説明する。僕は机のうえに腕を差し出し、女医に脈を診てもらった。

「脈が弱いわねえ。舌を出して」

 女医は僕の舌の色を見てふむふむとうなずく。奥さんが僕の体の状態について説明を続けて、女医はまた脈と舌を見る。一般的にいって、ある程度の年齢以上の中国人は漢方の基礎知識を持っている。中国人にとって漢方は家庭の医学だからだ。奥さんも基礎知識があるので、漢方医とのやり取りはスムーズだ。

「脾腎両虚だね」

 女医は言う。中国医学でいう脾臓と腎臓が弱っているらしい。「虚」とはエネルギーが低下している状態を指すようだ。ただし、「虚」にもいろんな種類があるらしく、奥さんと女医は僕の「虚」がどのようなものかについて話していたが、僕にはよくわからない。奥さんが「うちの旦那はちょっと冷気にあたるとすぐにお腹を壊すんですよ」と言ったら、女医は「まあそうだろうねえ」という顔をしていた。僕が日本人だと知ると、女医は「日本にも中国医学があって、『漢方』って言うのよね。中国からきたっていう意味らしいわね」と言ってほほ笑んだ。

 女医が処方箋を書いて、薬局で漢方薬を調合してもらった。ビニール袋いっぱいにずっしりと漢方薬が入っている。

「一か月くらい飲むの?」

 僕は奥さんに訊いた。

「一週間分よ」

「こんなにたくさんの薬を一週間で飲むの?」

「漢方ってそんなものよ」

 奥さんはこともなげに言う。

 それから毎日、奥さんは漢方薬を鍋に入れて一時間くらい煮て僕に飲ませてくれた。濃い茶色のどろどろの液体だ。かなり苦い。漢方を煮ている時に台所へ入ると漢方薬の匂いが充満している。だが、奥さんは慣れているのか、あまり気にならないようだ。

 一週間ほどしてから、またおばあちゃんの女医を訪ねた。ただ今度は古ぼけた洋館のなかの診療所ではなく、街中にある中国医学の病院だった。漢方医は数か所の病院や診療所を掛け持ちする人が多いのだそうだ。そのほうが幅広く患者を集められるからだろう。

「すこしよくなったわね」

 と女医は言う。最初に診てもらった時は、舌が真っ白だったのだが、白さがすこし取れたそうだ。体がいくぶん軽くなって寝付きがよくなった。以前のようなずっしりとした重さがない。

「若いうちに整えておいたほうがいいわよ。年寄りになってからだと調整が難しくなるから」

 女医はそう言って、また漢方薬を処方してくれた。今度の薬は茶色に白っぽさがかかっている。毎回、薬を調整するそうだ。

「寝つきがいいのは眠りやすくなる成分を入れているのですか?」

 僕は訊いた。

「安眠用のものは入れてないわよ。今までつまっていたところが通るようになって循環がよくなったから、寝つきがよくなったのよ。体がすこし調整できた証拠ね」

 女医は穏やかに言う。

 このまま毎日、体の調整のための漢方薬を飲み、体調を整え続ける。できるだけ舌の白さを取るようにするのだそうだ。それで、冬至を過ぎたところで、滋養強壮用の強めの薬に切り替えて、「脾腎両虚」の「虚」を改善する。「虚」――エネルギーの低い状態――が解消できたらそれで治療は完了するのだとか。

 体がすっかり軽くなるといいな。





(2017年11月13日発表)
 この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第414話として投稿しました。
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寧波酔蟹(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第413話)

2018年12月17日 16時15分15秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』

 上海蟹のシーズンになると、一緒に暮らしている上海人のお義母さんが寧波酔蟹を作ってくれる。上海蟹の酒漬けだ。上海から車で四時間ほど走ったところにある寧波という町の特産だそうだ。

 まずは市場で活きた上海蟹を買ってくる。雌蟹のほうが卵が入っているからおいしいそうだ。

 ガラス壺をアルコール度数五〇度の白酒で満たしておき、蟹を活きたままつける。蟹は酔っ払ってふらふらと動くがやがて全身にアルコールが回って死んでしまう。そこへ、味付けとして紹興酒、生姜、塩を入れる。このまま一週間ほど蟹を漬ければ食べられるようになるが、もう少し漬けておいたほうがより味がしみて美味になる。

 仕上がった寧波酔蟹はそのまま甲羅を剝いていただく。肉も卵も酒がしみてとろりとしていておいしい。特に卵の部分は絶品だ。酒漬けだが、そんなに強烈な酒の味はしない。

 上海蟹以外のほかの種類の蟹でももちろん作れるけど、旬の上海蟹を漬けたものがやはりいちばんおいしい。









(2017年11月9日発表)
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風の吹く先へ

2018年12月16日 07時30分30秒 | 詩集

 新しいことを始めるのに
 理屈なんていらないよ
 やりたいからやる
 それでいいじゃない

 風はいつも吹いている
 いつも いつのときも
 生まれ変わってる
 その先にあるものを
 僕は見たいんだ


 やり直そうなんて思わない
 明日を見つめるだけでいい
 人は変わり続ける
 それでいいじゃない

 夢を君と抱きしめる
 君と 君だけと
 想い描いている
 満ち足りたしあわせを
 わかちあいたい


 とにかく始めてみようよ
 どんなことでもいいから
 悩むなんてばかみたい
 それでいいじゃない

 風はいつも吹いている
 いつも いつのときも
 生まれ変わってる
 元気さえあれば
 なんでもできるんだ


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