風になりたい

自作の小説とエッセイをアップしています。テーマは「個人」としてどう生きるか。純文学風の作品が好みです。

シャンプーハット

2013年05月30日 21時08分25秒 | 童話

 シャンプーハットが、きゅっ、きゅっ、きゅっ。

 正太、こうやっておまじないをかけるとうまくかぶれるんだよ。
 お兄ちゃんとおまじないをかけてみようね。

 シャンプーハットが、きゅっ、きゅっ、きゅっ。

 そう、ちゃんとおまじないができたね。
 それじゃ、あたまにおゆをかけよう。ぬらしたら、シャンプーハットをかぶりやすくなるから。だいじょうぶだよ。ただのおゆだもん。シャンプーじゃないから。
 よいしょ。
 おゆはこれくらいでいいよな。ぬらすだけだもん。
 はい、お目めをつむって。
 ざあああー。

 これでじゅんびはよし。
 お目めをあけていいよ。
 お兄ちゃんも、さいしょはこわかったんだよ。
 だって、シャンプーが目に入ったら、いたいじゃない。でもね、だいじょうぶ。お兄ちゃんがちゃんとやってあげるから。
 じっとしたままだよ。
 シャンプーハットは、まっすぐかぶらなきゃいけないんだ。
 かぶせるよ。そろりそろり、ゆっくりと。
 あ、正太、うごいちゃだめ。
 いやいやしたらだめ。
 シャンプーハットがゆがんじゃったじゃない。せっかくうまくいってたのにさあ。これじゃあ、シャンプーハットがやくに立たないよ。
 あ、そうだ。おまじないをわすれてた。
 おまじないをしなかったからしくじっちゃったんだな。
 お兄ちゃんといっしょにおまじないをかけながら、もういっかい、やりなおそうね。

 シャンプーハットが、きゅっ、きゅっ、きゅっ。

 もういちど。

 シャンプーハットが、きゅっ、きゅっ、きゅっ。

 ふう、うまくいったね。
 おまえはしあわせだよ。
 こうやってお兄ちゃんにめんどうをみてもらえるんだもん。ぼくなんか、いつもお母さんにじぶんでやりなさいって言われるだけだもの。お母さんは、かじとか、おまえのせわとかでいそがしいしさ。
 ほら、ちゃんとすわって。立ち上がらないで。まだおわってないんだもん。
 なに?
 あたまをあらうのはきらいなの?
 お兄ちゃんもそうだったけどね。でも、あらわなかったらかゆくなるし、くさいままなんだよ。正太のかみはにおうなあ。くさいよ。ちょーくさいよ。こんなにくさかったら、おまえのすきなケイちゃんにきらわれちゃうよ。あそんでくれなくなるよ。それでもいいの?
 そうだろ。
 よくないだろ。
 だったら、お兄ちゃんのいうことをちゃんときくんだよ。

 シャンプーをつけるよ。
 正太のかみはほそいなあ。もっとのりを食べたほうがいいよ。のりを食べたら、おとうさんみたいに黒くて太いかみになるんだよ。こんどお母さんとスーパーへ行ったときにかってもらいなよ。
 手をひざのうえにおいて。じっとするんだよ。シャンプーハットがずれたら、シャンプーがかおにながれて、お目めに入っちゃうよ。いいね。
 前のかみをごしごし。
 あたまのてっぺんをごしごしごし。
 よこのかみもごしごしごしごし。
 シャンプーハットの下のかみの毛も、ごしごしごし。
 ごしごし、ごしごしごしっと。
 だいたいこれくらいかな。
 もうちょっとごしごししたほうがいいかな。
 正太、かゆくない?
 だいじょうぶだね。
 かおにシャンプーがながれてないから、これでよし。
 それじゃ、おゆでながそう。
 いきを大きくすって。お目めをしっかりつむって。こわくない。
 はい、かけるよ。
 ざあああー。
 ほら、だいじょうぶだろ。
 こわがることなんて、なんにもないんだよ。
 もういっかい、おゆをかけるよ。
 ざあああー。
 さあ、シャンプーハットをとろう。
 おまじないをいっしょにとなえるんだよ。

 シャンプーハットが、きゅっ、きゅっ、きゅっ。

 正太、もういちどお目めをつむって、みみをふさいで。
 うしろにおゆをかけるよ。
 はい、できあがり。
 ちょろいね。

 ゆぶねにつかろうね。
 お兄ちゃんがあひるさんであそんであげるから。
 おふろはたのしいよね。お兄ちゃんもおふろは大好きだよ。
 えっ?
 おしりをおさえてどうしたの?
 うんち?
 うんちがしたいの?
 そういえば、お兄ちゃんもおふろに入ったときはよくうんちがしたくなったなあ。どうしてなんだろう?
 こまったな。
 どうしよう?
 おかあさーん。



 了


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乱読と熟読(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第175話)

2013年05月21日 20時00分47秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』
 
 
 本を読む習慣がついたのは、中学校三年生の夏休みからだった。
 部活を引退してひまになった。というよりも、部活があったときは体がくたくただったのだけど、引退したら今度は力がありあまるようになった。
 もちろん、それまでも本を読んでいた。星新一さんのショートショートはなどはよく読んでいた。でも、さすがに毎日読む習慣まではなかった。
 駅前の本屋で『笑うな』(筒井康隆)と『ムツゴロウの青春記』(畑正憲)を買ったのが始まりだった。どちらも面白かった。
 もっと読みたいなあと思って再び書店へ行くと「夏休みの百冊」というコーナーがあって、いろんな本が並んでいる。その百冊のなかから『どくとるマンボウ航海記』や『人間失格』といった次々と本を買って、いろいろ読んだ。父親が司馬遼太郎さんのファンだったので、親父の本棚から『龍馬が行く』だとか『関ヶ原』といった小説を取り出しては片っ端から読んでいった。隣のお兄さんがラジオの放送作家をやっていて要らない本を大量にくれたので、そのなかからおもしろそうなのを適当に選んで読んだ。図書館にもよく通った。
 なんでも手当たり次第に読む乱読だった。
 読むスピードは遅いのだけど、五六冊は同時平行で読んだ。朝六時半に目が覚めて歴史小説を読み、夏期講習の間にSF小説を読み、夜はエッセイを読むといった具合だ。今から思えばなんであんな読み方をしていたのだろうと思う。本を読みたくて読みたくてしかたなかったんだろうな。朝、目覚めた五分後には読書を開始していたのだから自分でもおどろきだ。中学生の頃は元気だったんだよなあ。やみくもなパワーがあったんだよなあ。
 今はもう乱読はできない。
 時々、無意識のうちに眼鏡を外して本や書類を読むようになった。老眼がすこし始まっているのだ。おじさんになった今、そんなパワーはない。頭がかたくなっているので、若い頃のように砂が水を吸い取るような吸収力もない。
 今は乱読するより熟読するほうが好きだ。
 赤鉛筆で赤線を入れたり、前のページを読み返したりして、本をとめて物思いにふけったりしながらじっくり読む。もちろん、すべての本を熟読するわけにもいかないから、気に入った本だけしか熟読しないけど。
 古典になっている名作の小説はなんど読み返しても面白い。読むたびに発見がある。若い頃に勢いにまかせて一気に読んだ小説も、じっくり読み直してみると若い頃に見落としていたことを見つけたりしておもしろい。小説の書き方の勉強にもなる。
 もっと読書の時間を取れたらいいのになあと思うのだけど、仕事をしなくっちゃいけないからしょうがないか。



(2012年5月12日発表)
 この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第175話として投稿しました。 『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n8686m/

幻の立ち乗り旅客機(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第172話)

2013年05月15日 22時44分14秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』
 
 もうずいぶん前のことだけど、中国の雑誌を読んでいたら、立ち乗り旅客機の開発計画の記事と完成予想図のイラストが出ていた。
 乗客を座席に坐らせるとスペースをとって輸送効率が悪いので、乗客を立たせたままびっちり乗せて運ぼうという計画だ。記事によると、一時間くらいの短距離路線向けに開発予定で、ジェットコースターのような上からバーで押さえつけるタイプの安全装置をつけるので、離発着の時の安全性も問題ないと書いてあった。航空運賃も安くなるので乗客にもメリットがあるという。
 さいわい、というか、当たり前というか、立ち乗り飛行機のアイデアはまだ実現していない。中国では飛行機の出発が一二時間遅れるのは当たり前だし、三四時間待たされることもしょっちゅうある。立ったまま三時間も待たされるだなんてたまらないんだけど……。
 飛行機の乗客を立たせたまま運ぼうだなんて、フツーは思いつかないよ。人口十何億人の国は、考えることが違うよなあ。




(2012年4月26日発表)
 この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第172話として投稿しました。
 『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n8686m/

あすなろ

2013年05月11日 10時34分03秒 | 詩集
 
 ほんとうの気持ちなんて
 誰にも言わないほうがいい
 心を隠したほうが生きやすいから
 そうだよね

 他人の本音に付き合うほど
 誰も暇じゃないから
 言ってみたところでなんにもならない
 そうだよね

 というわけで
 いつまでもニセモノの自分


 ほんとの気持ちなんて
 誰にも知られないほうがいい
 心をさらけ出してもなんにもならない
 そうだよね

 大切に守っている想いを
 興味本位でのぞかれたりしたら
 なにかが壊れそうで怖いから
 そうだよね

 というわけで
 いつまでもニセモノの自分


 そんなふうに
 いつまでもニセモノの自分
 と思っているのが
 ほんとうの自分だったりして
 いつまでもニセモノの自分
 と誤魔化しているのが
 ほんとうの自分だったりして

 わかってるんだ
 わかってるんだけどね
 というわけで
 いつまでもニセモノの自分
 それがほんとうの自分

 なんだか 泣けるね
 ばかばかしくって
 泣けてくるよね
 いつまでもニセモノの自分
 それがほんとうの自分
 僕はなにをやっているのだろう?


正直はいけませんねぇ(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第171話)

2013年05月01日 13時00分37秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』
 
 ある日の夕方、そろそろ終業時刻になりかけた頃、アシスタントのアニメちゃんがため息をついた。ずっと翻訳作業を続けていたので疲れてはててしまったようだ。
「ああー」
 と彼女はアニメ声で言い、両手を広げて机に突っ伏す。お猿さんのぬいぐるみのようだ。
「こら、寝たらだめ。疲れたんだったら、そのあたりを散歩して気分転換してきなさい」
 僕は机をこつこつ叩いた。翻訳は根を詰めるのでたしかに疲れる。それはわかるのだけど、がんばってもらわなければならない。
「野鶴さん、残業したくないです。残りは野鶴さんがやってください」
「あのなあ。君の責任で仕上げなさいって言ったんだから、最後までやらなくちゃだめだよ。今日中に仕上げなくっちゃいけないから、終わるまで残業だよ。残業代がつくんだからいいだろ」
「ついてもつかなくても、残業はしたくないですぅ」
 一般的にいって、中国人は残業したがらない。自分の生活のペースを乱されるのが厭なようだ。
「僕なんか残業代なしでいっぱい残業してるんだぜ」
「野鶴さんは典型的な日本人で人生灰色って感じですよね」
「人の人生を勝手に灰色にすんなっ。なんで人生灰色だなんてそんな日本語ばかり覚えるんだよ。――とにかく、きちんとやりなさい。上司に向かって残業したくないなんて言ったら、普通は馘《くび》になるんだぞ」
 引き締めなければいけないと思ってヘッドロックしようとしたら、
「正直、残業はしたくないです。ますますしたくないですぅ。でも、社会へ出たら正直はいけませんねぇ」
 としょぼんとしたアニメちゃんはしみじみつぶやく。僕はヘッドロックする気力が失せてしまった。
 たしかに、残業したくもないのに夜遅くまで仕事したりしているのだから、日本人は他人にも自分にも嘘をついているのかもしれない。
 正直でお気楽な君がうらやましいよ。
 生まれ変わったら、広東人の女の子になろうかな。




(2012年4月25日発表)
 この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第171話として投稿しました。 『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n8686m/

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