今年は上海で春節を過ごした。
春節の三日目に家内と義母の三人で豫園へ行ってきた。豫園は上海市内にある明代(十六世紀)にできた庭園。当時の有力な政治家が作った。庭園を取り囲んで昔風の建物が立っていて、そのなかは土産物店などがずらっと並んでいる。この土産物店街は豫園商城と呼ばれている。上海の有名な観光名所だ。毎日とてもにぎわっている。
豫園商城へ行くとまるで初詣の寺院のような人混みだった。武装警察まで出て整理に当たっている。入口の行列にならんでようやく豫園商城へ入る。なかは提灯や人形で楽しく飾り付けている。家内も義母も愉しそうだ。じつは、家内も義母もこの豫園のすぐそばで生まれ育った。二人にとって豫園はとても馴染み深い場所だ。故郷へ帰ってきたような気がするのだろう。
今でこそ豫園商城などと呼ばれているけど、家内が幼かった頃のこのあたりは土産物店などほとんどなく、観光客もいなくて、いつもがらがらに空いていたのだそうだ。幼い頃、家内は毎日、近所の子供たちと豫園商城のなかへ入って遊んでいたのだとか。それで晩御飯の時間になるとどこかのお母さんが子供を呼びにきて、それを合図にしてみんな家へ帰った。のどかな時代だった。
さて、賑やかな豫園商城のなかをぐるりとまわって春節気分を楽しんだ後、お目当ての「緑波廊」へ入った。緑波廊は上海では有名なレストランだ。国賓クラスが上海へやってくると中国政府はこのレストランで接待する。上海人はクリントン米大統領が緑波廊で食事したとよく言う。クリントン以外にもいろんな国賓がここで食事したそうだ。本場の上海料理が食べられるという。
家内は以前に何度か緑波廊で食事したことがあるそうだが、僕を連れていってくれるのは初めてだ。春節なのでちょっと気張っていいレストランで食事といったところだ。
レストランのなかへ入ると、一時過ぎだというのに順番待ちの人であふれている。前には三十人ほどが並んでいる。整理券を配っている職員に訊いてみると、こんなに待っている人が多いのに四五十分で案内できるという。回転は速いそうだ。店内は大きなテーブルがずらりと並んでいる。高級レストランなのだけど格式ばった感じはまったくしない。ちょっといいレストランといった風情だ。
四十分ほどしてテーブルへ案内された。八人掛けの大きなテーブルに親子連れのほかの客といっしょに坐る。テーブルの真ん中には中華式の回転テーブルがあるのだけど、ほかの客といっしょなのでもちろん回さない。
家内がメニューを見る。上海料理なので、メニューは家内に任せる。家内は上海語でウェイトレスに注文した。このレストランは国営企業なのだそうだ。ウェイトレスは全員地元の上海人。政府がレストランを経営する必要はないわけだし、民営化してもよさそうなものだけど、VIP招待用に国営のままとってあるのかもしれない。ウェイトレスはだれもがてきぱきしている。
最初に「芙蓉海皇羹」が出てきた。なまこ、むきえび、貝柱入りのたまごスープだ。あっさりしていて上品な味でおいしい。
次に「眉毛酥」と「蘿蔔絲餅」が出てくる。眉毛酥はここの名物料理のようだ。小麦粉で眉毛の形に似せた皮を作り、なかに豚肉、キノコ、たけのこを煮た餡(あん)が入っている。ジューシーでおいしい。蘿蔔絲餅は米粉のころものなかに大根を煮た餡が入っている。
「蟹粉豆腐」は上海料理の定番。僕の好物なので家内が頼んでくれたようだ。上海蟹の卵と身を豆腐にからめてある。御飯がすすむ料理だ。
「松子桂鱼」は川魚の姿煮フライに甘ずっぱいあんをかけてある。これは上海に限らず、ほかの地域でも見かける料理だけど、上海なのであんには角砂糖がたっぷり入っていてけっこう甘い。魚の白身にあんをからめて食べる。川魚は泥臭さがどうしても残るのだけど、あんをからめればおいしくいただける。
最後に「草頭圈子」が出てきた。草頭は上海あたりでよく見かける葉っぱものの野菜。日本語では「ウマゴヤシ」というそうだ。日本では馬に食べさせる草だったのだろうか。独特の苦みと歯ごたえがあっておいしい。家でもお義母さんが時々炒めてくれる。この炒めた草頭に豚の大腸煮がのっている。大腸煮は絶品だ。上海料理にしては珍しくしょっぱい。お酒によくあうと思う。
料理は全部平らげた。これだけ頼んで料金は日本円にして一万円ほどだった。一人当たりにすれば三千円ちょっと。春節の御馳走としてはお手頃な値段だ。日本人の口にもよく合う。
緑波廊は午後二時以降は点心タイムとなるそうで、点心もおいしいそうだ。一度、時間を作って行きたいなと思っている。
そんなわけで、豫園商城ぶらぶら散歩して、御馳走を食べて、春節気分を味わって家へ帰った。