あまり使っていない会社の会議室に見知らぬ白衣の女の子が坐り、中国人の社員たちがなにやら通っている。健康診断の時期でもないのになんだろうと思っていたら、
「野鶴さん、ちょっときてください」
と中国人の部下たちが嬉しそうに僕を会議室へ誘う。
会議室には電気マッサージの機械がおいてあって、白衣の女の子がマッサージを施していた。
「野鶴さん、気持ちいいですよぉ」
と勧められるままに、電気マッサージを受けた。両肩にパッドを当てて電気を流すと凝ったところをほぐしてくれる。ズンズンと揉まれている感じだ。
「力加減はどうですか?」
白衣の女の子が聞くので、
「もうちょっと強いほうがいいかな」
と僕が言うとスイッチを押して強めてくれた。こんどはズドンズドンと揉まれる感じになる。とても気持ちいい。
二〇分ほど電気マッサージを受けたあとで首を回してみると、首の骨がシャキシャキっと鳴った。ぼんやりしていた頭がすっきりした。
なんでもその白衣の女の子は中国医学(漢方)の医学生で、実習のために企業を回っているそうだ。数日間、無料で電気マッサージを施して、総務からこの企業で何日間実習しましたという証明書をもらう。その実習の証明書がないと卒業できないのだとか。合計で三か月間ほど「実習」へ行くそうだ。
漢方医の実習生の女の子はなかなか受け入れてくれる企業がなくて困っているという。それはそうだろう。従業員が就業時間中にマッサージを受けていたのでは仕事にならない。僕も部下が代わる代わるいなくなるので困っていたところだった。みんなで集まって打ち合わせしようにもできない。ただ、マッサージを受けたあと、仕事ははかどった。頭がすっきりした状態なのでスイスイ仕事をこなせる。
翌日、会議室の前を通りかかると実習生の女の子はやはり会議室にマッサージ機を据えて待ち構えている。会議室にはだれもいない。彼女は手持ち無沙汰そうだ。せっかくきてくれているのに誰もマッサージを受けないのは彼女に悪いので、今度は肩と腰を同時に電気マッサージしてもらった。電気マッサージが終わった後、その女の子は両手で肩を揉んでくれた。漢方医の医学生だけあって正確につぼを押してくれる。
「野鶴さんっ! なんでそんな特別なサービスを受けているのですかっ!」
ちょうど会議室へ入ってきた部下の中国人の女の子が嬉しそうに日本語で叫ぶ。
「え? 揉んでもらっているだけだけど」
僕がそう言うと、
「ふつうは、電気を当てておしまいですよ。わたしたちにはそんなサービスをしてくれません」
と、部下の女の子はにやにやする。
「そうなの?」
「彼女は野鶴さんが気に入ったんですよぉ」
「そうかな?」
「彼女の電話番号は聞きましたか?」
「うん、もう教えてもらったけど」
「うわー、恋人になるといいですよ」
「違うってば。肩こりがひどいから相談に乗ってもらえたりしたらいいなと思っただけだよ」
「あははは」
部下の女の子は笑って去っていった。
彼女はその話をさっそく広めたようで、喫煙室へタバコを吸いに行くと、みんな僕に向かってその話ばかりして、
「野鶴さんはいい歳なんだから家庭を持たなくっちゃ(野鹤先生,差不多吧,你成家吧)」
と、嬉しそうに僕の肩を叩いたりする。肩を揉んでもらって電話番号を聞いただけなのに、みな飛躍しすぎだ。実習生の女の子は二十歳近くも年下なのだから、たとえ僕がモーションをかけたところで相手してくれるわけがないじゃないか。電話番号を教えてもらえたのは嬉しかったけどさ。
タバコを吸い終わって事務室へ戻ったら、外出先から戻ってきた僕の上司がデスクに坐っていた。ボスは日本の本社からきた駐在員だ。
――やばいかもしれない。
と僕は思った。このままでは野鶴は仕事中にマッサージを受けて遊んでいたことになりかねない。実際、遊んでいたわけだけど。
「部長、ちょっとだけ電気マッサージを受けてみませんか? 気持ちいいですよ。肩が凝っているでしょう」
そう明るく言って誘ってみたら、ノリのいい人なので、
「ほんとに疲れるよなあ。トラブルばっかりだもん」
とぼやきながら会議室までついてきてくれた。
しめしめ、これでボスも共犯者だ。
(2014年5月30日発表)
この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第299話として投稿しました。
『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n8686m/