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インプラント治療は何歳まで出来るのか?するべきなのか?

2012年04月10日 | 患者さんの知らないンプラント業界の話

昨日は、人によっては非常に賛成できない、とんでもない、と言う意見を持たれてしまうかも知れない私の考えを書きました。

インプラント治療を93歳になっている患者さんに行う、と言うことが正しいのか正しくないのか、大きく意見が分かれる所でしょう。

今現在では、確かに反対意見の方の方が多数派であり、私のような意見の持ち主はインプラントをしたがっている、金儲けに走っていると受け取られてしまうのでしょう。

なので、重ねて今日も説明をしたいと思います。

 

まず、現在は人の寿命、平均余命が非常に伸びています。

栄養状態の改善、公衆衛生の整備、医学の発達、と色々な条件が整い、特に日本は人類史上かつてない長生き出来る、高齢化社会を迎えています。

しかも、この変化が急激に起きていて、戦後60年と言う短い期間で生じている為に、その変化に伴う考え方、人生の過ごし方等、全く未体験ゾーンに突入しているのです。

ですから、今70代に成られている方とかは、今後の人生で従来の自分が子供だった頃とかそれまでの人生で見聞きして来た経験を元に考えられてしまい、明るい未来を思い描くことが余り出来ないのだと思います。

ですから、患者さん方とお話してても、後何年も生きられないからとか生きるつもりはない、とか言われるのでしょう。

が、現実には殆どの方がまだまだ余命があり、そこから先衰えて行くだけの消極的な生き方を選択されてしまっているのです。

それは、今までの社会ではそれが当たり前で、仕方が無かったものだからです。

しかし、今はそう言うことを避けられる、健康に活動的に過ごせることが可能になっているのです。

勿論、人間は誰でも何時かは死ぬ訳で、亡くなる時まで本当にピンピンしててある日静かに旅立たれる、いわゆるピンピンコロリの人生を送れる方は、かなり少ないかも知れません。

でも、所詮死ぬんだからと言って、元気で活動的でいられることに積極的でない余生の送り方、その方ご自身が楽しくて愉快な人生か、と聞かれれば必ずNo、と答えられるのではないでしょうか。

これは究極的に言えば、生きると言うことに直結する問題だと思います。

つまり、最後には死んでしまうんだから何しても無駄だよ、と諦めてしまって何もしないで朽ちるがままに任せるのか、それなら、生まれて来た赤子を放置して餓死させても仕方が無いのではないか、と言う話にも成りかねませんし、自殺してしまう方を止められないのではないか、と思うのです。

 

そうは言いながらも、高齢になると自分の余生がどれ位なのか、ここで今更高額でしかも手術されると言う痛いかもしれないインプランと言う治療を選択する、させることがどうなのか、と言う問い掛けに対しては、皆さん悩まれるのは事実でしょう。

ここで考える比較として、癌治療、手術とかをしなければいけない場合と並べて考えることを私は提案します。

癌治療に関しては、ほぼ半分の方が癌で亡くなられている現状で、一昔のように何でもかんでも積極的治療を勧める、手術、放射線、抗癌剤、免疫療法等々患者さんはご家族の負担を余り考えずどんどん進めて行くのは否定され出して来ています。

その例として、ホスピス、緩和ケアがあり、患者さんご自身の余生の過ごし方への考え方、価値観に沿って苦しまれることなくお送りしよう、と言う考え方が受け入れられて来ています。

 

私自身もこの考え方に凄く賛成している者で、自分自身もやはり治療とその成果、自分自身の余命と体力で考えるでしょう。

そして、癌の進行具合で治療を積極的に行わない、と成ったら、緩和ケアを受け続けながらやりたいことを最後までして頑張る選択肢をする、と思います。

今の医学では、それだけのことが可能な筈だからです。

 

海外とかでは、癌で亡くなることは、死亡原因としては良いことである、と言う考え方が出て来ています。

その理由は、直ぐにいきなり死んでしまう訳ではない、自分さえその気なら名残を惜しみ、きちんとお別れをして旅立てる、だから良いんだ、と言うことです。

この考え方にも、私は賛成です。

突然死や事故死、急激に進行する病気等で亡くなることと比較すれば、癌で亡くなることは究極の悲劇ではないのではないか、と思えるのです。

私自身が、医学のもたらせる効果、成果を、自分自身の人生の残りと比較して考える者である、ただ無闇に医学的な介入、患者さんやご家族にとって辛いだけの行為は否定的立場をとる者である、と名言をして置きます。

 

そこで、インプラント治療の方へ考えるなら、患者さん自身が若々しくお元気で、まだまだ活動的に過ごしたい、過ごしたいと望まれているなら、行うことはありではないか、と考えています。

矛盾している、と思われるかも知れませんが、重要なのは、その治療の与える患者さんの体への負担とその効果、成果で考えて、インプラント治療は良いものだ、と思えるからなのです。

但し、侵襲の大き過ぎる、患者さんの体の負担が大変過ぎるのはいけない、と思っています。

ここが大きな鍵になるでしょう。

つまり、患者さんが受ける苦しみ辛さと治療後の効果、成果の比較をして、十分に楽である、患者さんのそれからの余生が間違いなく向上する、特にQOL、ADLの面で皆さんが納得の行くものであるなら充分に良いものであると言って良いのではないか、と思うのです。

 

今回の船越先生のセミナーでも、患者さんに掛ける侵襲に配慮することが重要である、と繰り返し語られていました。

その問題点を先生は解決できておられるから、93歳の患者さんでもインプラントすることが良いことなのだ、と言えるのだと思います。

何でもかんでもインプランンとが良い、と言っている訳では決してないのです。

患者さん自身が壮健で、外見上も非常に若々しく、活動的でやる気があるなら、インプラント治療を受ける年齢制限はない、と考えて良いと思います。

それどころか、そこから先の人生のQOL、ADLを維持向上させる為にも、何にも問題なく咀嚼できる、お話できることは凄く大事ではないですか?と私は思うのです。

 

一概に93歳の老人にまでインプラントするなんて、と言う批判は違う、と個人的には明言します。

反対派の方々には、人生締め括りの時期ならどうでも良いんですか?と聞きたいです。

自分だったら、亡くなる時まで満足に食事でき、語れる人生を贈りたいです。

 

何故なら、今ならそれだけの期待に添える低侵襲なインプラント治療が可能になっているからです。

 

2003年当時、私は一人でこの道に入りました。

今では、皆さんが賛同いただき、侵襲を掛けないことを心掛けるようになってくれています。

本当に嬉しいです。

 

インプラント治療は何歳まで出来るのか?するべきなのか?の質問に対しての答えは、患者さんが元気でやる気があるのなら限界はない、と言うのが私の答えです。