日本経済新聞社編 「 まるごとわかる" 中東経済" 」 (平成21年刊 日本経済新聞出版社)を、読み終えた。
一人の著者が書いたものでなく、駐在員だったなど、中東と何らかの関連を持つ、記者たちの主張を、ひとまとめにした本だ。昭和61年に、読売新聞が出版した「戦犯」という文庫本は、記者たちの調査記録を、一冊に編集したもので、今回と同じ形だった。読売とと日経と、会社が違うとこうも内容が違うのかと教えられた。
粗末な文庫本だったが、「戦犯」の読後は、込み上げる涙の始末に困ったが、この本には、そうした心配が皆無だった。世界を席巻したオイルマネーが、今はどのような使われ方をしているのか、急速に近代化する中東で、日本にはどんな出番があるのか。
農業、環境、新エネルギー、人的資源など、わが国で十分に知られていない、ビジネスチャンスを徹底解説する・・・、これが本の売り文句だ。
結論を言ってしまえば、金儲けに無縁な人間には、詰まらない中身だが、知らないことを教わるという点に着目すれば、有意義な本だった。イラン、イラク、トルコ、サウジアラビア、イスラエル、クエート、スーダン、リビアなど、名前は頻繁に聞くが、さて地図上の、どこにあるかと問われると、私はたちまち窮する。
ターバンを巻いた人々が、砂漠で暮らしているとか、とてつもないオイルマネーを持った王様たちが、とてつもない贅沢をしているが、国民は貧しいとか、そうした断片的な知識しか無い。イスラム教が支配する地域で、ユダヤ教であるイスラエルは、敵対する国々に囲まれているとか、テロや誘拐を繰り返す、過激派集団が沢山いるとか、心を暗くする、こんな話題しか思いつかない。
こんな危険な国々の中東だというのに、記者たちが、日本の経済進出を促すのだから、驚いてしまう。本を読むと、一方では、別の思考が生まれてくる。
もしかすると、中東はそれほど危険満載の地域でなく、あんがい人々が、それなりに日々を送っているのかもしれない。新聞やテレビでしか知識がない私たちは、ここでも、いわゆるマスコミの、大袈裟、偏向報道に染まっているだけなのかも知れない、という気がしてきた。
巻末には、各国の政治、経済、言語、面積、人口などの資料があり、在留邦人の数も記してある。どの国にも、平均して200名前後の邦人がいて、サウジアラビアにはなんと1000人を越す日本人がいる。政府や企業関係者がほとんどなのだろうが、それでも、これだけの日本人が存在しているという事実は、驚きだった。
考えてみれば、こんな危ない国にはとても住めないとか、一日も早く日本へ帰りたいとか、そんな訴えをする邦人のニュースを、、私は目にしたことが無い。となると早速、マスコミに対する日頃の疑念が、頭をもたげてくる。火薬庫の中東と形容されるほどだから、平穏な国々ではないと思うものの、センセーショナルな報道を信じ過ぎるのは、間違いのもとだと分かった。
・と、詰まらない本だが、有意義だったというのは、こう言う意味だ。
イスラム法(シャリア)では、2つのことが禁止されている。
1. 貸した金に利子をつけること、受け取ること。
2. 教義でタブーとされている飲酒、豚肉、ギャンブルなどに関連する企業や
プロジェクトに投資してはならない。
これがイスラム金融と呼ばれるものらしい。イスラム教徒にとって、教義はいわば憲法に匹敵するものだ。しかし厳格に適用されると、中東諸国では金融業が成り立たない。巨額のオイルマネーがなかった頃は、それで良かったのだが、使い切れない金が手に入り、有効活用しなければ目減りするとなった時から、イスラムの富豪たちの、抜け道探しと、罪を逃れるための工夫が始まった。
形を利子にしないで、「儲け」を受け取る方法や、禁止された企業等への投資方法などが、見つかり、今では、建前は建前として残し、実質で西洋型金融と変わらない運用がされているとのことだ。
「ある程度のイスラムの知識さえあれば、西洋の金融は、」「イスラム金融に置き換えることが可能だ。」「営業活動の基本は、まったく変わらない。」という、イスラム銀行幹部の言葉が紹介されている。
立派な教義でも、暮らしの必要が生じれば、変化せざるを得ない。建前と本音が、否応なしに、社会の底部に居座ってしまう。私にはここに、現在の日本が重なって見えた。
戦争放棄という憲法を、大切にして来た日本と、イスラムの教義を守ろうとしている中東の諸国とにある、共通の真面目さと頑迷さと、妥協点を探るための困難な苦労だ。同病相哀れむとでも言うべきか、宗教と憲法の違いはあっても、国として抱える大問題である。こうなると、なんだか、イスラムの国々に親近感が湧いてきた。そして、現在の日本に、希望すら湧いてきた。
2,500年以上の歴史を持つ、イスラム教を作り替えるのは困難極まりないだろうが、日本の憲法は、たかだか70年の歳月しか経ていない。
日本国憲法は宗教でないし、敗戦後のどさくさので、マッカーサーが強要したものでしかない。国民の中には、憲法を神様みたいに信仰している者もいるが、多くの人間は憲法より大切なものが、「国そのものだ」と気付きつつある。いつか必ず、憲法は作り替えられるはず、という希望が生まれて来た。
それやこれやを考えさせ、明日への希望も抱かせてくれた、この本は、貴重な資料として本棚に残しておく価値がある。・・くどいけれど、詰まらない本だが、有意義だったというのは、こう言う理由だ。