NHKスペシャル班編集「インドの衝撃」(平成19年刊 文芸春秋社)を、読了。
昨年の8月に、平成21年に出版された「続・インドの衝撃」を読んでいる。本の題名は放映した番組名から取り、取材時の裏話を30代から40代の6人のスタッフが手分けして書いたものだ。同じスタイルで編集されていながら、こんなにも読後感の違う本に初めて出会った。
たいていの本は、最初に出版されたものより、後に出された方が内容が充実している場合が多い。しかしこの本は、2年前に出された本の方が、数倍も有意義だった。前回は読後に、有価物回収日のゴミとして迷わず処分したが、今度はそうすることがためらわれる。
面倒だけれど、この興味深い比較のため、前回のブログを引用しておこう。
<< どこへ行っても、どう転んでも生き残る力を蓄えた印僑たち。世界中が右往左往する、100年に一度の金融恐慌の荒波の中でも、新たなビジネスチャンスを探し出し、積極的に打って出ようとしている。」「その同じ荒波の中でたじろぎ、守りに入ってしまいがちなわれわれ日本人は、やはり、印僑たちの逞しさから学ばなければならないのではないか。 >>
<< だが私にすれば、NHKのスタッフたちの世間知らずがおかしくてならない。
私たち日本人は敗戦後の荒廃の中から、日本を再建したのだ。印僑に学ぶまでもなく、日本中に企業戦士がいて、猛烈社員がいて、ガムシャラに働いていた。印僑よりも過去の日本人や過去の先輩たちに学ぶ方が先でないのかと言いたくなった。 >>
<< 最近のNHKは、朝日新聞と同様にスッカリ反日となり、日本を貶したり低く見たりする番組が多い。「インドは素晴らしいが日本はダメ」という思考が基調になっており、不愉快でならない。金持ちになって大きな邸宅に住んだり、高級な家具や衣服を購入したり、値段の張る車を何台も持ったり、そんな人間ばかり登場させ、誉めそやしている。 >>
<< だから20ページも読むと詰まらなくなり、こんな社員たちが平均年収1000万円以上貰っているかと思うと、更に詰まらなくなった。国民から強制的に徴収する受信料によって、彼らの高給が支払われているのだから、放り出したい気持ちを抑えつつ、読むだけは読んだ。 >>
しかし今回は、「こんな意見を述べる社員たちなら、年収が1000万円以上あったって不思議はない。」とまで思った。
中国の人口が13億人で、インドのそれは11億人だ。領土の広さからしても歴史の古さからしても、この二つの国はアジアの大国であることは間違いない。
「それなのに、国際社会はわが国を大国として扱わず、むしろ軽視している。我慢がならない。」
中国だけだと思っていたら、なんとインドも同じ屈辱感を抱き、大国への意思表示の一つとして原爆を持つことにしたらしい。日本には沢山の平和主義者がいるし、原爆犠牲者の怒りもあるから、大国になるため原爆を持つという思考は生まれない。
私が心を惹かれたのは、そんなインド人の現実的政治思考ではない。
インドにおける理工系大学の最高峰と言われる、I I T ( Indian Institutes Technology) のことだ。この工科大学は、応募五千人に対し、三十万人の受験者数と言われる難関大学だ。
発展途上国の一つでしかなかったインドが、核実験で世界を驚かせ、アメリカと対等に渡り合っている姿が連日テレビで放映される。貧しかったはずのインド人が世界の長者番付に名を連ね、インドの情報通信産業は、もはや先進国のあらゆる産業分野で欠かせないものとなっている。インドのミッタル・スティール社は、世界で鉄鋼第二位のルクセンブルグのアルセロールを買収した。
欧米の社会に移住しているインド人たちの活躍が、世界経済の躍進に寄与し、その中心となっているのが I I Tを卒業した技術者たちだった。今その彼らが、外国のためでなく自国の発展に貢献するため、インドへ戻りつつある。高額の給与を提示されても、数年で止めて帰国する者や、最初からインドの企業に就職する学生が急増し、20年前は、卒業した学生の80%が海外へ渡っていたのが、今ではわずか10%となっている。かっては流出する一方だった「インドの頭脳」が、「祖国に還流」している。
ベンガル州のカラグプルにある I I T の歴史について、次のような説明がされている。
「1772年から140年の間、カルカッタはイギリス領インドの首都となった。」「20世紀になると、ベンガル地方を中心に、反英独立運動が活発化し、イギリス植民地政府は徹底的な弾圧を行った。」「1930年カルカッタに近いカラグプルに、政治犯を収容する刑務所が建設され、独立運動のため戦ったインドの知識人たちが入れられた。」
「植民地政府は収容者を次々に処刑したが、それでも追いつかず、イギリス人統治者の瀟洒な邸宅すら刑務所として使わなくては、間に合わなかったという。」「インド独立後の首相となったネルーは、多くの知識人が独立のための犠牲となったこの地こそ、新生インドの発展を担う人材を生み出すにふさわしい場所だと考えた。」「かってのイギリス人統治者の住宅で、のちに刑務所として使われた建物を、あえてそのまま I I T の最初の校舎として用いることとしたのである。」
「灰の中から立ち上がる不死鳥のように、インドのプライドの象徴たれ。」
「ネルーは、独立のため費やしてきた頭脳とエネルギーを、今後はインドの発展のために尽くしてもらいたいと願い、 I I T にインドの将来を託したのである。」
「学校の正面には、ネルーがこの大学のモットーとした言葉が掲げられている。" 国家のために身を捧げる " 」「大学設立から半世紀余り、ようやく " 頭脳立国 " という、ネルーの夢が現実のものになりつつあるようだ。 」
それでなくても単純な私は、知らないことを教えてくれる書物には、無条件に敬意を表する癖がある。加えて国を大切にする人々の話となれば、感激してしまう。ネルーについて知識はあるが、 I I Tとのつながりは初めて聞いた。まして設立に託した彼の熱い想いなど、この本で教えられなければ知る由もなかった。
先日読んだ「大韓民国の物語」の中で、李滎氏は、「今後はグローバルな時代が来て、民族とか、国とかは意味をなさなくなり、自立した個人が生きる社会になる。」と言っていたが、その反証としてのインドがここにある。
北と南に分かれてしまった朝鮮で、「統一した朝鮮民族の国家」を望まない韓国民はいない。
狂おしいほどの夢であり、願望なのに、彼らの眼前には、左右の思想対立が巨大な岩盤となって立ちはだかっている。独裁的専制国家と自由な資本主義国家は、どちらかが滅びない限り、統一という事態は到来しない。同じ民族でありながら、戦争という手段でしか一つになれないという現実を前にすれば、国民としての苦悩を逃れるため、李滎氏のような「国や民族の否定論」が生まれてくる。
氏がインドの現状を知れば、自国の悲しい現実と比較し、さらに絶望を深めるか、或いは故意に無視するか。そうでもせずにはおれないはずだ。だから私は氏の著作を、今でも「悲しみの詰まった本」と思い、その心中を察している。
インド有数の I T 企業・インフォシスを 作ったムルティとニレカニも、 I I Tの出身者だ。
NHKのスタッフがムルティにインタビューし、彼の言葉を紹介している。私は敬意を表するだけだが、李滎氏なら羨ましさに身悶えするのかもしれない。
「社員たちは冷房が利き、停電もない快適な空間で仕事を終え、一歩外へ出るとインドの厳しい現実に引き戻されます。」「自宅への道のりで、なかなか変わらないインドの現実を、毎日毎日、目にするわけです。」「そして現実を変えるために、自分たちができることをしなくてはと、毎日気持ちを新たにするのだと思います。」「私自身も、そうなのですけどね。」
「第一線で活躍するエンジニアたちが、週末にはボランティアで貧しい農村へ出向き、子供達が数学や科学に触れる機会を作っている。」「インドではインフォシスに限らず、大手の I T 企業などが財団を設立し、貧困や教育問題に力を入れている。」「建物やお金を寄付して終わりでなく、日本よりもはるかに多くの社員が携わり、積極的に活動を支えているように見える。」
同じようなアジアの大国でも、インドと中国は大きく違っている。相変わらず中国は圧政の全体主義で、国民を押さえつけたり弾圧したりだが、インドでは貧しい国民の未来を会社や庶民たちが考え、やれることから始めている。本に書かれたことが事実なら、きっとインドは中国を追い越し、アジアの大国は言うに及ばず、世界の大国となるに違いない。
ここまで述べたところで、この本の三分の一の感想だ。
育ち始めたインドの中間層、貧困から抜け出せない農村の現実、少数政党が乱立する政界の有様など、記録しておきたいものが沢山残っている。
寒い寒い夜だ。とうとう12時を過ぎてしまった。
一区切り付けて、明日もインドと向き合ってみたい。「国を愛する人間が右翼だなんて。」「国を思う者が、軍国主義者だなんて。」そんになことがあるもんかと、やはり私は反日左翼の人間たちへの怒りがある。
インドや中国には何も言わず、ひたすら日本の政府を攻撃し、私みたいな常識人を危険な右翼と言う彼らは、やはりおかしい。
I I Tを作ったネルーは社会主義者だったけれど、国を大切にする政治家だった。つまり愛国者だった。
反日と売国の左翼主義者たちは、なんど考えてもおかしな国民だ。獅子身中の虫であり、駆除すべき害虫であるとしか思えない。これを言い出すと、私は壊れたレコードみたいに繰り返すから、常識人らしく決断する。
「今晩は、もう遅いから寝る。」
昨年の8月に、平成21年に出版された「続・インドの衝撃」を読んでいる。本の題名は放映した番組名から取り、取材時の裏話を30代から40代の6人のスタッフが手分けして書いたものだ。同じスタイルで編集されていながら、こんなにも読後感の違う本に初めて出会った。
たいていの本は、最初に出版されたものより、後に出された方が内容が充実している場合が多い。しかしこの本は、2年前に出された本の方が、数倍も有意義だった。前回は読後に、有価物回収日のゴミとして迷わず処分したが、今度はそうすることがためらわれる。
面倒だけれど、この興味深い比較のため、前回のブログを引用しておこう。
<< どこへ行っても、どう転んでも生き残る力を蓄えた印僑たち。世界中が右往左往する、100年に一度の金融恐慌の荒波の中でも、新たなビジネスチャンスを探し出し、積極的に打って出ようとしている。」「その同じ荒波の中でたじろぎ、守りに入ってしまいがちなわれわれ日本人は、やはり、印僑たちの逞しさから学ばなければならないのではないか。 >>
<< だが私にすれば、NHKのスタッフたちの世間知らずがおかしくてならない。
私たち日本人は敗戦後の荒廃の中から、日本を再建したのだ。印僑に学ぶまでもなく、日本中に企業戦士がいて、猛烈社員がいて、ガムシャラに働いていた。印僑よりも過去の日本人や過去の先輩たちに学ぶ方が先でないのかと言いたくなった。 >>
<< 最近のNHKは、朝日新聞と同様にスッカリ反日となり、日本を貶したり低く見たりする番組が多い。「インドは素晴らしいが日本はダメ」という思考が基調になっており、不愉快でならない。金持ちになって大きな邸宅に住んだり、高級な家具や衣服を購入したり、値段の張る車を何台も持ったり、そんな人間ばかり登場させ、誉めそやしている。 >>
<< だから20ページも読むと詰まらなくなり、こんな社員たちが平均年収1000万円以上貰っているかと思うと、更に詰まらなくなった。国民から強制的に徴収する受信料によって、彼らの高給が支払われているのだから、放り出したい気持ちを抑えつつ、読むだけは読んだ。 >>
しかし今回は、「こんな意見を述べる社員たちなら、年収が1000万円以上あったって不思議はない。」とまで思った。
中国の人口が13億人で、インドのそれは11億人だ。領土の広さからしても歴史の古さからしても、この二つの国はアジアの大国であることは間違いない。
「それなのに、国際社会はわが国を大国として扱わず、むしろ軽視している。我慢がならない。」
中国だけだと思っていたら、なんとインドも同じ屈辱感を抱き、大国への意思表示の一つとして原爆を持つことにしたらしい。日本には沢山の平和主義者がいるし、原爆犠牲者の怒りもあるから、大国になるため原爆を持つという思考は生まれない。
私が心を惹かれたのは、そんなインド人の現実的政治思考ではない。
インドにおける理工系大学の最高峰と言われる、I I T ( Indian Institutes Technology) のことだ。この工科大学は、応募五千人に対し、三十万人の受験者数と言われる難関大学だ。
発展途上国の一つでしかなかったインドが、核実験で世界を驚かせ、アメリカと対等に渡り合っている姿が連日テレビで放映される。貧しかったはずのインド人が世界の長者番付に名を連ね、インドの情報通信産業は、もはや先進国のあらゆる産業分野で欠かせないものとなっている。インドのミッタル・スティール社は、世界で鉄鋼第二位のルクセンブルグのアルセロールを買収した。
欧米の社会に移住しているインド人たちの活躍が、世界経済の躍進に寄与し、その中心となっているのが I I Tを卒業した技術者たちだった。今その彼らが、外国のためでなく自国の発展に貢献するため、インドへ戻りつつある。高額の給与を提示されても、数年で止めて帰国する者や、最初からインドの企業に就職する学生が急増し、20年前は、卒業した学生の80%が海外へ渡っていたのが、今ではわずか10%となっている。かっては流出する一方だった「インドの頭脳」が、「祖国に還流」している。
ベンガル州のカラグプルにある I I T の歴史について、次のような説明がされている。
「1772年から140年の間、カルカッタはイギリス領インドの首都となった。」「20世紀になると、ベンガル地方を中心に、反英独立運動が活発化し、イギリス植民地政府は徹底的な弾圧を行った。」「1930年カルカッタに近いカラグプルに、政治犯を収容する刑務所が建設され、独立運動のため戦ったインドの知識人たちが入れられた。」
「植民地政府は収容者を次々に処刑したが、それでも追いつかず、イギリス人統治者の瀟洒な邸宅すら刑務所として使わなくては、間に合わなかったという。」「インド独立後の首相となったネルーは、多くの知識人が独立のための犠牲となったこの地こそ、新生インドの発展を担う人材を生み出すにふさわしい場所だと考えた。」「かってのイギリス人統治者の住宅で、のちに刑務所として使われた建物を、あえてそのまま I I T の最初の校舎として用いることとしたのである。」
「灰の中から立ち上がる不死鳥のように、インドのプライドの象徴たれ。」
「ネルーは、独立のため費やしてきた頭脳とエネルギーを、今後はインドの発展のために尽くしてもらいたいと願い、 I I T にインドの将来を託したのである。」
「学校の正面には、ネルーがこの大学のモットーとした言葉が掲げられている。" 国家のために身を捧げる " 」「大学設立から半世紀余り、ようやく " 頭脳立国 " という、ネルーの夢が現実のものになりつつあるようだ。 」
それでなくても単純な私は、知らないことを教えてくれる書物には、無条件に敬意を表する癖がある。加えて国を大切にする人々の話となれば、感激してしまう。ネルーについて知識はあるが、 I I Tとのつながりは初めて聞いた。まして設立に託した彼の熱い想いなど、この本で教えられなければ知る由もなかった。
先日読んだ「大韓民国の物語」の中で、李滎氏は、「今後はグローバルな時代が来て、民族とか、国とかは意味をなさなくなり、自立した個人が生きる社会になる。」と言っていたが、その反証としてのインドがここにある。
北と南に分かれてしまった朝鮮で、「統一した朝鮮民族の国家」を望まない韓国民はいない。
狂おしいほどの夢であり、願望なのに、彼らの眼前には、左右の思想対立が巨大な岩盤となって立ちはだかっている。独裁的専制国家と自由な資本主義国家は、どちらかが滅びない限り、統一という事態は到来しない。同じ民族でありながら、戦争という手段でしか一つになれないという現実を前にすれば、国民としての苦悩を逃れるため、李滎氏のような「国や民族の否定論」が生まれてくる。
氏がインドの現状を知れば、自国の悲しい現実と比較し、さらに絶望を深めるか、或いは故意に無視するか。そうでもせずにはおれないはずだ。だから私は氏の著作を、今でも「悲しみの詰まった本」と思い、その心中を察している。
インド有数の I T 企業・インフォシスを 作ったムルティとニレカニも、 I I Tの出身者だ。
NHKのスタッフがムルティにインタビューし、彼の言葉を紹介している。私は敬意を表するだけだが、李滎氏なら羨ましさに身悶えするのかもしれない。
「社員たちは冷房が利き、停電もない快適な空間で仕事を終え、一歩外へ出るとインドの厳しい現実に引き戻されます。」「自宅への道のりで、なかなか変わらないインドの現実を、毎日毎日、目にするわけです。」「そして現実を変えるために、自分たちができることをしなくてはと、毎日気持ちを新たにするのだと思います。」「私自身も、そうなのですけどね。」
「第一線で活躍するエンジニアたちが、週末にはボランティアで貧しい農村へ出向き、子供達が数学や科学に触れる機会を作っている。」「インドではインフォシスに限らず、大手の I T 企業などが財団を設立し、貧困や教育問題に力を入れている。」「建物やお金を寄付して終わりでなく、日本よりもはるかに多くの社員が携わり、積極的に活動を支えているように見える。」
同じようなアジアの大国でも、インドと中国は大きく違っている。相変わらず中国は圧政の全体主義で、国民を押さえつけたり弾圧したりだが、インドでは貧しい国民の未来を会社や庶民たちが考え、やれることから始めている。本に書かれたことが事実なら、きっとインドは中国を追い越し、アジアの大国は言うに及ばず、世界の大国となるに違いない。
ここまで述べたところで、この本の三分の一の感想だ。
育ち始めたインドの中間層、貧困から抜け出せない農村の現実、少数政党が乱立する政界の有様など、記録しておきたいものが沢山残っている。
寒い寒い夜だ。とうとう12時を過ぎてしまった。
一区切り付けて、明日もインドと向き合ってみたい。「国を愛する人間が右翼だなんて。」「国を思う者が、軍国主義者だなんて。」そんになことがあるもんかと、やはり私は反日左翼の人間たちへの怒りがある。
インドや中国には何も言わず、ひたすら日本の政府を攻撃し、私みたいな常識人を危険な右翼と言う彼らは、やはりおかしい。
I I Tを作ったネルーは社会主義者だったけれど、国を大切にする政治家だった。つまり愛国者だった。
反日と売国の左翼主義者たちは、なんど考えてもおかしな国民だ。獅子身中の虫であり、駆除すべき害虫であるとしか思えない。これを言い出すと、私は壊れたレコードみたいに繰り返すから、常識人らしく決断する。
「今晩は、もう遅いから寝る。」