4月12日 土曜日
パソコンの中のアダムとイブ 13 (小説)
「きて。きて。わたしのところへきて」
だれかが呼んでいる。
まわりで、電子音がしている。フアンの回転するブーンという音がする。わたしは、丸ノコギリの回転をイメージする。恐怖に慄く。断末魔の激痛がわたしをおそう。だがふしぎとまた、痛みは感じない。激痛ということばだけがよみがえった。
夥しい血と激痛。だが、体がない。肉体が存在しない。
「きて。きて。わたしのところへきて。ことばだけの世界へきて。ことばだけの世界へきて」
やさしい声。
ききなれた声。
いつも耳元にひびいていた声。
愛するものの声。
かたときも忘れたことのない美智子の声がする。声はまちがいなく美智子のものなのだが。どこかびみょうにちがう。感情をおさえたような声、白い声がする。わたしはパソコンの中にはいっているらしい。
「発声システムにエラーガショウジテイルノカシラ」
声がかすれて、間延びする。
「そんなことはない。そんなことない。ミチコの声だ。感じている。わかつている」
死後の世界でこうしてことばがかわせるほど、コンピューターは進化していたのか。文系の干からびた頭ではなにをかんがえても理解できない。美智子のことばをきけるだけでもよしとしなければならないのだろう。
電子文字の世界、コンピューターの音声、イメージの世界にいる。季節の移ろいも時間軸もない。ひとのあらゆる欲望から解放された世界のようだ。なにかすがすがしい感じだ。維持しなければならない肉体がないのだから。
いままでたって、ずっと文字でしか考えなかった。ことばだけで、外界をとらえてきた。小説を書くということは、じぶんだけの言語空間をつくりあげることだ。
わたしは肉体的存在ではない。精神的な、ことばだけの存在に移行したからといっておどろきはしない。
メカにヨワイ、干からびた文系の頭では理解できない。
「やっときてくれたのね」
ああ、なつかしい美智子の声がする。
とはいっても、耳にひびいてくるわけではない。文字としてよみとることができる。音声として認識できる。
腕や脚を失ったひとが、感覚だけは記憶していて幻の四肢のように、5感すらよみがえってくるようだ。
すると復讐心まで。たちあがる。リベンジ。殺してやる。わたしも美智子も殺されたのだ。
to be continue
パソコンの中のアダムとイブ 13 (小説)
「きて。きて。わたしのところへきて」
だれかが呼んでいる。
まわりで、電子音がしている。フアンの回転するブーンという音がする。わたしは、丸ノコギリの回転をイメージする。恐怖に慄く。断末魔の激痛がわたしをおそう。だがふしぎとまた、痛みは感じない。激痛ということばだけがよみがえった。
夥しい血と激痛。だが、体がない。肉体が存在しない。
「きて。きて。わたしのところへきて。ことばだけの世界へきて。ことばだけの世界へきて」
やさしい声。
ききなれた声。
いつも耳元にひびいていた声。
愛するものの声。
かたときも忘れたことのない美智子の声がする。声はまちがいなく美智子のものなのだが。どこかびみょうにちがう。感情をおさえたような声、白い声がする。わたしはパソコンの中にはいっているらしい。
「発声システムにエラーガショウジテイルノカシラ」
声がかすれて、間延びする。
「そんなことはない。そんなことない。ミチコの声だ。感じている。わかつている」
死後の世界でこうしてことばがかわせるほど、コンピューターは進化していたのか。文系の干からびた頭ではなにをかんがえても理解できない。美智子のことばをきけるだけでもよしとしなければならないのだろう。
電子文字の世界、コンピューターの音声、イメージの世界にいる。季節の移ろいも時間軸もない。ひとのあらゆる欲望から解放された世界のようだ。なにかすがすがしい感じだ。維持しなければならない肉体がないのだから。
いままでたって、ずっと文字でしか考えなかった。ことばだけで、外界をとらえてきた。小説を書くということは、じぶんだけの言語空間をつくりあげることだ。
わたしは肉体的存在ではない。精神的な、ことばだけの存在に移行したからといっておどろきはしない。
メカにヨワイ、干からびた文系の頭では理解できない。
「やっときてくれたのね」
ああ、なつかしい美智子の声がする。
とはいっても、耳にひびいてくるわけではない。文字としてよみとることができる。音声として認識できる。
腕や脚を失ったひとが、感覚だけは記憶していて幻の四肢のように、5感すらよみがえってくるようだ。
すると復讐心まで。たちあがる。リベンジ。殺してやる。わたしも美智子も殺されたのだ。
to be continue