田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

吸血鬼/浜辺の少女

2008-04-27 05:15:02 | Weblog
4月27日 日曜日
吸血鬼/浜辺の少女 19 (小説)
住みこみの門下生が『サツキ』栽培のために備蓄してある鹿沼土を道場に運んでくる。隼人も祖父の指図に従おうとした。
「隼人。そばにいて。おねがい」
 夏子が隼人を見上げて哀願する。
 お弟子さんたちがビニール袋をまず矩形に、寝床のおおきさにならべる。その中に鹿沼土を敷きつめる。急ごしらえの土で作った寝床ができあがった。
「よし。これでいい。ここに横になりなさい」
 幻無斎がやさしい、いたわるような声でいう。
 隼人は夏子をだきあげる。そっと土の寝床に横たえる。
「ああ、なつかしい、鹿沼の土。故郷鹿沼の、わたしを癒してくれる鹿沼の土。夜の一族は百年に一度は故郷の土をあびなければならないの。……だから隼人、その土に触れることができない永久追放は、生きながら死を受けいれることだったの……」
 隼人にだけつたわるテレパシーで夏子かささやく。
 他の人から見れば、夏子はただ黙って鹿沼土の寝床に仰臥している。
 淡い黄色のつぶつぶの土。顆粒状をした鹿沼土をなつかしそうに掬い頬ずりをしている。
 鹿沼土は夏子の体の上にもかけられた。
ドロ温泉につかっているようだ。
 鹿沼土が青白く発光した。この怪奇現象を前にしても、だれも声をだすものはいない。
 青い光はオロラーのように道場の高い天井いっぱいに広がる。だれも冷静にそれをみている。さすがは剣の鍛練で精神も鍛えぬかれためんめんだ。それでも西中学剣道部の荒川だけが小さな声で「わあ、きれいだな」と低い声ですなおに感嘆した。
 土の粒子のひとつぶひとつぶが、夏子の消耗した体力を回復させるためにかがやいている。夏子はみるみる精気にみちいくる。頬に血の気がさしてくる。
 鹿沼土はもともと無機質といわれるほどだ。なんの養分もない。それなのに、夏子は土から精気を吸いとっている。まるで充電しているようだ。
 夏子にとっては、故郷鹿沼の土は、癒しの土でもあるらしい。
 だからこそ、長い放浪の果てに故郷にもどってきたのだろう。
 夏子の呼吸が正常になった。深く呼吸するたびに夏子の上から土がさらさらとながれおちた。
 胸のふくらみがふるえている。瞼に真珠の涙があふれた。
 隼人は夏子の手をしっかりとにぎった。
「ありがとう。やっと鹿沼にもどってこられたのね」
「グランパ。これは……」
 夏子の急激な回復におどろいた。
 頬にほんのりと紅がさしてきた。
 夏子に生気がみなぎってきた。よろこびのあまり隼人は祖父のいやがる英語で呼びかけてしまった。めずらしく咎められなかった。
「隼人。おまえに、この魔倒丸を譲ときがきたようだ」
「それは! 魔剣」
 恐怖にみちた叫びだった。夏子がふるえている。
「そうだったの……。わたしは理想のパートナーに会ったわけね」
「遠い昔。一度は混ざり合った血。ご先祖さまにどうやら隼人、おまえは恋をしたらしいな。これも定めかもしれない。死可沼流の女が、昔この家から岩また岩の大谷に住む一族に嫁いだ。岩と砂ばかりの土地で作物ができるのだろうか。なにを食べて生きているのだろうかと危ぶむものもいたらしいが、勇猛果敢な一族でそこにほれ込んで親族のものもその婚姻に同意したという。それが……子どもをふたり産んでから……その一族がとんでもない魔族であると知った女はこの魔倒丸で夫を切り自害した。遺体はもどされず、この剣だけが送りかえされてきた。死可沼流奥儀、稲妻二段切りは二枚の刃で切ったような傷口になる。この剣は鹿沼の細川唯継の鍛えし業物。魔族も容易に再生できないということだ」
「わたしも聞いています。わたしは、そのかたを母として生まれたバンビーノ。一族のきらわれもの。来宮、ラミヤです」