第七章 吸血鬼回廊
1
いつのまにか吸血鬼に取囲まれていた。
……GGは夜の新宿の街にさまよいでていた。
ミイマを誘った。
しばらくぶりで孫たちの顔が見たいと断られた。
めずらしことだ。
彼女は孫たちにはひとりで会いにいくのが好きだ。
むかしから――恐れていた。吸血鬼の報復をおそれていた。
BV(ブラックバンパイア)は妬んでいる。
憎んでいる。
人とのあいだに子どもを産めるMV(マインドパイパイア)を羨望している。
嫉妬されてきた。
孫に災禍がおよんではと心配しているのだ。
ミイマはFとの思いでの整理がまだついていないのだろうか。
それで孫たちに会いたくなったのだろう。
自分なりのルーツを確かめたくなったのだろう。
ミイマが好きになるほどの男だ。
歴史に名をなすほどの男だったのだろう。
政治的な失脚の悔しさから復讐に狂った。
そして吸血鬼に身をゆだねてしまったのだろう。
哀れな流転だった。
おれが、おれごとき人間が、ミイマを独り占めしていいものなのだろうか。
吸血鬼がついてくる。
吸血鬼は迷っていた。
同じ種族の匂いがするのだろう。
やはり軽く噛まれているのかもしれない。
でなかつたら、人間としたら若いほうだろう。
口でいっているほどには、老いを感じていない。
破笠弊衣の一老叟。
こうして街をさまよっていると芭蕉の放浪を想い起こす。
おれは芭蕉よりもすでに20年以上も生きている。
――われらは、芭蕉よりもさらに昔より存続している。吸血鬼の群れから声がした。むろん普通のひとにはきこえていない。
――そうだろうな。信行さんと美魔の道行をみているのだろうな。
――妬けるか?
――襲ってきたらどうだ。
――GGなどと自称しているが、お前若すぎる。噛まれているのか?
――おれを襲って、確かめたらどうだ。血を吸ってみたらどうだ。
――溶けるのはきらいだ、いったん溶けたら再生がきかんからな。
護符のようにGPS機能付きの携帯電話をポケットにしのばせていた。
おれになにかあれば、玲加が気づくだろう。
いつのまにか吸血鬼の気配は消えていた。
六本木。
広尾。
渋谷。
原宿。
新宿
秋葉原
上野。
品川。
を巡る……吸血鬼の回廊ができ上がっているようだ。
吸血鬼の山手線だ。
それを確かめたくてGGは新宿まで来ていた。
これらの盛り場は暴漢によるナイフの凶行が起きている。
凶悪事件現場をつなぐと回廊のようになる。
とても、人に寄る刺殺事件とは考えられない事件が乱発している。
吸血鬼はみずから犯行には及ばない。
ひっそりと血を吸う。
被害者は路面にはそれほど血を流していない。
それなのに失血死するケースがあった。
腐肉をあさるようなことをして……。
あさましいthem(やつら)だ。
Fはわたしとは軍師だといっていた。
Fが消滅したのに、まだおれをねらっている。
吸血鬼がおれのスキをうかがっている。
Fを軍師として使役していたもの。
――それは魔王だろう。
決して姿を見せない。
堕天使。ルシファー。
どこに潜んでいる?
この吸血鬼回廊のどこかに潜んでいるはずだ。
昨夜のように夜空に稲妻が光った。
雷鳴はとどろかない。
プラズマの発生が感じられる。
肌にただひりひりと刺激がある。
プラズマだ。稲妻だけがジグザクに濃い藍色の空を切り裂いた。
――そうか。お前か。想いだした。わたしが作家として世に送り出してやろうとしたのを、たつたひとりあのとき拒んだ。お前だったか。
――羊皮紙に署名を求められて、ビビっただけですよ。
――油断のならない奴だ。わしの存在をあのころから嗅ぎとっていた。
――NやKは契約履行、もう呼び寄せたのですね。Tも呼びましたね。
GGよりも一回りも若い作家の名前をいってみた。
――若くして栄冠をかちとったのだ。もういいだろう。どうだ、いまからでも、遅くはない。契約しないか。〈目の前にくすんだ茶色の羊の皮が置かれていた〉署名するだけでいいのだぞ。
いつしか……ゴールデン街の飲み屋にいた。
酔客の手垢で黒ずんだ木製のカウンター。
「村ちゃん。なに見てるのよ。わたしの手、皺くちゃでしょう」
「いままで、隣にだれかいなかった?」
「なにさ。ひとりではいつてきて……横田いるかなんてわめいて」
「そうか……あまり懐かしかったのでな。まだママの店があるとは意外だった」
「横田さんも早すぎるわよねぇ。でもあのころのひとみんな立派な作家になって……。夭折して。村ちゃんの仲間ってどうなってるのよ。ところで、あれからなにしてたの」
隣にだれも座っていなかった。
だれもいない。
いない。
GGは酔いがさめてしまった。
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いつのまにか吸血鬼に取囲まれていた。
……GGは夜の新宿の街にさまよいでていた。
ミイマを誘った。
しばらくぶりで孫たちの顔が見たいと断られた。
めずらしことだ。
彼女は孫たちにはひとりで会いにいくのが好きだ。
むかしから――恐れていた。吸血鬼の報復をおそれていた。
BV(ブラックバンパイア)は妬んでいる。
憎んでいる。
人とのあいだに子どもを産めるMV(マインドパイパイア)を羨望している。
嫉妬されてきた。
孫に災禍がおよんではと心配しているのだ。
ミイマはFとの思いでの整理がまだついていないのだろうか。
それで孫たちに会いたくなったのだろう。
自分なりのルーツを確かめたくなったのだろう。
ミイマが好きになるほどの男だ。
歴史に名をなすほどの男だったのだろう。
政治的な失脚の悔しさから復讐に狂った。
そして吸血鬼に身をゆだねてしまったのだろう。
哀れな流転だった。
おれが、おれごとき人間が、ミイマを独り占めしていいものなのだろうか。
吸血鬼がついてくる。
吸血鬼は迷っていた。
同じ種族の匂いがするのだろう。
やはり軽く噛まれているのかもしれない。
でなかつたら、人間としたら若いほうだろう。
口でいっているほどには、老いを感じていない。
破笠弊衣の一老叟。
こうして街をさまよっていると芭蕉の放浪を想い起こす。
おれは芭蕉よりもすでに20年以上も生きている。
――われらは、芭蕉よりもさらに昔より存続している。吸血鬼の群れから声がした。むろん普通のひとにはきこえていない。
――そうだろうな。信行さんと美魔の道行をみているのだろうな。
――妬けるか?
――襲ってきたらどうだ。
――GGなどと自称しているが、お前若すぎる。噛まれているのか?
――おれを襲って、確かめたらどうだ。血を吸ってみたらどうだ。
――溶けるのはきらいだ、いったん溶けたら再生がきかんからな。
護符のようにGPS機能付きの携帯電話をポケットにしのばせていた。
おれになにかあれば、玲加が気づくだろう。
いつのまにか吸血鬼の気配は消えていた。
六本木。
広尾。
渋谷。
原宿。
新宿
秋葉原
上野。
品川。
を巡る……吸血鬼の回廊ができ上がっているようだ。
吸血鬼の山手線だ。
それを確かめたくてGGは新宿まで来ていた。
これらの盛り場は暴漢によるナイフの凶行が起きている。
凶悪事件現場をつなぐと回廊のようになる。
とても、人に寄る刺殺事件とは考えられない事件が乱発している。
吸血鬼はみずから犯行には及ばない。
ひっそりと血を吸う。
被害者は路面にはそれほど血を流していない。
それなのに失血死するケースがあった。
腐肉をあさるようなことをして……。
あさましいthem(やつら)だ。
Fはわたしとは軍師だといっていた。
Fが消滅したのに、まだおれをねらっている。
吸血鬼がおれのスキをうかがっている。
Fを軍師として使役していたもの。
――それは魔王だろう。
決して姿を見せない。
堕天使。ルシファー。
どこに潜んでいる?
この吸血鬼回廊のどこかに潜んでいるはずだ。
昨夜のように夜空に稲妻が光った。
雷鳴はとどろかない。
プラズマの発生が感じられる。
肌にただひりひりと刺激がある。
プラズマだ。稲妻だけがジグザクに濃い藍色の空を切り裂いた。
――そうか。お前か。想いだした。わたしが作家として世に送り出してやろうとしたのを、たつたひとりあのとき拒んだ。お前だったか。
――羊皮紙に署名を求められて、ビビっただけですよ。
――油断のならない奴だ。わしの存在をあのころから嗅ぎとっていた。
――NやKは契約履行、もう呼び寄せたのですね。Tも呼びましたね。
GGよりも一回りも若い作家の名前をいってみた。
――若くして栄冠をかちとったのだ。もういいだろう。どうだ、いまからでも、遅くはない。契約しないか。〈目の前にくすんだ茶色の羊の皮が置かれていた〉署名するだけでいいのだぞ。
いつしか……ゴールデン街の飲み屋にいた。
酔客の手垢で黒ずんだ木製のカウンター。
「村ちゃん。なに見てるのよ。わたしの手、皺くちゃでしょう」
「いままで、隣にだれかいなかった?」
「なにさ。ひとりではいつてきて……横田いるかなんてわめいて」
「そうか……あまり懐かしかったのでな。まだママの店があるとは意外だった」
「横田さんも早すぎるわよねぇ。でもあのころのひとみんな立派な作家になって……。夭折して。村ちゃんの仲間ってどうなってるのよ。ところで、あれからなにしてたの」
隣にだれも座っていなかった。
だれもいない。
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